サンバカ!!!
第一章 巨大な亀は車を食う ⑥
その言葉通りの事が起きる。四肢が落ちるドサリという重い音、内臓が
「やめてくれ。イグニス」
うっとりと
「邪魔をするなよ。名無しのネモ」
しかし、そんなネモの制止だというのにイグニスは
ネモはもう限界だった。なので、考えるのをやめた。「ふぅ」とため息を一つつき、思いっきりイグニスの顔面を殴り飛ばした。固く拳を握りしめて。
「うキャ!?」
あまりに意外な行動に奇声をあげて吹っ飛ばされる化物もといイグニス。ネモはついでとばかりにイグニスの手から〝聖女の契約書〟を奪い取った。
「おうおう! おめーよぉ! さっきから見てりゃ、やり口がキモい上に陰湿なんだよ! さっさとガガカの体を元に戻せや! 戻せねーんだったらぶん殴るぞ!」
とりあえず口を開いた。どうしようなどと考えてはいなかった。この先の展望など、何もなかった。
「
「テメェ自分が何言ってんのか分かってんのか」
「ネ……モ……」
ふと、ガガカの声がした。見ると雨のように降らされた臓器の内の舌が近くまで転がってきていた。
「舌だけで
「う……るせえ…………一……般…………人は……下……がっ……て…………ろ」
そのセリフにネモはカチンときた。脳がグラグラと沸騰し、血管がブチブチと音を立てて切れる音が聞こえる気がした。しかし「一般人」。そうだ、ネモの現状はその程度だ。だからこそ、一般人がこの場に介入できる唯一の事、口八丁によって、この場を全力でうやむやにすると、ネモは決心した。イグニスが怪物になってしまう前に、イグニスが怪物にしか見えなくなる前に。稼ぐ時間は、たった数分。
「一般人で悪かったなぁ!」
そのままイグニスに
「死にたいんですか? 名無しのネモ。これはお前程度のチンピラが関わっていい領域じゃあないんですよ。数千年を生き、卑劣にも力を奪われた聖女の今現在唯一の夢を
「名無し名無しうっせぇなぁ!」
ぐいと、ネモは詰め寄って来たイグニスの胸倉を
「確かに俺は名無しのチンピラだよ! おまけに一般人だよ! だけどよぉ!」
すうとネモは思い切り息を吸い込んだ。先程何も考えずにイグニスをぶん投げた時と同じように次に自分の口から飛び出てくる言葉が一体何なのか、ネモにも分かっていなかった。
「俺はお前の恋人だ!」
「「は?」」
あまりに意外な単語に、地面にあったガガカの舌も胸倉を
「お前が言ったんだぞ! お前は俺の恋人だって! なら逆もしかりじゃねーのかよ!」
地面をビタビタと
「あれは……イグニスの冗談……」
「分かってるよぉ! あれがイグニスの性質の悪い冗談だってことくらい! でもあの瞬間確かにネモ……以下甲と呼びますね……を、イグニス……以下乙と呼びますね……は恋人と認めた訳であります! さらに甲は
「お前は一体……何を言っているんだ……?」
「はい! めでたく恋人関係が締結された両者でありますが、現在に至るまでそれが継続しているか、という部分は審議せざるを得ないでしょう! ここで見逃せないのは乙が一度絶命しているという点でしょうねぇ! 陪審員のガガカさん! の舌!」
「あ、ああ、まぁ……」
「さて、甲乙どちらかの絶命をもって恋人関係が解消されるという解釈であれば現在それは解消されていると言っていいでしょう! しかし婚姻関係ならいざ知らず、恋愛関係においてそれは適用されるのか! どうでしょう陪審員のガガカさぁん! の舌!」
「知らねーよ! 何が言いたいんだテメェは!」
時間経過で、どんどんガガカの
「創作物などでは
「いいえ全く……グスッ。この命尽きるまで彼女のことを生涯の恋人として生きていこうと心に決める程でした(ネモ裏声)」
「一人二役してんじゃねぇ!」
口内に戻ったガガカの舌のツッコミを無視してネモは続ける。
「聞きましたでしょうか! 彼の悲痛な叫びを! 彼の愛情あふれる涙は甲と乙は恋人関係なのか、そしてそれは今に至るまで継続中であるのかといった審議への完璧な答えであると思うのですが裁判長!」
「裁判長誰だよ!」
「いやぁ、深く感動しました。ここにネモとイグニスの恋人関係、そしてそれが現在も継続中であることを認めます(ネモ野太い声)」
「裁判長もお前かよ!」
「ハァハァ……つまり、俺は……イグニス・ファルフレーンの恋人だああああああああ!!!!」
沈黙、あまりにも重い沈黙。ネモの茶番はウケたのか滑ったのか。違うそうではない、イグニスが自らを怪物にしてしまう様な怒りを、ネモの
「ネモくんは結局何が言いたいんですか?」
イグニスが重い重い口を開いて言った。
「だから……恋人として、俺が好きになったいつものイグニスに戻ってくれって言いたいんだよ。あんな怪物みたいなのはいつものイグニスじゃねーよ」
我ながら子供の駄々と変わらないなとネモは思った。
「……ネモくんと私は出会って三ヶ月程度の付き合いしかなくて、ネモくんの知らない数千年があるわけなんですが……」
「知らねぇよそんなの。俺にとっちゃこの三ヶ月のイグニスがイグニスだ」
「ふふっ、そうですか」
「ああそうだよ。恋に時間は関係ねぇんだ。畜生」
「ふふふ、ぷっぷぷっ! あはは! あはは! はははははは!」
イグニスは大口をあげて笑い始めた。
「自分でやった事だが、一体どういう状況なんだこれ」
ふぅとため息をつきながら
いつの間にかネモの背後に立っていた体のパーツが元に戻ったガガカがネモの肩に手をポンと置いた。
「まあなんだ……末永くお幸せに」
「今それは絶対に違うと思う」



