サンバカ!!!

第一章 巨大な亀は車を食う ①


 何もない赤茶けた荒野の中に延びる果てしない直線道路。そのロードサイドの古ぼけたドライブインに深緑色のシェベルSS396はまっていた。


「限界だ。分かるかイグニス、俺はもう限界なんだ」

「たかだか十年だか二十年そこらしか生きていない青二才が何を分かったように言ってるんですか? 限界というのはまさに今の私のような者のことを言うんです」


 一触即発の空気が流れる薄汚いドライブインの中、明滅する照明に照らされてお互いが眉間にしわを寄せにらみ合う。

 二人の間にある安っぽいテーブルには湯気をたてる一杯のラーメンが置かれていた。


「だいたいアンタが一銭も持ってないせいでもう三日もまともな飯食ってないんだ! 不死ならいいじゃん食わなくても!」

「死ねない分、感じる空腹はネモくんのそれより数段上なんですが!? いや、やめましょう。口論していてもおなかが空くだけです。どちらがラーメンを食べるかきっちりと決着を付けようじゃないですか!」

「どうやって」

「ふふん、ネモくんは知らないかもですが古の聖女の時代から続く非常にいい方法があるのです。腕力にも頭脳にも頼らない公平で平等な決め方が。まずはお互いに肩の高さにこう、手を出して三すくみになる手の形を……」

「アンタ数千年だか引き籠ってて知らないかもだけどそれじゃんけんって名前で死ぬほどメジャーになってるからな」

「……負けた方が服を一枚ずつ脱いでいき全裸になった方が負けです」

「あっ! 今足しただろ!」

「足してません! 古の聖女の時代から続くネモくんの知りもしない高度で知性的な儀式です! 己の無知を恥じなさい!」

「とっさに足したところで野球拳にしかなってねぇところがいかにもアンタらしいよ」

「ヤキュウケン……? はて?」

「聖女様の知らない高度で知性的な儀式だよ」

「随分と馬鹿にしてくれるじゃないですか! いいですよもうそれで! さっさとしましょう。ほら手を出して」

「食えない可能性がある以上嫌だね。それよりこうすりゃいいんだよ!」


 そう言うとネモは勢いよくラーメンに箸を突き立て、一息に麵をすすり上げた。


「あー! あー! 私のラーメン! ふざけんじゃないですよ!」

「うまうま」

「脱いでください! ネモくんはラーメンを食べたかもしれませんが私との勝負から逃げました! 負けです! 脱いでください!」

「分かった分かった、野球拳方式でいいなら楽勝だ」


 ネモは得意満面といった表情で羽織っていた柄シャツに手をかける。


「そんな生ぬるい脱ぎ方で私のラーメンに手を付けた罪が清算されるわけがないでしょうが! 下ですよ下!」

「おまっ! 外だぞここ!」

「うるさいですよ! 脱がないんだったらラーメン返してください! 今すぐ!」

「クソが! どうなっても知らねぇからな!」


 ネモは立ち上がりベルトに手をかけ勢いよくズボンを脱ぎ去った。


「どうだ! これで文句ない男の脱ぎっぷりだろが畜生め!」


 顔を上げたネモの前には、まるでリスの様に頰を膨らませたイグニスがいた。


「おい」

「ふってまふぇん」

「ふっざけんなテメェ! 人が見てねぇ間に!」

「うまうま」

「畜生! お前も脱げよ!」

「ハァ!? 聖女にこんな公衆の面前で何をふざけたことを!」

「最初に野球拳提示しといてどの口が! いいから脱げ! 食ったんなら脱げ! お前が始めたゲームだろうが!」

「はいはい脱げばいいんでしょう脱げば! 言っておきますけどねぇ! 私はネモくんみたいにしゃらくさい脱ぎ方はしませんよ!」


 イグニスはばさりと胸元を覆っていた純白のシスターケープを思いっきり脱ぎてた。その結果、あらわになる胸の谷間。


「テメッ! 人にはあれだけ偉そうに言っといてその程度かよ!」

「ハァ!? 谷間が見えるでしょうが谷間が! こんなのパンツ見せてるネモくんよりよっぽど恥ずかしいんですからね!」

めんな! 脱ぐって事はこういう事だと俺が教えてやらぁ!」


 ネモは柄シャツを脱ぎ捨てると、箸を取りラーメンに手を付けた。


「ネモくんだって日和って二枚目は柄シャツじゃないですか!」


 イグニスも今度は頭に被っていたシスターベールを放り投げると負けじと手を伸ばした。一口食べるごとに衣服が二人の横に積み上がり、それに伴ってどんどん身軽になっていく二人。気づけばネモはパンツ一枚、イグニスは下着姿になっていた。


