サンバカ!!!

プロローグ チンピラと聖女の旅の始まり ⑤

「えー、テンション下がるなぁ……」


 言いながらネモは運転席に腰かけイグニッションキーを回す。ドルンとV8エンジンが派手にフケ上がり、独特のドロドロとした音でアイドリングを始め、車と二人の旅に命がともった事を告げた。アクセルを踏み込むと四本のタイヤがしっかりと地面をみ、車窓を流れる景色は段々と速度を上げていった。


「なぁ」


 ルームミラーにぶら下げられた愛ラブレイエスのキーホルダーを千切って窓の外に捨てながら、ネモは口を開いた。


「そういやさ、イグニスは何を求めて旅をしてるんだ?」

「さっきも言ったでしょうに。〝聖女の契約書〟ですよ」


 助手席に座るイグニスが窓からレイくんぬいぐるみをぽんと放り投げながらこともなげに言う。


「でも能力を使いたくて集めてるわけじゃないんだろ? 〝聖女の契約書〟を取り返して、体を取り返して、それで何がしたいんだ?」


 ダッシュボードの上にある「レイエスの街の香りをお届け! スーパーフレグランス!」の文字が書かれた瓶を走る車内からアスファルトにたたきつけてネモは聞き返す。


「体を取り戻して何をする……ですか……。なかなか踏み込んだ質問じゃないですか」

「右腕とまで呼ばれちまったからな。それっぽいことやっとこうかと。嫌ならやめるけど」

「いや構いません。私の目的なんてほんのまつな事ですから」


 そう言ってイグニスは今度はレイくんぬいぐるみを抱えて、ものげにほほんだ。


「私の目的は……死ぬことなんですよ。元の体に戻ってね」

「そっか」


 ネモは甘ったるい市長の声でレイエス市賛歌を歌い上げるカセットテープをデッキから取り出し、雲一つない空に向かって高く放り投げた。


「聞かないんですね、深くは」


 愛ラブレイエスTシャツを五枚ほど窓の外を吹き抜ける風に流してイグニスがつぶやく。


「死ぬだの生きるだの、他人が口を挟む話でもねーからな」


 車内を吹き抜ける風がフレグランスと市長の甘い歌声の残り香を外へ排出するのを感じながら考え直したネモは今の自分の言葉を否定する言葉をつむいだ。


「いや違うな、むしろ口を挟むべき話だ。人の生き死になんてのは。でも俺が今なにも言わないのはあまりにもイグニスの事を何も知らないからだ。そして生き死にの話なんてのは何も知らないやつがずかずかと踏み込んでいい場所じゃねぇと思ったからだ」

「全く、誠実な男ですね、ネモさんは」

「面白おかしい話になるわけもないからしたくないってのもあるけどな」

「ますますもって馬鹿正直な男ですね。なら私から一つ、ネモさんに踏み込んだ質問を。なんでまたそんなにトンチキでわいいシャツを着ているんですか?」

「ははっ、それこそ面白おかしいからだよ。俺の人生何も面白おかしい事が無かったから、せめて服だけはと思ってさ」

「人柄が表れてますねぇ」

「そいつはどうも。さて、お互いに一つ踏み込んで仲が深まったところで頼みがあるんだが」

「なんですか? ネモさん」

「そのネモさんってのやめてくれねぇか? なんかむずむずして気持ち悪くなる。一応数千歳も年上だし。根は体育会系なんだよ」


 一瞬きょとんとするイグニス。しかしすぐにその表情を崩し、大きく笑いながら抱えたぬいぐるみを窓の外に捨てた。


「あっはっは! 私達、楽しい旅ができそうじゃないですか! ネモくん!」


 抜けるような青空の下、窓から沢山のセンスの悪いグッズを次々に投げては道をピンクに染めながら、死にたがりの不死の聖女と面白おかしく生きたいチンピラは旅を始めた。






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