サンバカ!!!

第一章 巨大な亀は車を食う ⑧

 いちゃいちゃとたわむれ始める二人。そのたわむれの最中、ネモの手がふいにイグニスの手に触れた。「あっ」と声を上げるイグニス。無言のネモ、廊下のたいまつが照らす中二人はお互いの目を見つめ、その唇を少しずつ近づけ……その時、代車が大きなエンジン音を立てた。


「あー限界だ! お二人さんさぁ! シリアスそうな話してっから黙ってたけどアタシの上でおっぱじめようってんなら話は別だぁ!」


 ガガカの怒号だった。


「「あー、忘れてた」」

「忘れてんじゃねぇよ! 人の上で随分と話し込んでくれやがって! 話が話だからこっちも善意で気配消して乗り物に徹してやってりゃこのザマだ! もうやめだ!」


 ガガカはそう言うと勢いよく立ち上がり、窮屈だった体の関節を伸ばすと、その場でぶるぶると身震いした。灰色の毛並みがバサバサと揺れる。


「まだ甲羅の街には着いてねーじゃねーか、約束が違うぜ約束が」

「ネ、ネモくん、流石さすがにもういいんじゃないでしょうか……」

「そうだそうだ聖女様の言う通りだ。もう十分だ、拳銃向けたしよくざいは果たした。よってアタシは人間に戻る」

「そんなケツがでけぇ人間がいるかよ」

「ケツのデカさは関係ないんだが!? 普通アタシを人間扱いしないならケツじゃなくて獣人の方をクサすだろ!?」

あいにくと俺は獣人差別には断じてNOが言える素敵な男性なんだ」

「女のケツのデカさを笑う男は絶対に素敵な男じゃねぇ! 女の敵だ!」

「まあまあけんはその程度にしましょう……ね?」


 ヒートアップするガガカをイグニスが何とかなだめる。そのイグニスの後ろでネモがガガカにだけ見えるように素早くハンドサインを送った。


「しかし、さっきまで私と殺し合いをして今度はネモくんと。ガガカ、貴方あなたも中々血気盛んな人ですね」

「全くだ。お前がイグニスにけんを売ったせいで俺はなんとなーくイグニスと付き合う羽目に……」

「ネモくん、なんとなーくというのはどういう事ですか?」

「いやそれはなんというか言葉のあやで……」

「お? 素敵な男性の本音が出て来たぞ? ぶっちゃけ行けたらラッキーくらいの気持ちだったんじゃねーのかぁ? ネモよぉ!」

「うるせぇぞ! ガガカァ!」

「な!? そんな軽はずみに私と付き合おうとしていたんですか!? わ、私は付き合う以上その……将来の事とかそういうことまで視野に入れた真剣な交際をしたいと思っているんですが!」

「うわ! イグニスお前重いよ! 付き合ったら束縛するタイプだよ!」

「束縛じゃありません! これは二人の将来のために!」

じようとうじゃねぇか!」

「はー付きあってらんねぇ。先行くぞ。甲羅の街に用があんのはお前らだけじゃねぇんだ」

「あ、おい待てよ! 一人で先に進むんじゃねぇ! 畜生! 手前ぇなんて道に迷って野垂れ死んじまえ!」

「ネモくん話はまだ終わっていないんですが!」

「おーいガガカー。俺も一緒に付いていくわ。ほらイグニス。落ち着いたら後を追っかけて来いよ。あんまし遅れるなよ。じゃあな!」

「あ、ちょっとネモくん!? 待ちなさい!」


5


「ふー、びっくりしたぜ、イグニスがあんなに重いタイプだとは」


 イグニスを後方に置き去りにし、ネモとガガカは二人だけで舗装された道を歩いていた。


「大丈夫なのかよ、イグニスを置いてきて」

「大丈夫だろ、ここまで何も起きてねぇし、ある程度なら対処もできる。距離もそんなに離れてない。もっとも会話は聞こえない程度の距離はあるがな」

「ほーん、じゃさっさと言えよ」


 ガガカがその歩みを止め、ネモに向き直る。


「やっぱりわかってくれたみたいだな」

「分かりづらいサイン出してきやがってよぉ。さっき出してたハンドサインは合コンでよくある〝貴方あなたの事本気で狙ってるからこの後二人で抜け出しませんか〟の合図だ。この場においては二人っきりで話がしたいってところかと当たりを付けて一人になってみりゃ大正解。お前だけがホイホイ付いてきやがった」

