サンバカ!!!

第一章 巨大な亀は車を食う ⑤

「なんだ違うのか? 見た所二人ともいい大人で、仲も良さそうだから別にそういう関係でも違和感はないんだが」


 ポリポリと頭をかきながらあまり興味もなさそうに言うガガカに向かってネモは顔を真っ赤にして口調を荒らげる。


「違う! 違うって! ただの旅の相方!」

「へー、まあアタシにゃ興味はないけども」

「……なにが旅の……相方ですか……」


 ぼそりとつぶやくイグニスの言葉はネモの真っ赤な耳には届かなかった。ため息をついてイグニスは無理にいつもの笑顔を作り直してすぐに言葉をつむぐ。


「はあ、でもネモくん、私達の関係をそれ以外の何で表現するんですか? うらぶれた街で一人腐っていたネモくんに私は一目ぼれをして旅に出たじゃないですか!」

「違わい! って……ん? ネモくんに私は……?」

「わー! わー! 言い間違い! 言い間違いです! ネモくん〝は〟私〝に〟です! 助詞が! 助詞があべこべに! 事実無根です!」


 今度はイグニスが真っ赤になる番だった。普段のどこか達観した余裕はどこへやらでわたわた慌てる二人。


「とにかく! 私達二人は今日だって一杯のラーメンをむつまじくわけあった仲じゃないですか。これを恋人と呼ばずになんと呼ぶんですか!?」


 もはややけくそになりながら真っ赤な顔で恋人という言葉を発するイグニス。


「ふざけんな! 事実をこれでもかとばかりに曲げるんじゃない!」


 むきになり、こちらも真っ赤な顔で否定するネモ。そんな二人をあきれた顔で見ていたガガカは乾いた笑いを漏らした。


「ははは、とりあえず仲がい事は伝わったよ。あと、なんとなく二人の関係も」


 言いながらガガカはけんを繰り広げる二人の目に映らない程さりげなく、ゆっくり自分のリュックを手元に引き寄せ、何かを取り出した。


「とにかく、お互い目的地は甲羅の街になったって事で、握手でもどうだい?」


 立ち上がり、笑顔でイグニスに手を差し出すガガカ。


「コホン。そうですね。お互い協力してこの大亀を攻略していくとしましょう」


 何の違和感もなくそれに応じるイグニス。二人は笑顔で握手を交わし、次の瞬間、耳をつんざく銃声と共にイグニスは眉間を銃弾に貫かれてその場に倒れ伏した。硝煙の向こうのガガカの左手には大きなリボルバー式の拳銃──コルト・アナコンダ──がランタンの明かりを反射して銀色の光を放っていた。


「……信じられないことしますね。死んだらどうするんですか」


 たった今銃弾が頭蓋を割り、脳みそを駆け抜け、地面にのう漿しようをぶちまけたばかりだというのにイグニス・ファルフレーンはまるで何事もなかったかのように立ち上がり、シスター服に付いた汚れを払った。


「やっぱり死なねぇんだな」


 ガガカは拳銃のシリンダーを開放すると一発しか使っていない銃弾を足元にばらばらと捨てながらつぶやいた。額に一筋の汗が走る。


「イグニス!」


 ワンテンポ遅れで状況を理解したネモが慌てて駆け寄るが、ぐいとイグニスにどかされてしまう。


「やあネモくん。前世ぶりですね。ちょっとどいててもらえますか? 私はこのなんとか捜査官のケツ野郎さんと少し話があるんです。私の不死を知っていて、なぜ撃ったんでしょう?」

「本人確認だよ。災厄をまき散らす死なずの聖女。イグニス・ファルフレーンのな」

「は? おいおい何がどうなってんだよ。さっきまでケツがどうのとか言ってたのに何だこの修羅場は!」


 ネモは場の雰囲気のあまりの変わり様に一人叫ぶ。しかしそれはどうしても場違いでしかなかった。


「一般人は黙ってな。これはくそったれな奇跡の聖女とそれに対処する専門家の領分だ」

「言ってくれるじゃないですか。私が一体何をしたと言うんです?」

「アンタがばらまいた〝聖女の契約書〟。手に余る奇跡を気軽に起こしまくる災厄だ。ウチじゃAクラスの危険物に指定されてる。その元凶のイグニス・ファルフレーンはその上の危険度特Aクラス。見つけ次第殺せとの命令が出てんだよ!」

「私は被害者なんですけどね」

「聞く価値は無いな」


 そう言ってガガカはスーツの内ポケットから銀色に淡く光る弾を取り出すと、一発だけ、リボルバーのシリンダーに装塡した。


「〝神殺しのシルバーブレット〟ですか……」

「いくら不死のイグニスとはいえ流石さすがに自分を殺せるものはリサーチしてるみたいだな。そうだよ。神を貫き、不死を殺す奇跡の銃弾だ。当たりゃ、やあ前世ぶりとはいかねぇぞ」

