男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?~激重感情な彼女たちの夏~
元気っ娘JDは花火を見る

夏の風物詩、花火の音が良く響いている。上がる時のひゅるひゅるという音は、その後に大きく打ちあがる花火の期待感を煽っているような気がして。それはもしかしたら、ジェットコースターが昇っていく時のような、そんな高揚感があるのかもしれない。
そんなどうでも良い事を考えながら、俺は花火大会の会場を早足で歩いていた。
「……っ、ごめんなさい」
人混みがすごい。今まさに花火が打ち上がっていて、なんなら、花火大会は佳境。移動している人なんて俺くらいだ。だからこそ、なかなか人混みを避けきれずに当たってしまう。
何故こんな良いタイミングなのに、急いで動いているのか。
「みずほどこ行ったんだよ……?」
花火が打ちあがる直前のことだった。
『ちょっとみずほちゃん緊急でお花摘みたくなってしまいました!』
『ええ?!ちょっとみずほ?!』
お手洗いに行くと言い出して、少ししたら戻って来るかな、と思っていたのに、全然戻ってこないまま、花火大会は終盤に。このままだとみずほと花火を一緒に見ることなく、終わってしまう。それはあまりにも可哀想だと思ったから、こうして探しに来たのだ。
電話はかけているがそれにも反応が無い。
とりあえずお手洗いの場所の周辺を探そうと――。
瞬間、視界に少女の姿が目に入る。
少し離れた場所のベンチ。
きっとそこからでは花火があまり良く見えないだろうから、人気がないのかその少女1人しか座っていなくて。
「み……ずほ?」
良く見知ったはずの彼女に、声をかけようとしたけれど躊躇ってしまう。
その表情が、見たことが無いほどに……寂しげだったから。
■
「ほら恋海急がないと!」
「分かってるけど下駄走りにくいよ?!」
本日は浴衣デー!なんと大学に浴衣を着て行って良いという素敵イベントの日です!元々この日は浴衣で行こうねと恋海と話していたんだけど、せっかくだし将人も誘おうということで、将人にも浴衣を着てもらえることになったのだ!
「にしても将人殿の浴衣姿楽しみですなあ?」
「そ、そうだね……」
早足で歩きながら隣の恋海を見れば、少し頬が紅くなっている。全く。将人の浴衣姿でも妄想してるのかにゃ?むっつりさんめ。
大学最寄りの駅で将人と待ち合わせている。私と恋海は朝から浴衣の着付けがあったから、早起きだったのだ。
改札を抜けて待ち合わせ場所に向かうと……。
「いた!」
恋海が一気に走り出していく。全く、将人を見つけると一直線なんだから。
将人の浴衣は、深い紺色に黒の帯。帯に差してある木製の扇子が、またカッコ良い。遠くからでも分かるほど、その姿は周りの景色から浮いていた。
……良いな、と思った。
私も運命の人が、あんな風に一緒に、浴衣を着てくれるような人だったら良いな。
大学に着いて、授業が始まって。
やっぱり大学に着いてからも周りは将人のことを羨ましがってた。そりゃそうだよね。こんなカッコ良くて浴衣着てくれるような人、なかなかいないからねえ。
授業中、ふと横を見てみれば、2つ隣の席に座っている恋海が、うつらうつらと船を漕いでいるのが見えた。うんうん、朝から着付け頑張ったからねえ。
せっかくなので、隣にいる将人の肩を、ちょんちょんと小突く。将人が振り向いてくれたので、そのまま恋海の方を指してあげた。
「今日は朝から着付けだったからね~将人殿に可愛いところ見せたくて、頑張りすぎちゃったんだよ」
将人が、恋海を見つめた。うんうん、それで良いんだよ。
「だから、たくさん、褒めてあげてね」
「……そうだね」
さっきは、私も一緒に褒めてもらったけど。
私のいない所で、目一杯褒めてあげてね。
授業が終わって、私達は花火大会へ向かうことに。将人も了承してくれて良かった~!
男の子と一緒に花火大会に行けるなんて、めっちゃ大学生してるね!
「電車でけっこうかかるから、先に移動しちゃおうか!」
「そうだね、ご飯は最悪買って食べるでも良いしね~」
あれやこれやと計画を練ってくれている親友。恋海のおかげで将人と知り合えているわけだし……感謝しなくちゃね。
「将人殿は買い食いになってしまっても大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。そんなにお腹空いてないし」
計画を練りながら、私達は花火大会に向かう。浴衣デーだけでもすごく満足度高かったのに、今日はすっごく良い1日になりそう!
