サンバカ!!!

第一章 巨大な亀は車を食う ⑦


 どすんどすんと定期的に体に伝わる振動を少し心地よく思いながら、ネモはかたわらのランタンを持ち上げた。ランタンの明かりに照らされた洞窟はいつの間にかもう生き物の内部のてらてらした様相を失い、人工的なレンガ作りの通路へと変わっていた。


「見ろよイグニス。どうやら街があるってのは本当みたいだぜ」

「そうですね、私も確認しています。しかし、結構な距離を移動してきました。徒歩だったら随分と時間を無駄にしていたでしょう」

「ほんと、ちょうどよく代車が見つかってよかったよなぁ」


 そう言ってネモは自らを運ぶ〝代車〟に生えた尻尾をぎゅっとつかむ。


「痛ってぇ!! テメッ今尻尾触りやがったろ!」

「おいおい、〝代車〟はしやべんねぇぞ? エンジン音かな?」

「ネ、ネモくん、いくら私に銃を向けた罰とはいえこれは少々やり過ぎでは……」

「いーや、そんなことは無い。何より俺はもうあんなグロテスクな洞窟を歩きたくない」

「じゃあもうそのあたりは抜けたんだからいいじゃねぇか!」

「そ、そうですよネモくん! ガガカはもう十分に罰を……私ならもう許しましたから!」

「いいや! 俺はまだ許してない。てかめんどくさいので歩きたくない! 運んでもらえるなら運んでもらいたい!」

「ネモッ! テメッ! 本音が出たな!」

「うるさい! 代車が人の言葉しやべってんじゃねーよ!」


 ネモはそう言うとガガカの尻尾を再度つかむ。


「ご、ごめんなさいガガカ……その、ネモくんのチンピラ由来のドSスイッチが入っちゃったみたいで……」

「イグニス……災厄の聖女にこんなこと言う日が来るとは思ってもみなかったけどなぁ、お前の彼氏は結構最悪の部類だぞ!」

「代車が人間の言葉をしやべってんじゃねーよ!」


 今度はネモはガガカのその大きすぎる尻を思いっきり平手でたたいた。


「はぅん!」

「あれ? ガガカ? 今変な声出ましたよね? もしかしてその大きなお尻をたたかれるのが趣味な変態さんだったりします? 教えていただきたいのですがその手のSM的な素養というのはどういった過程で身に着いたんですか? そういったものにきようしんしんな私としては自分も……」

「畜生! 変態に! 聖女とチンピラじゃなくて変態カップルに捕まっちまったのかアタシは! 誰か助けてくれぇ! はふぅん!」


 数分後、ガガカは幾度もたたかれ、スーツの下で真っ赤になったお尻を揺らし、背中に人を二人乗せたまま、代車としての役割を再開した。


「いやぁ快適快適」


 ガガカの襟ぐりから漏れ出るふわふわとした灰色の毛を手で弄びながらネモはご満悦といった表情。対してイグニスはどこか正反対のものげな表情を浮かべていた。


「どうしたんだよイグニス、こんな気持ちのいい所に座ってそんな顔してちゃガガカも浮かばれねぇだろ」

「生きてるよ、クソッタレ」


 ネモが無言でガガカの尻をたたき、ガガカが妖しげな声を上げる。ここ数分で定着した流れに苦笑しながら、イグニスはその口を開いた。


「ねぇネモくん。私は今、貴方あなたに聞いて欲しいと思っています、ネモくんの知らない、私の数千年の話を」


 どこか遠慮がちな声、その深刻そうな響きにネモは思わず居住まいを正してイグニスの話を聞く態勢を整えた。二人を運ぶガガカも同じだったようで、心なしか二人を乗せる背中の揺れが少なくなった。


「神話の時代、私がこの世界を治めていた話は前にもしたと思いますが、あの伝説はさほど正確ではなくて」

「まあ数千年の時間がてばそういうもんだろ。数千年後には俺も巨根の高身長ハイスペ超絶美男子として伝わっててもおかしくねぇや。ま! ほとんど事実なんだけどな!」

「……続けますね」

「……続けてくれ」

「聖女として世を治めていた時の私は、いつもさっきの感じでした。傲慢で、暴力的で、絶対的な力を盾に、強制的な平和を世界に押し付けていました」

「いつもあんな感じじゃあ……嫌われそうだなぁ」


 ネモの脳裏に先程のイグニスの暴走が浮かんだ。あれは人に到底受け入れられるものではない気がした。


「そのものずばりですよ。私は嫌われ、うとまれ、そして処理されたんです」

「それが聖女の伝説の真相って訳か?」

「そうです。私に反旗をひるがえし、捕らえた連中は私の強大すぎる力を契約書で分割して、私をただの人間に堕としました。不老不死になったのは彼らも想定外だったみたいですが、永遠に苦しめと笑って言われたのを覚えています」

