サンバカ!!!

第一章 巨大な亀は車を食う ②

「しゃーない。どこへなりとも付き合いますよ。インフル聖女サマ」

「それだとなんだか私が病気みたいじゃないですか!」


 二人はラーメン一杯分の代金をカウンターに置くと店を出て、もうとっぷり日も暮れた駐車場へ次なる旅に心勇んで歩を進めた。


「ねえねえネモくん、今回は私が運転してもいいですか?」

「やだ。絶対にやだ」

「ケチ! いいじゃないですか。私だって人並みに運転くらいはできるんですよ?」

「イグニスの運転がどうとかじゃあねえんだよ。あの車を駆る爽快感といったらもうこの世の何物にも代えがたいね。ああいとしのシェベルちゃん、今行くぞー!」


 そう言って我慢できずにネモは愛車に向かって駆け出す。少し遅れてイグニスも。


「「……」」


 そこで見たのは二人の重要な移動手段。市長から奪い、今は二人の物となったシボレー・シェベルSS396。はや芸術品のごとき美しさのマットなグリーン塗装に、ひそかにイグニスが三回こっそり頰ずりし、ネモが八十回ガッツリ頰ずりした名車が、その何千倍ものたいを持つ巨大な亀の大きな口にペロリと飲み込まれていったところだった。


「ネモくん……あれは一体なんですか」

「亀……だな。巨大な亀」

「なんで亀なんですかねぇ……」

「えー、あれだ……イグニスがさっき店の中で亀をバカにしたからじゃねぇか? ほら言ってたろ? みたいな亀を足蹴にしてとかなんとか」

「あれくらいの比喩でこのサイズに出てこられると流石さすがに割に合わないと思うんですが……」

「まぁとにかく俺達のすることは一つだ」

「そうですね。あの車を失う事だけは絶対にできません」


 イグニスはシスター服の裾をまくり上げ、ネモは足の筋を伸ばす。


「「待てや亀野郎!!!!!!」」


 そう叫ぶと二人は、車を食べ終え、のそのそと駐車場を後にする巨大な亀を追って走り出した。



 漆黒の闇に包まれた洞窟。それが岩でできたただの自然物ではない事はネモの足元から伝わってくる若干ふわふわとした感触からも明らかだった。

 手元のライターの頼りない明かりが壁や床を照らすと肉色のそれの表面を覆うてらてらとした粘液がわずかに反射を返す。わずかにぜんどうを繰り返す内臓の洞窟。グロテスクともいえるこの景色の中を、粘液にまみれべとべとの二人はぬちゃりぬちゃりと肉を踏みしめながら歩を進めていた。


「ネモくん、気を付けてくださいね。貴方あなたの持っているライターだけが生命線ですから。慎重に、丁寧に扱ってください。そうまるでネモくんがいとしの女性を抱くときのように……」

「目の前の人間で気持ち悪い想像をするな。そもそもアンタがこんな軽率な行動をしなけりゃ!」


 ネモの脳裏に、巨大な亀を追いかけた時の光景がよみがえる。まさに亀の歩みといったもので追いつくのは簡単だった。しかし問題なのはまるみされてしまった車をどう取り返すか。考えあぐねてネモが亀と並走を始めた頃、イグニスが大きな声でネモを呼んだ。

 ──『ネモくん! ここから中に入れそうです!』


 ──『でかしたイグニス! ってそこケツの穴じゃねーか!』


 ──『馬鹿ですねぇネモくん。亀のここはそうはいせつこうと言って水を吸って空気を取り込んだりする穴なんですよ!』


 ──『な、なるほどぉ!』


 ──『という訳で一足お先に行きますね! ついてきて下さいネモくん!』


 ──『あ、待て! ちょ! おい!』

「とまあ勢い任せに飛び込んだはいいもののどうするんだよ。ここを進めば俺たちは車にたどり着けるのか?」

「その点は大丈夫ですよ。そうはいせつこうの名の通りふんも通る穴ですから。食ったものがふんになるのは世界共通、変わらない事実です」

「なら安心だ……ってお前! 結局俺達はケツの穴から入ったって事じゃねぇか!」

そうはいせつこうです! 名称が変われば気持ちが変わります! 気持ちが変われば心が変わります! 心が変われば事実が変わります!」

「ふざけんな! クソが出る穴ならケツだ! 揺るぎない事実はそれだけで、俺達はケツからこのドン亀の中に入ったんだ!」


 両頰を押さえてくつを言うイグニスの口をむぎゅうと潰しながらネモは厳然たる事実を突きつける。


「はいはい分かりました! ああもう、ネモくんは乱暴ですねぇ! 次はちゃんと言いますよ! 『ネモくん? 今から亀に君とお尻の穴から潜入したいと思うんですけどどうします?』ってね!」