「助かるねぇ。特定奇跡災害対策機構の特別捜査官なんてお堅い仕事やってんならこの手の合図は伝わらないかとダメ元だったんだけど」

「獣人は性欲が強いからな。もっぱら週五で合コンだ」

「もうそれ仕事じゃん……」

「うっせ。さっさと話せ」

「分かった分かった。俺が聞きたいのは、イグニスを殺すのを諦めたのかどうかだ。ほら、あの場は俺が全力でうやむやにしたけどうやむやのまま進むにはリスクがある。答えによっちゃまたイグニスが暴れかねないから二人っきりで、な?」

「チッ何かと思えば。……煙草たばこ寄越せ」

「は?」

煙草たばこ! 持ってんだろ?」

「ハイライトしかねーけど」

「今更銘柄なんか気にしねーよ」


 ネモがふところから取り出した煙草たばこにマッチで火をけると豪快にガガカは煙を吐いた。


「ウチの組織、特定奇跡災害対策機構が相手にしているのは奇跡とかいうデカいもんで、しくじれば人が死ぬ。だから上の言う事は絶対。逆らうことなんかあっちゃならない。それは〝聖女は見つけ次第殺せ〟なんて物騒な命令でも変わらない」


 ネモの額を汗が流れた。


「だからアタシはあの時、どれだけ勝ち目が無かろうと、どんな脅しを受けようと、シルバーブレットを撃つつもりだった。そこにお前が割って入った。トンチキなたわごとを並べて恋人になるとか言い出した馬鹿野郎のお前が」

「馬鹿野郎ってのはねーだろ」

「あんな危ない女と付き合おうってんだから馬鹿野郎だよ。そしてその後、背中の上で語られる話を聞いた。善き師に出会って、善き人間に変わっていった半生を聞いた。アレ、アタシに聞かせるつもりだったんだろ?」

「は、お見通しかよ」

「あそこまで背中に乗ることに執着したら流石さすがに分かるって。過去の話をイグニスがしなきゃ、今現在は無害な女アピールになるような適当な掛け合いをお前からする気だったんだろ?」

「そうだよ。少なくとも今は災厄をまき散らす聖女なんかじゃない普通の女だからな。そんなに難しい事じゃない」

「アタシにイグニスの人柄を知らせて情状酌量の余地があると分からせたい。でも敵対者だったアタシにはなるべく口を挟んでほしくない。その二点を解決するための代車プレイだったって訳だ。『代車が人間の言葉をしやべってんじゃねーぞ』なんて言葉は今思えば、そのものずばりだしな。全くふざけたフリして頭使いやがって」

