サンバカ!!!

プロローグ チンピラと聖女の旅の始まり ③

 イグニスはそう叫ぶとシスター服のふところに手を突っ込みその中からつや消しのマット塗装の拳銃──コルト・ガバメント──を取り出し、ガルニダ市長に向けた。


「うお! どうやって持ち込んだんだそんな危ねーもん!」

「乙女のたしなみというやつですよ」

「しまえしまえそんなモン! 持ち物検査とかなかったのかここ! 妄想だけで済んでりゃわいいもんだがホンモノのアホがそんなもん持ってたらもうテロリストじゃねぇか!」


 大慌てなネモをしり目に、ガルニダはなぜか革靴を脱ぎ、ネクタイを緩めながら口を開く。


「……手荷物検査は行ってないんだ。私が獣人だからね、武器を持たないと怖くて近寄れない市民も多かろうという事でね」

「おお……こんなところでも市長のかがみ……。じゃなくて! すぐコイツに拳銃下ろさせますんで! こいつ……イグニスはアホなんですよもー、ホンモノで!」

「そうだよネモくん、ホンモノなんだよ。困るんだよホンモノをさぁ、私の前に連れてこられるとォ!」


 瞬間、ガルニダが腰かけていた革の椅子がぜた。いや、足の爪をむき出しにしたガルニダの全力の跳躍に耐え切れず壊れ、吹っ飛ばされたのだ。そのままガルニダは目の前のこくたんの執務机に四つ足で着地した。


「し、市長……?」


 訳もわからずそうこぼすネモの横を一陣の風が吹き抜けた。少し遅れてグチャっと何かが壁にたたきつけられる音。ちょうど人の頭を壁にたたきつけたような、そんな音。


「イグニス!」


 叫んで振り返ったネモの視線の先にあったのは背後の壁にたたきつけられたイグニスの首から下がずるずると重力に負けて地面にずり落ちているところだった。

 そしてそのかたわらにたたずむ血まみれのガルニダ・ジェイコフ。信じられない事だがこのライオンは机の上から直線にして約三メートルの距離を全力で跳躍し、イグニスの喉笛に寸分たがわずみつくと、そのままの勢いで後方の壁にたたきつけたのだった。


「プッ」


 まるで唾を吐くようにガルニダは口から何かを吐いて地面に捨てる。ゴロゴロと転がった。それは壁にたたきつけられて変形し、のう漿しようが飛び散ってはいるものの、間違いなくイグニスの生首だった。


「ネモくん、だから言ってるだろ? 本物の聖女を連れてきちゃダメだって。あまつさえ〝聖女の契約書〟を返せだなんて……殺すしかないじゃないか」

「テメェ……」


 余りの突然の惨状に停止していたネモの脳もようやく回り始めていた。たった今、この市長はイグニスを殺したのだ。先程までイグニスが立っていた場所を見る。ガルニダの突進の衝撃で落としたのか、先程イグニスが取り出した拳銃が転がっていた。空手よりましとネモは慌ててその拳銃を拾う。


「ネモくん、この街は好きかい?」

「動くな! 動けば撃つ!」

「私はねぇ、大好きなんだぁ!」


 ほうこう。先ほどの政策演説とは全く別の、獣そのもののほうこうをあげながらガルニダはその身にまとうスーツに爪を立てるとまるで紙で出来ているかのようにたやすくビリビリと破りさった。気づけばそのたいも先程より一回り巨大に見える。これが攻撃本能を表に出した獣人の姿かとネモは戦慄した。

 スーツの下から現れたのはつややかな毛皮、百獣の王のあかしたる黄金色。しかしその体表に彫り込まれていた刺青は異様そのものだった。


「なんじゃ……こりゃ……。市長、アンタ一体その体に何を彫り込んだんだ?」


 冷や汗がネモの背中を走る。ネモだって一応はチンピラだ。体に刺青を入れている人間など何人も見て来ているし、獣人であれどそれは同じ。しかしガルニダの体のそれは今まで見たどれとも違っていた。整然とした直線の集合体、それはまるで……。


「この街の地図だよ」


 あっさりとそう言い切るガルニダ。その通り、ガルニダの体にはネモも見知った街の見取り図がおそらく全身で街全体を表示できる縮尺で彫り込まれていた。しかしネモが恐怖したのはそれにではない。


「その地図の中をうごめいてる点はなんなんだよ、動き回る刺青なんて聞いた事ねーぞ!」


 そう、ネモが真に恐れたのはガルニダの全身に彫られた地図の中をまるで虫がいずりまわるかのように黒点が動き回っていたことだった。


「まるで、生きてるみたいだろう? 生きているんだ! 私が愛するこの街の! 私が愛する市民たちさ! 私が名前をおぼえている五万四千六百二十二人が今どこで何をしているか、それが私の体の上で再現されているんだ!」