「ああ、一字一句違わずそうしてくれ」


 ふんと鼻を鳴らし、進行方向へ向き直るネモ。途端によみがえる沈黙と、亀の内臓を踏みしめているという不気味さ。一分と耐え切れずネモは再び口を開いた。


「でもさ、よかったじゃねぇか」

「なにがですか?」

「いや、この亀はとにかくデカすぎるだろ? 人間二人入れるケツの穴もそうだが……」

そうはいせつこう!」

「……ケツの穴! もそうだが街ひとつ歩いてんじゃねぇのかってくらいのデカさだ。こんなの自然じゃあり得ねぇ。きっと〝聖女の契約書〟が引き起こす奇跡がらみだ。偶然出会えたのはラッキーとさえ言っていいんじゃねぇか?」

「確かに自然界で最大の亀と言えばウミガメのオサガメで大きさはせいぜい二メートルほどです。リクガメでこの大きさはあり得ません」

「なんでさらっとそんな情報が出てくんの? そうはいせつこうの事といい……なんなの? 亀博士なの?」

「亀が好きなんですよ! いいでしょう別に」

「なんで?」

「なんでって……ほら……エロいじゃないですか……だからいろいろと調べていくうちに詳しくなったんですよ。私もほら……エロいから……」

「エロ聖女が」

「失敬な! ネモくんが聞いてきたくせに!」

「亀にエロを感じるな。思春期真っ盛りのティーンエージャーじゃあるまいし」

「むぅ、そうやって馬鹿にしますけどね、ネモくんの奇跡に対する認識だって私からすると馬鹿にされてしかるべきものですよ」

「ああ? どういうことだよ」

「この世に奇跡をもたらすものはなにも〝聖女の契約書〟だけじゃないということです」

「え、そうなの?」

「当たり前ではないですか。有名どころで言うと〝甘い巨人の四肢〟〝ゼンエル動物図鑑の失われたページ〟〝賢者と愚者の墳墓〟〝漂着した残骸〟あたりですかね。私が把握していない物や細かいものを含めるともう数えきれないでしょう。これら奇跡を起こせる道具は遺物アーテイフアクトと呼ばれています」

「なるほど、じゃあこのドン亀がイグニスの〝聖女の契約書〟がらみかどうかは……」

「まださっぱりわかりませんね。奇跡というのはそれほどまでに人知を超えた現象なのです。まあ最近は奇跡を調査して対処する組織なんてのもあるらしいですが、所詮ヒトの浅知恵です」

「へー……」


 そこで少し、ネモは言葉を止めた。その微妙な沈黙に、イグニスは思う所があったようで口を開く。


「ネモくんの考えてる事なら分かりますよ。〝世の中に奇跡があふれているなら、不死を殺す奇跡もあるんじゃないか〟これでしょう?」

「すげーぜ、エロ聖女改め名探偵聖女サマだ」

「そんな顔して黙りこくれば誰にでもわかります。その疑問の答えですが、もちろんあります。〝ダーキッシュのおおくい〟に〝トートロジーマン〟……」


 指折り数えるイグニス。自分を殺すことができる道具をすらすらと列挙するイグニスにネモは少し閉口した。


「でも一番メジャーなのは〝神殺しのシルバーブレット〟でしょうね。あれは比較的手に入りやすい上に、奇跡の一段上の存在ですから」

「一段上?」

「ゲームの中に不死身キャラが居ると想像してみてください。ゲーム内部の武器ではどうしたって殺せない。シルバーブレットはそのゲーム機自体をハンマーでぶん殴って破壊するって感じです」

「なるほどな、次元が違うって訳だ」

「規格外ですよ全く。そして何より入手性がいいのです。工房である程度の量産がされていて、それなりのさえあれば普通に買えてしまいますから」

「量産しなけりゃならない程、アンタみたいな不死ってのは嫌われてんのか?」

「いえ、不死を殺せるなんてついでのような物です。この弾丸はたった一人に対抗するために今もなお作られ続けているのです。名前をちゃんと聞いていましたか?」

「シルバーブレット?」

「〝神殺しの〟シルバーブレットです。文字通りこれは神さまを殺すために作られた弾丸なのです。世界をこんとんの渦に落とし込んだ大罪人である〝神さま〟をね」

「なんでまた神さまが大罪人なんだよ。あまねくしゆじようを救うのが神さまじゃねぇのか?」

「それは神さまを失った後の聖女の仕事です。すなわち私です!」

「アンタはそう言うけどさぁ……別に今更信じてない訳じゃないんだけどさぁ……」

「何か言いたげじゃないですか」

「正直アンタに世界を治めてたとかいうスケールを感じない」

「分かってないですねぇ! 真の為政者というのはフランクなものなのです! ネモくんのわいしようなイメージなんかでは想像もできない世界なんですよ!」

「ほらそうやってすぐムキになるとこが」

「ムキー!」


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