「私は……いずれ契約書を全て回収して死ぬつもりです。そのために今旅をしている……と説明しても無駄なんでしょうね……」

「だったら今死にな」


 ガガカはシルバーブレットが装塡された拳銃をイグニスに向ける。


「イグニス・ファルフレーン。災厄をまき散らす聖女、お前をここで処理する」

「そうですか……」


 イグニスは深くうなだれた。そして小刻みに体を揺らし始めた。ネモは、いやガガカも最初は泣いているのかと錯覚した。しかしそれは間違いで、イグニスは楽しそうに、面白くて仕方がないとでも言わんばかりに体全体で笑っていた。


「くっくっくっくっくっくっ」


 徐々にその笑いは隠し切れなくなり、イグニスの笑い声は亀の内臓に響き渡った。


「いいですねぇ! ヴァーテウス・ガガカ! 実にいい!」

「豹変したってアタシはビビんねぇ……」

「私はこの大地を平和に治めた聖女です。ふところは広く、優しい人外です。だから私を殺そうと銃を向けても許しましょう。私の話を聞かずに侮辱しても気にしません。でも私が旅をする理由を奪うのは許せない、私の死に方を私以外が決める事は断じてできない」


 異様な雰囲気で語るイグニス。その姿にネモは異質だと感じる心を抑えられなかった。あまりに今まで見て来た彼女からかけ離れている。いつもの、ひようひようとした薄笑いの仮面とけむくような物言いで、ひとなつっこいが踏み入らせない彼女の態度とは明らかに異なっていた。


「知らねーよ、アンタが許そうが許すまいがアタシは……」

「そこまでするなら、もう殺し合いじゃないですか。殺し合いなら死ぬのはお前じゃないか。私は悪くない。悪いのはヴァーテウス・ガガカ。お前だ」


 ガガカの言動はイグニスの核の部分に傷をつけたようにネモには思われた。それは人の体を取り戻し、老いて死ぬという何人たりとも踏み込ませないイグニスの旅の目的。そんな場所に付けた傷からどろどろとイグニスの、イグニスとは呼べない何かが口を通して垂れ流されている。


「……殺し合いをしたって勝つのはこっちだ。不死を殺せる備えならある」

「お前の手にあるのはちっぽけで、わいしようで、卑小なシルバーブレットが一発きりでしょう? 神を貫き不死を殺すぅ? かっこいいじゃないですか、そんなありふれた奇跡でよくもまぁ私を〝処理〟などと、にできますね」


 ガガカはもう何も返さない。イグニスの言葉にされて指先一つ動かすことができない。


「さて今私の手にあるのは〝聖女の契約書〟の一枚。愚鈍なバカの手にあった時には極めて個人的な欲望を満たす程度の働きしかできなかったもうまいな代物ですが、本当の持ち主の私の手にあればどう使えると思います?」


 大きく首をかしいで、人間とは思えない程首をかしいで、特大の三日月を三つ張りつけたような顔をしてニタリとイグニスは笑った。ネモには、それが、怪物に見えた。怪物はレイエスのライオン市長から奪った〝聖女の契約書〟を自分の左目の前にかざした。


「この契約書は左目です。私の左目は全てを見透す。真実を見透す、事実を見透す。かざすだけで、私にはその全てが見たいように見える。おやどうしました? ヴァーテウス・ガガカ。拳銃が足元に落ちていますよ? 握った右腕ごと」


 ドサリと音がした。ネモもガガカも恐る恐るその音の源に目をやる。そこにはイグニスの言葉通りにガガカの右腕が握った拳銃ごと落ちていた。


「チィッ!」


 ガガカは動じなかった。血の一滴すら出ないままに右腕を失った異常事態にもかかわらず、唯一の武器であるシルバーブレットを装塡した拳銃を確保すべく、両足で地面を蹴っ……。


「両足は私が小脇に抱えていますよ?」


 ガガカがその場に落ちた。体の全長の半分以上を失い、腰から上で恐怖にカタカタと震える。しかし彼女はあくまで仕事人たろうとした。


「ネモォ! やつは契約書越しに見たいものを見る! そしてそれは現実にッ!」

「舌は残った左手の中にある様に見えますよ。ヴァーテウス・ガガカ」


 言葉を失ったガガカの左手からずるりと舌が転がり落ちた。


「左腕、私の抱える両足、鼻、肝臓、ぞう、子宮、上腕骨、左右ろつこつの上二本、仙骨、腎臓、下顎骨、ようついの一つ、恥骨、大腸……」


 ぶつぶつと吐くイグニスの言葉はまるでタールの様だった。ドロドロと真っ黒に沸きたって、異臭を放ち、こちらを威圧しながら、現実を侵食する。一言一言がそうだった。怪物から吐き出されるそれらに、今すぐ駆け出してこの場を離れたい衝動にネモは駆られた。きっとそれはガガカも同じだろう。それははや望むべくもないが。


「……左肺、そして歯の全部。それら全てが一メートル頭上からヴァーテウス・ガガカに降り注ぐのが見える」



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