 ガルニダはうっとりと自らの体表でうごめく気味の悪い刺青をでつけた。その指の動きに添って、つつつと一匹の黒丸がガルニダの腹を上る。


「おっと、ミセス・ノルティはあれだけしおらしくしていたのになかなかリッチな店で昼食じゃないか。笑えるね。おお!? 見てくれネモくん、セシル夫人が配達の牛乳屋と不倫だ。尤も、旦那だって今うわ相手の家にいるから痛み分けだがね」

「どうやってそんな事……」

「君の相方が言っていた所の〝聖女の契約書〟さ。その魔力が引き起こす奇跡の力を使ってだよ。アレは普通では考えられない奇跡をいとも簡単に現実のものとする。自由に! 思うがままに! だから私は大好きなこの街そのものになる事を望んだんだ、市長として当然の行為だとは思うがねぇ!?」


 じりじりと、その異常な体を見せつけながらネモに詰め寄るガルニダ。圧倒的なりよりよくと変態性の前にネモは自分という人間も、構えている拳銃も、ひどく頼りない小さなものに思えて仕方がなかった。こんなものの引き金を引いたところでかわされ、喉笛をみ割かれて終わり。むしろ引き金を引かずに頭を垂れる方が生き残る確率が高い。そう確信してしまう程の圧倒的な暴力の風が目の前の百獣の王から吹き荒れていた。


「ネモくん、君は、私の街は、好きかいぃぃぃぃ?」


 とうとうガルニダはネモの眼前まで迫った。むせかえる血の臭い、値踏みするようになまめかしく動く舌、鮮血のしたたる真っ赤な牙。それらがすぐそばでネモにからみつき、恐怖を引き出し、抵抗心をたたき潰す。気づけば銃口は地面を向いていた。


「好きに決まってるよなぁ? 生まれも、両親の顔も、自分の名前すら知らず、ネモ名無しだなんて呼ばれる街の底辺チンピラで! そのうち野垂れ死ぬしか未来のない君みたいなカスはぁ! この街以外に居場所なんかないもんなぁ!」

「うるせぇ……」

「昨夜も殴られていたよなぁ! あそこはちょうど私の右乳首の上でね! あぁ……君が殴られているとむずがゆい刺激が走って本当に気持ちよかったなぁ……。私のためにこれからも殴られてくれよぉ! 私の大好きな、私が王のこの街で!」


 ネモはまぶたの奥から涙があふれて来ているのを感じた。こんな変態の言葉をわざわざ聞き入れてやる必要は無い。そんなことは分かっていた。それでもこの言葉がこんなに憎らしいのは、悔しいのは、恐ろしいのは、彼の言う事が全くもってその通りで、ネモの人生がガルニダの言う所の野垂れ死ぬ以外の未来の無い底辺チンピラそのものだったからだ。


「お前の居場所は死ぬまで私の右乳首の上だ。名無しのネモ」

「全く、神聖なる私の契約書を変態プレイの道具に使うとは……系獣人の欲は業が深いですねぇ」


 泣きそうなネモの耳に、りんとした鈴を転がすような美しい声が届いた。


「お、お前……死んだはず……」

「さてどうでしょう。こうやって会話ができているという事は死んではいないのではないですかぁ? それとも幽霊かもしれませんね。はてさて幽霊は貴方あなたのそのド変態チックな体の地図には映るのでしょうか」


 出会ってからの時間は短いが、ネモはこの美しい声だけは絶対に聞き間違える事は無いと思えた。


「イグニス!」

「やあネモさん。前世ぶり」


 にやりと笑うイグニス。その凄惨な笑顔に威圧されたのか、ガルニダがたびほうこうする。しかしそれはおそれを含んだ悲鳴に近かった。


「もう一回殺しゃしまいだろうがぁ!」


 再びガルニダはその有り余るりよりよくでもって跳躍し、イグニスに襲い掛かり、喉笛にみつく。

 地面に押し倒されるイグニス、飛び散る鮮血、それでもイグニスの笑みは崩れない。


「へぇ、〝聖女の契約書〟を体内に埋め込み、その魔力で体表に彫った刺青と市民の生活を同期させているんですか。変態にしては中々どうしてよく考えてると言ってあげましょう。ただ魔力を全てそこに回しているせいで他は常人と変わらないですね。この驚異的なりよりよく系獣人のスタンダードという事ですか、全く怖いですねぇ」

「クソがぁ! なぜ死なない!」


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