そこそこ大きめな花火大会ということもあり、電車に乗っている途中から、人が増えてきた。その中には私達と同じ浴衣の人もいて、皆んな目的地は同じなのだろう。
「うにゃあ、やっぱり混んでるねえ~」
「まあ仕方ないよ」
駅に着くと、既に人がかなりごった返している状況。まあそりゃそうだよね、とは思いつつ、私達は人の波に従って、会場へと向かって行く。
幸い、花火を見るために設置されたエリアはかなり空きがあり、まだ余裕をもって場所をとることができた。
「花火45分くらい打ち上がってるらしいよ!」
「結構長いね、凄い」
恋海が、入口でもらったパンフレットを見てワクワクしている。昔からこういうイベント好きだよね、恋海は。まあそういうところが可愛くもあるんだけど……。
会場に設置されていたレジャーシートの上に3人で座って、開演を待つ。辺りはもうかなり暗くなってきて、それがまた一層期待感を煽るような気がして。
だから、こそ。
「ねえ将人これ見て、こんな形の花火もあるらしいよ!」
「え、なにこれ初めて見た」
距離近く話す2人を見てふと、考える。
このまま私はここにいて良いのかな。
特に今回は私が途中で抜けるとか事前に相談はしていないけれど、本当だったら、恋海はここに将人と2人で来たかったはず。こんな雰囲気が良いなら、尚更。
恋海は優しいから、私のことも一緒に誘ってくれたけど……ここは身を引くべきだろう。
よし、決めた!
「ちょっとみずほちゃん緊急でお花摘みたくなってしまいました!」
「ええ?!ちょっとみずほ?!」
私はそそくさと下駄を履き直して、お手洗いの方へ。
うんうん、今日はもう浴衣デーでじゅ~~ぶん良い思いさせてもらったし、これ以上はね。恋海に譲りましょう。
なるべく後ろを振り返らないように、急いで入口の方へ行くよ~!
お手洗いの裏にある雑木林の手前に、空いているベンチを見つけた。
ちょっと足も疲れたし、あそこで休もう。
「よいしょと……」
座ったタイミングで、丁度花火が上がる。スタートから結構大き目の花火が花開いて、歓声が上がった。うんうん、十分ここからでも見られるじゃん。悪くないですなこういうのも。
それからしばらく、その場に座って花火を見る。
打ち上がって、花開く。色とりどりの鮮やかな花弁は、見る人を飽きさせない。……そのはずなのにどうしてか、心は晴れやかにならない。
大きく、伸びをしてみた。今日は楽しかったな!3人で浴衣を着て、授業を受けて、短冊を書いて。全く、恋海が羨ましいですな、こんな浴衣着るのとかにも付き合ってくれる男子なんて、なかなかいないですよ。
……本当に、なかなか、いないよ。
今まで、将人にしてもらったことを、思い出す。サークルでフラれた先輩に絡まれた時も、優しくて……私なんかにも、たくさん笑いかけてくれて……。
パン、と軽く頬を叩いた。ダメダメ、切り替えなきゃ。
早く恋海と将人にはくっついてもらって、私は私でちゃんと運命の人探さないとダメだなあ。いつまでも2人の中にお邪魔するわけにもいかないし!
