サンバカ!!!

プロローグ チンピラと聖女の旅の始まり ④

「あっはははははは! これは滑稽です! なぜ死なない? 私を死ねなくしたのは貴方あなたがたじゃないですか! 私の力を九十九に分割し、契約書で縛った時、この体はもう私の物ではなくなりました。所有物に影響を及ぼせるのは所有者だけ。つまり私の体の劣化、損傷、その他すべての変化には九十九人の契約書所有者の合意が必要になるんですよ。貴方あなたがたが気軽に手を付けた契約書の呪いは、一人の不老不死の女を副産物として生み出したんですよ」


 血だまりの中でイグニスは高笑いしながら言葉を吐く。それにあおられるようにガルニダはイグニスに爪を立てる、内臓をえぐる、頭蓋をかみ砕く、四肢を捥ぐ、心臓を潰す、だがそれでもイグニスの高笑いは止まらない。

 市長室の一部を天井まで真っ赤に染める凄惨すぎる現場をただ見ている事しかできなかったネモをイグニスの目が見据えていた。高笑いをして、ガルニダを挑発しながら、それでもネモを見据えていた。まるで何かを求めるように。


(こんな人外の二人の戦いで俺に一体何しろってんだよ!)

「ガガァ! なら! 死なねぇと言うのなら! 一生この街の地下に監禁してやる! 世界が終わるその日まで! お前が日の目を見る事はぁ!」

「本当に……この上なく恐ろしい提案ですよ。私に右腕が……そう、右腕が無ければ……危うく負けてしまっていたところです」


 砕かれた顎を何とか修復しながら、息も絶え絶えの様子でつぶやいたイグニスの言葉はネモにまで届いていた。


(右腕? 右腕ならそこに転がってんじゃねぇか。じゃあなんだ右腕って……今の状況で右腕なんて言やぁ……)


 そこまで考えた時、ネモは駆け出していた。憎らしくて悔しくて恐ろしいガルニダの背に向けて。走りながらネモの脳みそは高速で回転する。


(イグニスの言葉じゃあ、ガルニダはあの不気味な刺青以外は常人と同じ。それなら殺せるはずだ、イグニスが右手に構えていたこの拳銃で! そしてそれを今持っているのは、イグニスの言葉が真実だった今、イグニスの右腕は……)

「俺だぁ!」


 駆け付けたそのままの勢いでガルニダの後頭部に右手に持った拳銃を突きつける。

 一瞬の静寂。血に、数千年を生きる聖女の不死に、我を忘れていたライオンが状況を把握するまでの一瞬の猶予、最後の言葉を選ぶ一瞬のいとま。その後、ガルニダはさいほうこうを上げた。


「私はぁ! この街がだぁい好きだぁ!!!!」

「俺は大っ嫌いだ馬鹿野郎」


〝パァン〟と乾いた音が一発ごうしやな造りの市長室に響き、街を愛し、市民を愛したレイエス市市長、ガルニダ・ジェイコフはその生涯を閉じた。享年三十八。


3


「うわぁ……死んだってのにうぞうぞ動いてやがるぜ、気持ちの悪ぃ」


 ガルニダを撃ち殺してから数分後、ネモはさっきまでの凄惨な姿がうそかの様に復活したイグニスと共に死んでもなおその効力を失わないガルニダの体表の地図を確認していた。


「全く、私の全てを見透す〝左目の契約書〟……。この数千年でそれなりに所有者は入れ替わったでしょうが皆こんな変態的な使い方をしていたんですか? ぞっとしますよ全く」

「変態的じゃない使い方があるのか?」

「ありますよ! この程度の所有者ですからこんな使い方しかできなかったのでしょうが、本来はこんなプライバシーを侵すだけの下卑たのぞきではなく、全てを見透し、見たいものを見たいように見る事すらできる神のごとき技なんです!」

「ふわふわしてんなぁ、全くわかんねぇよ」

「理解する必要などありません、私が契約書を集めるのは使うためじゃありませんから。二度とこの世に現れない技など、理解するだけ無駄というものです」

「使うためではない」その言葉にどこか引っ掛かりを感じたネモだったが、それを言葉にする前にイグニスがその背をパンとたたいた。


「そんな事よりも逃げ道です! 銃声を聞きつけて駆けつけるであろう警備員に見つからずに逃げるルートを探るために私達は今この変態ライオンの体を観察している訳でしょう?」

「違いねぇ……っとあったあった。これが俺達が今いる市庁舎だ」

「であれば……見つからずに市長専用の駐車場に出るルートは……これですね」

「なんで駐車場に?」

「この街にある〝聖女の契約書〟はこれ一枚だけですから。さっさとこの街から出ていくために車を拝借しようと思いまして。ネモさん、市長の机からキーを探してもらっても?」

