孤高の電波美少女と恋で繋がったらギガ重い

第二章 真剣勝負はファミレスで ⑥

「ご覧の通り精神界アストラルサイド物質界マテリアルサイドそうえいきようする。精神界アストラルサイドでの問題を解決すると、それはすなわ物質界マテリアルサイド──こちら側の世界を調律する結果につながる。精神界アストラルサイドちつじよ物質界マテリアルサイドちつじよに直結している。だから私は、精神界アストラルサイドを救うことで、この世界を救っている──」


 雲雀ひばりがそのせんしゆを持ち上げて、まさおみを手招きするようにらす。

 その手の動きからまるで強制力を受けたかのように、まさおみはその言葉にうなずこうとして、


「──というもうそうかもしれないわね? 私には本当の意味であなたに証明する手段はないわ」


 くるりと裏返す手からびた白磁の指が、かみめをなぞる。決別を記す印のようだった。


「もう少し気味悪そうな顔をするかと思ったけど、意外に冷静なのね」


 まったくじようだんじゃない。いい加減にしろ。とんだ彼女だ。ふざけんな。


「まあでも、これで分かったでしょう。私はしよせんこんな女よ。あやしいもうそうらして、トリックか何かであなたを傷つけておどして、そうやって寄って来た男をはららいおんな──ここまで実演したのはあなたが初めてだけど、これまで何人もの男子に、そうやって返品されてはあれこれらされてきたわ。あなたも知っているはずよ。だからそんなりようさいけん、あえて選ぶ必要はないわ」

「やめろよ、そういうの」

「……ごめんなさい。あなたを責めているわけじゃないわ。単なる私のよ。忘れて」


 気色悪い女。俺を巻き込むな。同情をさそおうってのか。何だその設定アニメかよ。

 ──きっとこれまで、そんな男達の一方的でけんとうちがいなせいを、何度も浴びたのだろう。


「そうじゃない」


 まさおみは切って捨てる。何も分かっちゃいない、この貴家雲雀さすがひばりという女。

 自分が持つくすのまさおみに対しての価値を、重さを、何も。


「そうやって絶対に理解されないって決めつけるの、やめろよ。前に何度も他の男に口説かれてるみたいなこと言うのもだ。……俺の彼女のモテっぷりにしつしちまうだろ。ま、この初めてが俺ってのは、そう悪くない気分だけどな。ちょっと痛いけど、まあそんなもんなんだろ、たぶん」


 雲雀ひばりの目線は相変わらずまさおみをロックしたまま──しかしまばたきが不自然なほどに増えてぱちくりせわしなくなっている。何を言われているのか分からない、と顔に書いてあるようだ。

 分からないのはまさおみの方だ、と声を大にして言いたい。


「俺は君の彼氏だ。彼女がそう言うなら、それを信じる。そのために今日、この地球がげんかってくらい暑い中デートをしてたはずじゃないのかよ」

「そうだけど、でも」

「でもはナシだ。俺が信じると言ったら信じる。そりゃ実際俺はその精神界アストラルサイドとやらを見ることが出来ないから、共感とか同調とか、そういうことは無理だ。だからって、君の人格全てを否定する理由にはならないだろ。精神界アストラルサイドが中心──いいよそれで。だからそれ以外の君を、全部俺にくれ。君が不要だと切り捨てた気になってる現実こつちの君を、俺が好きになるから」


 一口で一気に全速で言い切った。一度止めたら今度はさくが過ぎて、次の言葉はきっとじゆうたいすると思ったから。


「何で……? 分からないわ。何でそこまで私に構うの? ただの同級生じゃない。半日デートしただけじゃない。あなたやっぱりおかしいわ。ズレてる」


 そのてきはなはだ心外だ。まさおみくつでは、いたってつうの結論だと思う。

 なら。


「見た目が好みだから、ってんじゃ理由にならないのか?」

「そんな理由っ──」

「じゃあ他にもあるぜ。ねこの話をする時のうきうきした表情がわいいとか、クールぶってるけど実は茶目っ気があっておもしろいとか、男なんて大したことないわって顔してるくせにこうやってぐ目を見てクサいこと言われるとほおが赤くなってせるとか、色々な」

「ほと、ほとんど見た目だけじゃないっ! わざとクサいことを言ってる自覚あるなんて性格悪いし、せるって意味分からないし、それに私っ、赤く、なってない!」


 もちろん赤くなっている。何なら湯気でも間欠泉でもしそうなくらいだ。


「ほれみろ。つうじゃん。ちょっと自分の世界が強いってのと、べらぼうに美人ってだけで、他はつうの女子だと思う。全然ズレてない。俺も、君も。だったら、ズレてない二人が彼氏彼女だって、おかしくない。そういうのは、うそよりきらいか?」