そこまで、考えて。
……ちょっとだけ胸が痛いなんて、そんなことあるはずないから。
■
みずほがお手洗いに立ってから、すぐ。
「もう花火始まっちゃうよね?」
「そう、だね。あーもう!みずほったら別に良いのに……」
恋海の声は次第に小さくなっていたせいで、後半は聞き取れなかった。
「とりあえず、見てよっか。多分そのうち、帰ってくると思うし」
「そうしようか」
お手洗いということだし、多分10分後くらいには戻って来るだろう。それまでは、今目の前で上がる花火を見ることにした。
ちょうど、開演を知らせるように、花火が打ちあがる。5つ連続で打ち上がった花火は空に綺麗に連なった。
「わ~!すっごい綺麗!」
音も光も、大迫力。少しの間その全てに目が釘付けになっていたけれど、ふと恋海の方を見る。
恋海の瞳の光彩に、色鮮やかな花火が映って、輝いている。今日はヘアアレンジをしていることもあって、真っ白なうなじがはっきりと見えてしまう。白く、きめ細やかな肌は、普段から手入れしているからなのだろうか。
改めて、五十嵐恋海と言う少女が、こんなにも可愛いということを気付かされて、息を呑む。
いつの間にか少し距離を詰めていたのか、隣にぴったりとくっついていたせいで、恋海の腕が当たっている。柔らかくて、華奢な腕。
「ねえ、将人」
「っ……!ど、どうしたの?」
こんなの、意識しない方が難しい。思わず挙動不審になってしまったのを悟られないように、返事をする。
「今日……楽しい?」
少しだけ不安そうに、そう聞いて来る恋海。それがなんだか、いじらしくて。
「うん、すごく、楽しいよ」
安心させてあげたくて「すごく」なんていう強調する言葉までつけて。
俺のその言葉を聞いて、恋海がはにかんだ。
「良かった!」
「……!」
再び、花火に目を移す恋海。
一瞬のその笑顔が、背景も合わさって脳に焼き付いて。
絵画にしても売れそうなほどに、今の恋海の姿は幻想的で、魅力的だった。
写真撮れば良かった、とは思いつつ。この密着した状態ではどうすることもできなくて。
俺も花火に目を移した。
どん、どん、という花火の音が。さっきより強く、響いている気がした。
しばらく、そうして花火を見ていたけれど。
「流石にみずほ遅くない?」
「……そうだね」
30分ほど経ったのに、まだみずほが帰ってこない。そろそろ帰ってこないと、3人で一緒に花火を見る事ができなくなってしまう。それは何だか、みずほが可哀想な気がして。
「……ごめん恋海、俺探してきても良いかな?」
「うん、そうしてあげて。っていうか連れて帰ってきて!」
「分かった!」
恋海の言葉に見送られて、俺はレジャーシートから立ち上がる。残り時間は、およそ15分ほどだ。
そしてようやく、みずほを見つけて。
ゆっくりと、彼女がこちらに振り向いた。
「あれ!なんで将人殿がこんなところに!ダメですよ恋海と一緒にいてあげなきゃ!」
「いやいや、ほら、終わっちゃうのにみずほが帰ってこないから……」
声をかければすぐ、いつも通りの彼女に戻る。声をかける前の、寂しげな表情はすぐに鳴りを潜めていた。
「なんで帰ってこなかったの?」
「ちょ~っと人混みに酔ってしまいましてですね……そんなことより、乙女を1人にするとは何事ですか!将人殿」
「それを言うなら今みずほが1人だったでしょ」
「……ずるいなあ」
近寄って、ベンチに座っているみずほに手を差し出す。
「行こう!まだ間に合うから。体調は平気?」
「た、体調は平気ですけれども……で、でも……」
「なら大丈夫じゃん!早く早く!」
せっかくなら、3人で最後の瞬間を一緒に見たい。幸い、ここまで来る間に、恋海が待っている場所までの位置関係はしっかりと記憶してある。
みずほの手を引いて、俺は会場の中へと歩き出した。
「え、将人殿?!」
「ほら、花火見ながら行こう!」
我ながら強引かもしれないとは思いつつ。
でも、俺は恋海のこともみずほの事も好きで、2人がどれだけ仲が良いかも知っているから。せっかくなら、最後は3人で見たいと、そう思ってしまったのだ。
■
ずるいよ。
手を引かれながら、前を歩く青年を見る。
こんなの、ずるい。自分で、分かる。心臓の音がすごいのが。
花火の音なんて、気にならないくらいに。
恋海のためを思ってしたのに、こんなの本末転倒だ。
でも、今この瞬間が、どうしようもなく嬉しくて、幸せなのが分かってしまって。
バレないように、溢れた涙を拭った。
これは一体、何の涙なんだろう。どんな感情の発露なんだろう。
どれだけ考えても、分からなかった。
■
「やっと帰って来た~!」
「間に合った!」
みずほを連れて戻ってくると、丁度会場内では「次が最後の花火です」というアナウンスが入った。どうやら、フィナーレには間に合ったらしい。
「みずほ、気遣いすぎ。別に良いって」
「たはは……面目ない……」
2人が小声でなにかやりとりした後、3人で座り直す。
すると、丁度大きな音がして、今日1番大きな花火が打ちあがった。
「「わあ……!」」
2人が、花火を見上げて、感嘆の声を零した。
……間に合って、良かったな。2人の感動している姿を見て、そんな風に思う。
今の大学生活を送れているのは、間違いなくこの2人のおかげなのだから。
ぱらぱらと夜空に消えていく花火は、流れ星のようで。
少し、目を閉じる。
これからも、この2人と、楽しい大学生活が送れますように。
そんな願い事を、もう一度だけしておいた。