「そりゃまたえらく嫌われたもんだ。しかしそんだけの事されりゃ、少しは性格も変わったんじゃねぇか?」

「それが全くだったんですよねぇ……」

「マジ?」

「大マジです。私は傲慢と暴力に憎しみを上積みして、彼らにふくしゆうしようとしました。ただ力を持たない人間が勝てる相手ではありませんでした。でも私も死なないからどろあいだったんですけどね」

「めっちゃ弱いのにめっちゃイキってたって事か。最悪じゃん。一番駄目な人間じゃん」

ひどいじゃないですか。それまで強かったのは事実なんですよ? それこそ世界に強制的に平和を押し付けるくらいに」

「元ヤン自慢みたいになってんぞ。じゃあさっきのスプラッターは元ヤン女が昔を思い出して周りに迷惑かけたみたいな話か? そして社会の荒波にまれて丸くなったみたいな中盤を挟んで最終的に最近の若いもんはみたいな所に着地するのか? そうなんだろ? このヤンキー聖女め」


 気づけば周囲はもうランタンなど必要ないほどの明るさで、壁に等間隔に設置されたたいまつがこの狭い廊下には十分すぎる程の明かりを提供していた。ネモは黙々と自分達を運んでくれた代車に感謝しながら手に持っていたランタンの火を吹き消して脇に置いていたリュックにしまう。


「神話の時代から連綿と続く私の半生を途端にわいしようするのはやめて欲しいですね……」

「なにが半生だ。今のとこ反省するような事しかやってねーくせに」

「手厳しいですねぇ。でもその通りです。まさしく次は私が半生を反省して丸くなるパートですよ。でも私の角をとって丸くしたのは社会の荒波なんかじゃなく一人の女性でした」

「そういやさっき言ってたな。心臓の契約書を持つ人がどうたらって」

「そう。私の心臓の契約書を持つ女。名前はロゼリア・ポープ」

「偉く平凡な名前じゃねぇか」

「でも平凡とは真逆の女性でした。私が力を奪われてから五十年後くらいでしょうか、どうあがいても力を取り戻せず、辺境の大魔導士と言われていた彼女のもとを訪ねたんです」

「そんなすごい人なら後世に名前くらい残ってそうなもんだがな」

「技術は確かでも性格に難ありってタイプの孤独な人でしたから。後世に名を語り継ぐ人なんて、それこそ私しかいないレベルで。そんな私も初対面でいきなり『つらがまえが腐っとる』って言われました」

「今は腐ってねぇのか?」


 軽口めいた野次をネモが飛ばす。しかしイグニスはいつもの、ネモのよく知る笑い方で答えた。


「腐ってないですよ。ロゼリアの所で随分色々と学びましたから。コミュニケーションから礼儀作法、現代にはびこる奇跡等々……。彼女は色んなものの研究に没頭していて、私はその手伝いをしました」


 イグニスは喜びとノスタルジーがないまぜになったような表情を浮かべ、その思い出をみしめながら語っているようにネモには見えた。


「彼女は偏屈でしたが善き先生で、その日々はとても楽しかったんです、本当に。力を奪われた憎しみを忘れて、性格が今みたいになる程に楽しい日々でした」

「なんでそんな所から出てもう一度力を手にしようなんて思ったんだ?」

「ロゼリアは……錬金術で寿命を何とか延ばしてはいたみたいだったんですが所詮はまがい物の命。記憶や知識はどんどん失われて、最後の十年はもうベッドの上で意識もはっきりとしませんでした」

「……」

「あれは本当に悔しかったです。あんなに偏屈だけど理知的で優しくて素晴らしい人間も老いには勝てないのかと、数千年ぶりに憎しみの感情がよみがえってくる程、悔しかったんです」


 ギリギリと、歯ぎしりをしながら当時のことを語るイグニス。


「でもね、ある朝、目覚めるとロゼリアはベッドにいなかった。キッチンでコーヒーを入れながら、何年ぶりかわからない新聞を読んでいました。慌てる私を見て一言。『老いるってのはい事だぞ』って。見透かしたようにシミだらけの顔でニヒルに笑って、『悔しかったらイグニス、お前もやってみな?』って言った途端そのままぽっくりっちゃいました」

「……カッコイイばあさんだな」

「そうですカッコイイ先生でした。だから私は契約書を全て取り返して、普通の体に戻って、老いて死ぬんです。これを私は先生との約束だと思っています。老いて死ぬのがそんなにいものじゃなかったらあの世で文句言ってやるんです。だからそれまで私は絶対に死ねないんです」

「なんかけちまうなー! そんなにいい相手を知ってるんなら今の俺に勝ち目ないじゃん!」

あきれましたねぇ。あくまで先生と生徒の関係でしかありませんって。でも……」


 見つめ合う腰かけた二人。おもむろにイグニスがネモの鼻をつんと小突いた。


「先生よりかっこいい男にならなけりゃ私が本気でれる事はありませんけどね」

「そりゃまた難しい試練だな」

「とはいえ、今の所ネモくんのことは結構好きですよ。あのみょうちきりんな恋人理論を受け入れようと思えるほどには」

「こいつぅー」

「うふふふふ」

「あはははは」



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