「…………」


 雲雀ひばりほおを染めたまま、自分のりよううでいて押し黙ってしまう。何人の男がこれまでにリタイアしてきたのか知らないが、きっとここまで食らいついたのはまさおみだけなのだろう。これまでずっと彼女がただよわせていた『かえし』かんれいさっぱり消えて、初めての表情をかべているのを見れば、自分のせんたくほこらしくさえ思えた。

 まさおみだって、そう単純に全てを信じたわけではない。雲雀ひばりが言ったように、ミミズれは何らかの仕込みなのかもしれないし、雲雀ひばり自身がそういう思い込みを信じ切っているだけの病気か何かなのかもしれない。可能性だけで言えば何とでも言える。

 正直、そこの事実実情には、あまり興味がなかった。

 興味があるとすれば、飼いならしたけんたいの手放し方だ。どうでもいいと投げ捨てた日常の、やはり退たいくつだとあきらめたへいおんの、容易たやすくつがえると失望した理想の、その先にあるもの。

 つうでしかないまさおみに、今さら劇的な変化は望むべくもない。だが、ベーグルをめるくらいのことは、まさおみにだって出来るはずだ。うそみたいな現実をせるための、努力。能動的に出来ること──雲雀ひばりを好きになること。彼女の電波に便乗すること。

 精神界アストラルサイド精神離脱者アストラルダイバー救世者メシアン。聞けば聞くほど実にうそくさい。だがまさおみには雲雀ひばりというちよう美人の彼女がいる。これだってしんぴようせいのなさで言えば同等かそれ以上のもの。だったらどっちのうその方がここよい可能性なのかなんて、比べるまでもない。

 少なくともへんけんの目だけで相手を見るようなはしたくない。あの感覚は、かつて自分が散々される側になって身にみている。決して気分のいいものではない。自分の言ったことが人とズレているようなかんかかえる気持ちくらいは、まさおみならば理解出来る。

 それに、とまさおみは思う。

 精神界アストラルサイドという非日常、そして〝ガーディアン〟としての使命は、ゲームとして、あるいはお話としての整合性よりも、聞けば聞くほどにか自分にとってしっくりくるような気がするのだ。こんなこうとうけいな世界観が、かつて自分が味わったきよだつかんくつがえす、最高のデジャヴであるかのような。


「……とに?」

「ん?」


 しばらくだまんでうつむいていた雲雀ひばりが、これまでのりんぜんとした態度をくずして、消え入りそうな声で何かを口にした。


「本当に、こんな私でいいの……? 変わらなくて、つうにならなくて、いいの……?」

「ああ。俺は貴家雲雀さすがひばりがいい。この世界にも精神界アストラルサイドにも二人といない、個性的な君がいい」


 後にして思えば、殺し文句だったのかもしれないな、と自画自賛する。

 だってきっと、貴家雲雀さすがひばり電波ありのままこうていした男は、これまでいなかったと思うから。

 あの事故でへいたんならされた自分のメンタルが、ある意味では功を奏したのかもしれない。

 相手にどんなおうとつがあろうと、しようげきを吸収して、そのまま受け止めることが出来る。

 そんなこそ、かのじよ相応ふさわしいにちがいない。

 雲雀ひばりもそう思ったのだと思う。

 だから彼女はこれまでに見たことのない、夏空よりも晴れやかながおかべて、


「それじゃあ、改めて私の〝ガーディアン〟になって──まさおみくん」

「おいおい、昨日から俺はずっと君の〝ガーディアン〟だろ。かいされた覚えはないっての」

「──ありがとう」


 このしゆんかんに、本当の意味でくすのまさおみの世界が色をもどしたと言ってもいい。

 どうせいつかは死ぬ。人は簡単に死ぬ。特に大した理由がなくても死ぬ。だったら本気を出すのなんてバカらしい。せいぜいつうに生きればいい──去年の春先に一命をめたまさおみに刻まれた世界のせつ。それは退たいくつというモノトーンでつぶされた、へいたんな世界のかげに過ぎなかった。

 それがどうだ。雲雀ひばりがおを見たしゆんかんに、まさおみの止まっていた時間が動き出したような気さえした。時差ボケはなはだしい脳内が現実の色味についてこられないほど、あざやかな夏のげきにくらくらとっぱらっている。

 どうが速い。てのひらが熱い。呼吸が浅い。──彼女が、まぶしい。

 クーラーが電力の限りをしぼって世界を冷やし続けているというのに、この一角のクソ暑さたるや、周囲の客にねつちゆうしようを引き起こしてもおかしくない。当事者なんていわんやだ。現にまさおみの脳はふつとうしそうなくらいに熱を帯びている。

 退たいくつな日常なんていうぬるま湯とはちがう、しやくねつの青春時間。


「じゃ、さっさとデートの続きをしよう。こちとら散々熱にかされてるんだし、こんなエアコンの中に居たら、せっかくの熱気が冷めちまう──そうだろ、雲雀ひばり

「……ええ。そうね。私も今は、外に出たい気分よ」


 遠くアスファルトの先に立ち込めるかげろうの中へと、現実の中の二人は飛び出していく。





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