「お互い……後戻りできない所まで来てしまいましたね」

「ああ……これ以上は……人間としての尊厳を捨てることになる……しかし……」


 二人は腹が減っていた。食欲か尊厳か、そのはざで揺れ動く二人。意を決して動いたのはイグニスだった。漆黒の下着に手をかけると同時に箸を持ち残り少ないラーメンに手をかけたその瞬間……。


「お客さん、ウチ、そういう店じゃないんで」


 突如かけられた制止の声。目をやるとそこにはこわもてで筋肉質のダイナー店主が怒りを抑えるのに精いっぱいといった表情で立っていた。浅黒い肌の上をミミズの様に走る血管がビクビクとのたうち、バルクアップした筋肉が怒りのオーラを放つ。


「選べ、服を着るか、店を出てくか」

「「はい! すいません!」」


 勢いよく頭を下げた二人は、激高した店主に見守られながらいそいそと服を着た。残りのラーメンは伸びた。


2


「満腹には程遠いですが、ひとまずおなかは膨れました」


 しっかりと服を着て聖女に戻ったイグニスはすっかり伸びてしまったラーメンをすすり上げ丁寧に汁まで飲み干した後、一息ついてそう言った。


「同じくだ。まぁしゃーねぇ。二人旅ってのはこういうモンだ」

「全く、優しいですね。ネモくんは」

「あ? 普通だろ?」

「普通ではありませんよ。あの悪徳の街でも言った通り貴方あなたのような人は、出会いがたい善人です。しかし……どうしてもラーメンを食べたかったなら手段を選ばずに自分の物にするべきだったのです」

「なんだなんだ説教か?」

「そうです」

「勘弁してくれ。食べたとはいえ腹は減ってるんだ。聖女の説教じゃ腹は膨れない」


 あきれたように頭を振るネモ。それでもイグニスは真面目なトーンを崩さず口を開いた。


「そうですね、貴方あなたは聖女の説教ではなく、きっと現実的なアプローチで自分の腹を満たすべきだったのです。私がテーブルに着く前に食べきってしまうとか、そもそも私が寝ている時にドライブインに立ち寄って一人で食べるとか」

「そりゃ……きようじゃねぇかよ。二人とも腹が減ってんのに」

「そういう所が甘いんですよネモくんは。誠実さは美徳ではなく欠点で、こうかつさは見方を変えれば美徳です。そして……」


 そこでイグニスはネモの口元に飛んでいたラーメンの汁を人差し指で拭うとぺろりとめた。


きようく扱えないのは個性でも長所でもなく、不器用という名前の治さなければならない病気みたいなものなんですよ」

「なるほど、きようものの聖女様は俺よりひとしずく多くラーメンを手に入れた訳か。みみっちぃねぇ」

「うるさいですよ。とにかく、うさぎと亀の童話は現実じゃ通じないという話です。私が好きな人間は誠実さが取り柄のみたいな亀を足蹴に進み続ける、眠らないうさぎなんです」

「全人類の理想じゃねーか。そんな人間になれたらどれだけいいか」

「理想への道筋が旅なんですよ。おっと、これは前にも言いましたね」

「はいはい。なんというか段々アンタの考え方がわかってきた気がするよ。しかし流石さすが聖女様だ。説教がい」

「ふふん。そうでしょうそうでしょう。あれだけ頑張って暗記しましたから」

「ん? 暗記?」

「あ、いや、それは……その……」

「なんだかお前を小ばかにできそうなチャンスを見つけた気分だ。詳しく教えろよ、イグニスの言うところのきようく扱うネモくんになるためだ、聞き出すまで絶対に諦めないからな」

「あ、あのですね? 私は自慢じゃないですが結構口下手な方でして、でも聖女たるもの説教くらいはできなけりゃダメだろって……当時の人達に激詰めされまして……。だからそれっぽい言い回しとか話す内容とか、全部暗記したんです」

「何を」

「今でいう……ビジネス新書みたいなやつ……です」

「かー! お前ビジネス書の受け売りで人様に偉そうに語ってたのかよ! ペラい! ペラすぎる! 人間が! 人間性が! なに? 聖女って当時のビジネス系インフルエンサーなの?」

「し、失礼な!」

「どうでもいいけど当時の人には通じたのかぁ? それ」

「ごく一部には通じ……ましたかね? すごく刺さって信者になった子とかいましたし。でもまあ通用しなかったからこそ反乱起きて能力封じられたみたいなところもありまして……」

あかBANされるビジネス系ユーチューバーまんまの末路辿たどってんな」

「ま、まあ、人間の営みなんか何千年かけても変わらないってことですよ!」


 イグニスはバンとテーブルに手をついて立ち上がると強引に話を終わらせにかかった。


「まあ私の恥ずかしい過去はもういいじゃないですか! 二人の腹が膨れ、説教も終えて気持ち良くなった今、こんなさびれたドライブインにはオサラバして次なる目的地に向かうときです!」


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