サンバカ!!!

第一章 巨大な亀は車を食う ③

「分かった分かった。神さまに話を戻そう。大罪人がなんだって?」


 軽くいなされたイグニスはため息を一つ吐いて話を続ける。


「ネモくんは元々この世界が地球と呼ばれ、人間だけの世界だった事はご存じですか?」

「人間だけってーと獣人も亜人もいない? 人間原理主義者の都合のいいおとぎ話だろ」

「ところが真実なのです。私の生まれるもっと前は奇跡も獣人も存在しない、それはそれはつまらない世界だったそうですよ。そこに神さまが降臨して、今の世界を作りました」

「どうやって」

「地球と、並行宇宙に存在する数多あまたの異世界とをぐちゃぐちゃに混ぜてしまったんですよ。それはもうぐちゃぐちゃに」

「すげぇや、何一つよくわからねぇ」

「具体例を挙げるなら……ネモくんが私から借りパクしている拳銃や、市長から奪った車、吸ってる煙草たばこなんてのは地球にルーツを持つものらしいですよ。逆に私の持っていた奇跡なんてのは地球ではない異世界にルーツを持つ力です」

「へぇ、こいつがねぇ……」


 ネモはふところから煙草たばこを取り出し、パッケージをしげしげと眺める。ついでに一本取り出し、そのまま火をけた。


「まあ今となっては詮無き事です。全てはこの世界のスタンダード。有るものは有って、無いものは無いのです」

「まあ今生きてる俺達からすりゃその感覚だよな。しかし俺はその大罪人とかいう神さまに逆に感謝したい気持ちだね」

「おや、どうして」

「こうやって聖女のイグニスとおしやべりしながら煙草たばこが吸えるからさ」


 ネモはにやりと笑って煙を吹いた。


「神さまが世界をこんなトンチキな形にしなけりゃ交わらなかったもののおかげで今の俺は退屈知らずだ。少なくとも地球だなんてダサい名前の世界にゃ負ける気しないね」


 あっけらかんとそう言い放つネモの姿にイグニスはくすくすと笑い声をあげた。


「とてもレイエスのゴミ捨て場で腐っていた人間の口から出る言葉とは思えませんね。今のネモくんの毎日が楽しいのは私のおかげではないでしょうか?」

「あはは、じゃあアンタが俺にとっての神さまかな。毎日感謝してるよ」

「ふふん、悪い気はしませんね。たまには神さまと呼ばれるのも」

「なんちゃって神さまは置いといて、本物の神さまは世界を作った後どうしたんだ?」

「だーれも知りません。もしまだこの世界に居るのなら私より長生きしている唯一の存在といえるでしょう」

「前言撤回だ。アンタの話はスケールがでけぇや」

「神さまですから」


 イグニスは先ほどのくすくす笑いとはまた違う、天使のようなほほみを浮かべてネモを見た。


「ネモくんだけの、ね」


 その表情に面食らってどぎまぎしたネモは思わず目をらし、慌てて話題を変えた。


「し、しかし、そのシルバーブレットってのはアンタも殺せるのか?」

「もちろん。神さまを殺す弾丸なんですよ? 私程度の不死なんてイチコロです」

「イチコロなのかよ。イグニスの不死ってどうなってんだ?」

「私の不死はなんというかパソコンとかのバックアップに近いですね。体が損傷すると健康な状態の私の情報を参照して不死の呪いが魔力を使い再構成するみたいな。く扱えば理想の私を実現するなんてこともできるんですよ」

「へぇ、どんなふうに?」

「例えば、私がこの豊満で気品あふれる胸に不満を持ったとしましょう」

「ああ、アンタのデカパイ、なんか下品だもんな。好みだけど」

「ぶっ殺しますよ? ただまぁ、好みと言ってくれたので許しましょう」

「ちょろい女」

「うるさいですよ! とにかく死んで、再構成されるときに呪いが持っている健康な状態の私という情報を書き換えるんです。巨乳は異常で、貧乳こそ正常な状況だと。そうすれば再構成の時に胸が小さくなります」