「かっこいい言い方してもらって悪いが……ぶっちゃけ趣味も混じってた」

「……気にすんな、アタシもだ」


 途端にハードボイルドな二人に気恥ずかしい沈黙が流れる。


「と、とにかくアタシは正直迷ってた。イグニスをどう扱うか。でも今、心は決まってる」

「そりゃまたなんで」


 ガガカは鋭い目つきでネモをいちべつした後、ふっと煙を吐いて笑った。


「ま、そりゃお前の行動だな。うやむやにして終わりじゃなくてちゃんと後始末をこうやってつけようする行儀良さというかりちさというか、計算高さを見てだよ」

「別に俺は後始末だなんて……」

「そういうのはそのシャツの下でアタシに向けてる拳銃を下ろしてから言いな」

「……なるほど、だから煙草たばこを寄越せ、ね」

「ああ、獣人の動体視力じゃはっきり見えたぜ、お前のふところに光る拳銃がな」

「じゃあ話は早い。死にたくなきゃイグニスの事は諦めろ」

「実は煙草たばこもらったのにはもう一つ理由があってだな」

「はぁ?」

「特定奇跡災害対策機構では指令は絶対だ。誰かを見つけ次第殺せとか、異常な亀を調査しろとかな。どんな小さな指令でも逆らえば死より恐ろしい罰が下る」

「そんな罰より今殺される方がマシだってか?」

「最後まで聞けって。実は今、現場で不満噴出の指令があってな。健康増進指令って言うんだが、なんと捜査官は一律で禁煙だとよ。もちろんこれも破れば死よりも恐ろしい罰だ」

「でもお前……今……」

「だからそういう事だって言ったろ?」

「テメェ……ただのデカケツ獣人かと思ったら粋な返ししてくるじゃねぇか」

「アタシは粋なデカケツ敏腕獣人捜査官なんだよ」


 二人は笑いあって拳を合わせた。緊張していた雰囲気が和らぎネモの肩から力が抜ける。それを見たガガカは真顔に戻ってネモに語りかけた。


「……人生賭けろよ。イグニスに」

「は? なんだよ急に」

「急にじゃねぇよ。いいか? 仮にも特定奇跡災害対策機構が特A認定する女だ。それにお前ら〝聖女の契約書〟を集めてんだろ? イグニスの力はこれから増す一方だ。そんな女がさっきみたいに暴走したら、分かるよな?」


 ガガカの深刻な声音にネモもたまらずうなずく。


「人生賭けて、ブレーキ掛けろ。それがお前の仕事で、アタシがお前らを見逃す条件だ」


 ガガカの金色の瞳がネモを真正面から捉えた。ネモの頭に「厄介な女拾ったもんだぜ」や「そんなこと知らなかった」などと普段ならば選びそうな、茶化すような文言が浮かんだが、頭を振ってそれらを吹き飛ばし、口を開いた。


「俺は女と付き合うときはいつも人生賭けてる」

「くっせぇセリフだなぁおい!」


 返事に満足したのか笑顔でガガカがネモの肩を殴る。ネモも負けじと「うるせえ」と殴り返し、笑った。そこに近づく一つの影。


「随分と楽しそうじゃないですかネモくん」


 満面の笑みに満開の怒りのオーラをまとわせたイグニスだった。


「おわ! イグニス! 違うぞ! これは別にうわとかちょっといい感じとかじゃなくてだな!」


 そう言って急いで振り返るネモの脳内ではガガカと楽しくおしやべりしてしまった事実をどうごまかしたものかと言い訳が大量生産されていたが、イグニスの姿を見た瞬間にそれらすべては吹き飛んだ。


「おまっ! なんでバニーガールゥ!?」


 イグニスは先ほどまで着ていたせいなシスター服を脱ぎ捨て、なぜかせんじようてきわく的な、ラバーの黒が映えるバニースーツを着ていた。驚異の肌色面積80%オーバー!


「ん? これですか?」


 説明しようとするイグニスの背後にはなにかうごめく影。


「おい、イグニス……後ろにいる、そりゃなんだ?」

「ちょっと質問が多すぎますよネモくん……。貴方あなたがそんなだから……」

「ボ、ボクの事?」


 背後から顔を出したのはイグニスと同じバニーガール姿のとてもかわいい少女だった。そう、とてもかわいい、将来はイグニスのような美人になりそうな……少女……。


「おっおっおっおま、こもここここおおこここここももこもこもこもち……」


 口から泡を吹くネモに止めを刺したのはガガカだった。


「人生……賭けろよ……お父さん……」


 哀れネモ、その場でひっくり返って卒倒してしまった。

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