「お安い御用だ」


 そう言ってネモは立ち上がり、机をあさり始める。


「そういやさっき市長は契約書を体内に埋め込んでどうのと言ってたけどそれはどうやって取り出す……うわぁスプラッター!!!!!!」


 ネモが顔を上げた先にはどこから取り出したのかナイフを使ってガルニダの死体の腹部を切り開きながら両手を突っ込みぐにぐにと動かしているイグニスが居た。


「しょうがないでしょう。こうするしかないんですから」

「しょうがないったって……女の子が男の腹に手を突っ込んで……」

「はぁ? ネモさんの貞操観念は変な所を気にしますね」


 そう言ってイグニスが取り出したのは血まみれのかろうじて羊皮紙だと判別できるモノであった。それを取り出した途端、ガルニダの体表でうごめいていた黒点が一斉に動きを止めた。


「これで本当にガルニダも死ねたというものです」


 そう言ってイグニスは手を合わせ、目を閉じた。その姿は〝堂に入る〟とか〝様になっている〟とかそんな言葉を使うのもはばかられるほど自然体で、所作の一つ一つが美しく、つられてネモも手を合わせ冥福を祈ってしまう程だった。


「さて、私の目的はこれで完了です」

「そうか、だったらさっさと逃げよう。車のキーも見つかったしな」


 ネモはプラプラとキーホルダーのついた銀色の鍵を示す。しかしイグニスはその場を動こうとはしなかった。


「ネモさん。貴方あなたはどうします?」

「どうするったって……俺だって逃げるしかねーだろ。市長を殺したテロリストにゃなりたくねぇ」

「全く認識が甘いですよネモさんは。今貴方あなたは人生の岐路に立っているんです」

「岐路?」

「そうですよ、貴方あなたはここから逃げるのか、それとも今までの人生と決別して旅立つのか」

「やることは変わんねぇだろ」

「そうですね。でも心持ちが違うじゃないですか、逃げ出すよりも何かを求めて旅立つのとでは。それにテロリストになりたくないから逃げ出す、ではどこまで行ったってこの変態ライオンが言っていた底辺チンピラで終わりの人生ですよ」

「分かった分かった。俺は旅立つ。これでいいか?」

「いいわけないでしょう。旅とは自らの意思で理想に向かって一歩を踏み出す崇高な精神が必要なんです。人から出ろと言われて出るものを旅とは言いません」

「ああ? めんどくせえなぁ」

「人間なら自分の人生に主体性を持てという話です。ネモさん、貴方あなたは一体どんな人生をお求めで?」


 求める人生、考えたこともないとネモは鼻で笑いそうになった。両親の顔も知らない、金もない、力もない。そんな人間には人生を選ぶ権利すらないのだ。しかし、仮に自ら選び取る、望む人生があるとすれば……。


「俺は、面白おかしい人生がいい。死ぬ瞬間まで心の底から面白おかしく生きてみたい」

「ぷぷぷ、意外と享楽主義者なんですね、ネモさんは。でもとても人間らしくて素敵だと思います」


 くすくすと笑いながらネモの理想を肯定するイグニス。


「では改めてのお誘いです。私と一緒に旅に出ませんか? とびきり面白おかしい旅に」

「いいぜ、俺は旅に出る。イグニス、アンタと一緒にとびきり面白おかしい旅に」


 イグニス・ファルフレーンがそう言って出した手をネモは力強く握った。



 市庁舎の奥、誰の目にも留まらない屋根付きの車庫。ガルニダの地図のおかげでそこまで誰にも会う事なく辿たどいたネモとイグニスはそこに鎮座していた車を見て思わずうなり声をあげた。〝シボレー・シェベルSS396〟、マットな質感のグリーンに塗装し直されたスマートでありながら質実剛健を感じさせるツードアのクーペスタイルのマッスルカー。


「へぇ……あの変態市長、色々と終わってるやつだったけど、車の趣味だけはどうにも最高じゃねぇか」

「うむむ、私の契約書をあんな使い方していたライオンを褒めたくはないですが、なかなかどうして……素晴らしいじゃないですか……!」

「なぁ、今からコイツで旅に出るのか!? 出るんだよな!?」

「そうですよ。私は〝聖女の契約書〟を探しに、ネモさんは面白おかしく生きるために」

「すげぇ、一気にたぎって来たぁ! 運転やらせてくれよ!」

「もちろん! 好きにしてください!」


 二人は喜び勇んでドアを開け、車内に躍り込む。

 途端に視界に飛び込んできたのは、車内に所狭しと詰め込まれたレイエス市のイメージカラーであるショッキングピンクをあしらった様々なグッズの数々。

 レイエス市のマスコットキャラクター、レイくんの不細工なぬいぐるみ、愛ラブレイエスと書かれたハンドルカバーにシートカバーにキーホルダー、その他この世のダサいグッズを全て集めたかのような目に痛い車内に、二人はそろって肩を落とした。


「前言撤回、やっぱあの市長センス終わってるわ」

「同感ですね。しかしあまり長居もできません。車の掃除はとりあえず後回しで出発するしかないでしょう」


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