「おお! 簡単にノーリスク整形できるって事か! 情報の書き換えってのはどうやるんだ?」

「気合です」

「ん?」

「気合です。ちやちや強く願うんです、「巨乳は異常! 貧乳が正常!」と。私の体の事ですからね、私が心からそれを信じることができれば、書き換えは成功します」

「成功率は?」

「そもそもが私は自分の美貌と美ボディに絶対の自信を持っていますから試したことなんて……」

「やった事ないにしてはやり方に詳しすぎる。成功率は?」


 イグニスは頰を膨らませてむむむとうなりながらネモをにらむ。


「……昔、目の下に黒子ほくろができた時に絶望して五回くらいチャレンジしました」

「なるほどな、今、イグニスの目の下にはキュートな泣き黒子ぼくろが一つあるって事は成功率はゼロって事だ」

「理論上はできるはずなんです! しかしまあ、黒子ほくろくらいでは心から自分をだまして信じ切ることができないようですね」

「なるほどなぁ、何かと便利なびっくり特技だと思ったんだが、そう簡単にはいかしちゃくれねぇか」

「披露する度に一回死ななければならないんですがそのびっくり特技。何かと便利に使おうとしないでください」

「ははっ、たしかにその通りだ。悪かったよ」


 軽い笑い声で話を終わらせたネモ。その何かのみ込んだような雰囲気にイグニスは口をとがらせた。


「……そんな事より、私に聞きたいことがあるんじゃないですか?」

「聞いていいのか?」

「当たり前でしょう。生き死にに関わる事だからネモくんに遠慮があるかもしれませんが、私はそれよりネモくんが言いたいことを言ってくれない方が悲しいです」

「そうかい。じゃあ聞かせてもらうけど、死にたがりのアンタはなんでそのシルバーブレットとやらを使わないんだ? 契約書を集めるなんてめんどくさい事をするよりずっと簡単そうに思えるが」

「私は契約書を全て集めて、まともな体に戻ってから死にたいのですよ。死に方だって決めてます。老衰です。それ以外は絶対にごめんです。それこそ死ぬほど恐ろしいですよ」

「そりゃまたなんで」


 それまで軽快に、ひようひようとした笑顔で言葉を吐いていたイグニスの唇が薄くゆがんだ。眉をひそめ、悲しいような、うれしいような、楽しいような、寂しいようなそんな複雑な表情がイグニスの顔に浮かんだ。がライターの炎のはかない揺らめき一つの間にそれは消え、元のイグニスに戻っていた。


「ある人とそんな約束をしたんですよ。私の心臓の契約書の持ち主と」

「んだよ元カレとののろけかよ」

「そんなロマンチックな話じゃないですよ。というか約束したのは女性です。もうちょっと大人な、青臭いネモくんには理解できない次元の話です」

「興味もねー」


 ネモは少しいじけたように足元の亀の肉壁を蹴とばす。するとそこの部分の肉壁がぼろぼろと崩れてしまった。


「何をやっているんですかネモくん! 亀さんに謝ってください! ほら謝って!」

「ああごめんよぉ亀さん! そんなつもりは……」


 つぶやきながらネモが崩れた肉壁を元の場所に戻そうとしゃがみ込む。


「うわぁ!」


 しかしネモは素っ頓狂な声を上げてその場に転げてしまった。


「今度はなんですか。騒々しい」

「い、イグニス……これ……」


 ネモが指さす、崩れた肉壁の中には人間の左腕らしきものがあった。粘液にまみれ、ぴくぴくとぜんどうする左腕が肉壁の一部として文字通り生えていた。


「ふむ、完全に同化していますね。こんなデカい亀が自然に発生するはずがないとはさっき言いましたが、これで人工物というのが確定しました」


 腕は毒々しいピンク色でところどころ腐敗し、ぐずぐずになった肉が熟れ過ぎた果実の様に今にも骨からこぼちてしまいそうになっていた。そこまで確認したところでネモの喉からえずきが漏れる。「勘弁してくれ」そんな言葉がぴったりの表情を浮かべてネモがグロテスクな光景から目をらした。


「誰かがこの大亀を作ったのですよ。人間を材料に」

「ダメ押しの一言どうも。しかし随分と冷静じゃねぇか」


 そうつぶやくネモに対してイグニスは妖しく笑って告げる。


「さっきも言った通り、奇跡は世にあふれているのですよ。ネモくんにも慣れてもらわなければ困ります」

「ちょっと無理だわ、早く離れたい。俺、グロはちょっと苦手」

「わかりました。しかしネモくん、この巨大さの亀です。材料になった人間の数を考えると軽々に壁を蹴っ飛ばさない方が無難というものです。そんなにグロいものが苦手ならばね」

「こんなのがごろごろ出て来るってか……耐えらんねぇよ。俺は結構繊細……」


 と、動いていたネモの口をイグニスが片手で遮る。


「シッ静かに……人の声がします」


 口を閉じる二人。確かにイグニスの言う通り、時折吹き抜ける湿ったぬるい風に混じって少し遠くからヒトの、しかも助けを求める声らしきものが二人に届いた。


「おい、これは人の形をした人間なんだろうな」

「ふふん、それを確かめてみるのもまた一興というものですよ。動いてしやべっておまけに踊る、愉快な腐った肉塊だという可能性ももちろんあります」

「勘弁してくれ、そうなりゃお前をその場に置いて逃げるからな」


 イグニスはそんなネモの軽口を軽く笑って流す。この空間がすっかり苦手になってしまったネモが恐怖を紛らわすためかべらべらとその口を動かし、イグニスがそれを「はいはい」といなしながら歩く事数分。


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