サンバカ!!!

第一章 巨大な亀は車を食う ④

 二人の目の前に現れたのはこれぞ間抜けといった光景だった。ネモがそれまでべらべらとまわしていた口を思わずあんぐりと開けてしまう程に。

 壁にぽっかりと空いた穴、そこにすっぽりと大柄の獣人がはまっていた。いや、はまっていたのは獣人と推測された、の方が正しかった。なにしろ二人に今見えているのは壁から生える巨大なパンツスーツ姿の尻と、そこから生える灰色の大きな尻尾だけだったのだから。


「よう、いきなりで悪いが助けてくれや」


 その尻はいんぎんれいに、居丈高な声を上げた。


「嫌だ。俺は初対面でそんな口のき方をするやつは助けない」

「全く同感ですね……それに、そんな姿勢であれば猶更です」

「そもそもこれは上の口か下の口、どっちでしやべってんだ?」

「ちょっと! 下品ですよネモくん!」

「下品なのはどう見ても俺達にケツを見せつけてるこのバカだ」


 ネモは壁から生える丸々としたお尻を指差した。途端にその尻がぶるぶると大きく震え、上の口からか下の口からかわからない言葉を発する。


「待て待て待て悪かったって。ほらこんな亀の腹の中だろ? められたら終わると思って強気に出たんだ! ほんとに困ってんだよ抜けなくて!」

「亀の中だろうが何だろうがケツ丸出しで穴にはまってるやつが居りゃ間抜けだと思うけどな。めるめない以前の問題だ」

「とにかくいいから助けてくれよ! こんなところで出会ったのも何かの縁だって!」

「その前に素性を明らかにしてもらわないと困りますねぇ、いくら大亀の中でお尻丸出しで埋まっている間抜けだとはいえ。最低限の自衛は必要だと私は思います。ねぇネモくん?」

「そうだな、イグニスの言う通りだ。いくら妖怪穴はまりケツ丸出しバカだとはいえな」

「てめぇらは人を馬鹿にしなきゃ話ができねぇのか!?」

「うるさいケツだけ星人。恨むんならてめぇの間抜けさだろが」


 そう言ってネモは穴から生える大きな尻を蹴り飛ばした。


「痛ってぇ! 畜生……なんだってアタシはこんな情けない……まあいい。アタシはヴァーテウス・ガガカ。二十四歳」

「変な名前だな! ケツ野郎!」

「ケツ野郎に改名したらどうなんですか!?」

「ケツケツうるせえよ! あと野郎はやめろ! アタシは女だ!」

「信じられねぇよこんなでけぇケツしといて!」

「言葉遣いで男に間違われる覚えはあってもケツで性別判断されるいわれはねぇぞ!」

「性別すらも怪しいとなると変な名前も相まってますます助けたくないですね。どうでしょうネモくん。このしやべる尻は放っておいて先へ進むというのは」

「わー待て待て! ちゃんと身分証を見せるから! それ見て判断してくれ!」

「その身分証とやらはどこにあんだよ」

「その……アタシのスーツの尻ポケットに……」

「わはははは! 本人確認まで尻経由とかとことんまでにケツ野郎だな!」

「それやめろって!」


 爆笑するネモをしり目にイグニスはごそごそと巨大な尻をまさぐり、お目当ての身分証をポケットから引きずり出した。


「ふぅ……少しはダイエットをおすすめしますよ。尻ポケットがパツパツじゃないですか。なになに? 特定奇跡災害対策機構・特別捜査官・ヴァーテウス・ガガカねぇ……。確かに性別も名前も偽りなしです」

「わかってくれて何よりだよ……」


 しようすいした様子でガガカは穴の奥でつぶやいた。


「ま、あんまりいじめても可哀かわいそうだ。身分証を持てるほどしっかりした素性が確認できたところで助けてやるか。おいイグニス、ケツ野郎改めガガカさんのどこでもいいからつかめ。引っ張り出してやろうぜ」

「ちょっとネモくん。こんな丸々としてつかみどころのない下半身のいったいどこをつかめと言うんです?」

「あ? そりゃもちろん……ケツだろ」

「いい加減アタシのケツの話しないでもらえねぇかなぁ!」


 それからかなりの時間をかけて二人は共同作業で穴に詰まったガガカを引きずり出した。

 あらわになったガガカの上半身は穴の中にまった粘液にまみれていた。それをぶるぶるとふるい落としながらガガカはぶすりと毒づく。


「畜生、ケツケツ言いやがって」

「あんまり文句言うなよ、あんなところで詰まってたアンタも悪いんだから」


 ネモは煙草たばこに火をつけると煙を吹いて反論する。ちょうどそこで今まで周囲になんとか明かりを提供していたライターのガスが終わりを迎え、あたりは闇に包まれた。


「ほら見ろ、アンタにかかずらってたせいで貴重な明かりが台無しだ。どうしてくれんだよ」

「明かりならアタシのバッグの中にランタンがある。ちょっと待ってくれ」


 ガガカは暗闇の中で手探りだというのによどみなく自分と一緒に穴の中に埋まっていたリュックの中からランタンを取り出すと火をともした。ほどなくして辺りはライターよりずっと明るく照らし出される。


「へぇ、明かりの下じゃ、写真で見るよりずいぶんと美人じゃねぇか」


 ネモがそうつぶやく通り、初めて全貌を光の下にさらしたガガカは美しかった。灰色と所々に白の混じった毛並みはもふもふでパンツスーツの胸元や袖口からあふれ出しており、ネモとイグニスにこっそり後でもふってみようと決心させるほどの、ある種魅力のようなものを放っていた。すらりと伸びたマズルや若干がり気味の目、ピンと立った大きな耳からおおかみ、またはきつねの血が混じった獣人であろうことは想像できたが、それ以上は分からない。いわゆる雑種の見た目なのだがそのパーソナリティが彼女の美しさを損なう事は無かった。他に目につくのはスーツ姿がいかにも窮屈そうな程たわわに実ったバストで、異種族間の恋愛や情交に全く興味のないネモでさえ、若干の劣情を覚える程だった。あとお尻は特筆すべき大きさであった。


「ちょいとガガカさん……だっけ? ランタンは助かったけどライターかマッチ持ってない? 煙草たばこ吸いたくてさ」

「ネモくんは禁煙と遠慮という言葉を少しは覚えるべきだと思いますよ。それに私は煙草たばこが嫌いです」

「お前の嫌いと同じくらい俺の吸いたいは尊重されるべきなんだよ。残念だったな」


 頰を膨らませるイグニスを差し置いてネモの手にガガカが放ったマッチが着地した。


「ほらよ防水マッチだ。まだだいぶ残ってるから使ってくれ」

「どうも。助かるね。しかし用意周到だ。何とか探検隊だっけ?」

「違いますよネモくん、ええと……」


 顔をしかめてガガカの身分証に書いてあった文字を思い出そうとするイグニスに向かって、ガガカが胸を張って口を開く。スーツの襟ぐりから漏れ出たふわふわの毛先が揺れた。


「特定奇跡災害対策機構・特別捜査官だ。時折起こる人間業じゃねぇ奇跡が関与した事件を捜査、邪悪な物なら処理して人類をその脅威から守ろうって誇り高い仕事だ」

「ほお、てことは今回はこのドン亀の事で?」

「そうだよ。あらゆる物を食いつくしては霧のように消える災害の大亀。しかもアタシの調べじゃこの亀、甲羅の中に街まであるみたいだから調査命令が出た訳よ」

「甲羅の中に街ィ!? そんなモンがあんのか?」

「ああ、あるよ。そんなに驚くようなことでもねぇだろ」

「驚くだろ……」

「ふふ、甘いですねネモくん。奇跡に関わるというのはこれくらいのことは日常茶飯事なんですよ」

「なんでイグニスが威張ってんだよ」

「まあそこのシスターさんの言う通りだ。そんで装備をそろえて、何とか大亀内部に潜入したはいが高度なトラップに引っかかってこのザマさ」

「コウドナトラップ?」


 ネモはガガカがはまっていた何の変哲もない穴を指さして笑う。


「すっ転んで詰まったんだよ! いじめて楽しーかよ!」

「悪い悪い。しかし弱ったなぁ、俺達はてっきりただの亀だと思ってたもんだから食われた車はいつかはくそになってこの道を通ると思ってたんだが……」

「なんだ、車を食われてこんなところまで追いかけて来たのか? この亀は生き物というより巨大な都市システムの一部だ。食ったものは資源として甲羅の街に送られる。食われた車を取り返したきゃ、街を目指した方が無難だぜ。一緒に行くか?」

「随分と親切じゃないですか。なんだか怪しいですよ」

「他人のために最大の奉仕をするのが捜査官の仕事だ。さっきも言っただろ? 誇り高いんだよ。それにアタシからすりゃこんなところにいるパツキンのシスターと面白柄シャツのチンピラ二人組の方がよっぽど怪しいんだが?」

「ああ悪い自己紹介が遅れたな。俺はネモ。名無しのネモで、見立ての通りただのチンピラだ」

「私の名前はイグニス・ファルフレーンです。何を隠そう! 神話の時代より幾千年を生き、かつて世界を治めていた聖女です!」

「アンタその名乗り好きだよな」


 得意満面に自己紹介をするイグニス。その名前を聞いた瞬間、ガガカの瞳孔が誰にもわからないほどわずかにキュッと細くなった。


「このネモくんとは一緒に旅をする関係……」


 ここでイグニスはなにかを思いついたとでもいうように意地悪な笑みを浮かべた。


「いや、それだけではありません! なんとここに居るネモくんは何を隠そう私の恋人です!」

「はぁ!? お、お、お、お、お前何言ってんの!?」


 あまりにも唐突に飛び出したイグニスの妄言をネモは泡を食って否定する。



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