サンバカ!!!

プロローグ チンピラと聖女の旅の始まり ②

「はぁ? 何ですかそのつまらない人間は。私は人も殴りますし、三大欲求にも素直ですし、慈愛と博愛の違いもわかりませんが?」

「この上ない俗物じゃねぇか! 聖女要素だよ!」

「さっきも言ったでしょう。世界を治めていたと……」

「残念でした、その話は現在ヤバ女要素の方にカウントされています」

「むぅ……」

「はぁ、せっかく美人と出会えて俺の人生まだまだ捨てたもんじゃねーって思ったのによぉ。中身はタダの自称聖女でシスターコスプレのヤバいホンモノのアホじゃねぇか」

「待ってくださいネモさん! 私は本当に聖女なんです! ネモさんのような善人に信じてもらえないというのはなんだか悲しいです!」

「はいまたヤバ女ポイントプラス1」

「うむむ……かくなる上は……」

「お、何だ? なんかあるのか? アンタが聖女だと証明してくれるようなものが」

「それは……美の象徴であるモデル体型! 母性にあふれる豊かな胸! 神聖さにあふれたあでやかな金髪! そして聖女といえばそのものずばりな整った顔!」

「外見一本勝負かよ!」

「どうですかネモさん!」

「話になんねぇな。美人が皆聖女って訳でもねーだろ」

「うむむ……かくなる上は……」

「アンタそれ二回目だぞ」


 イグニスは唐突にあきれ顔のネモの腕をとると自分の胸に押し付けた。ネモの手に広がる柔らかで幸福感に満ちた感覚。瞬間、ネモの脳みそに稲光が走り、二つの美しい丘のイメージが脳裏に焼き付いた。


「どうですかネモさん! 初対面のチンピラネモさんにここまで施しをする。間違いなく私は聖女でしょうが!」

「やったぜ最高突発えっちイベ! しかし残念これは痴女!」

「しまりました! まさかの一文字違い!」


 頭を抱えながらぎゃあぎゃあとわめき散らすイグニスと小躍りしながら自らに焼き付いた双丘のイメージを思い出しながら手をわきわきと動かすネモ。そんな路地裏の馬鹿げた騒動はイグニスの決意のこもった言葉と共に中断された。


「もうわかりました! 見せてあげましょう! 私が聖女であるという疑いようのない証拠を!」

「どうやって。さっき言ってた強力で不可思議で何とかとかいう力でも見せてくれるのか?」

「ハァ? 私の強力な魔力は九十九の契約書に封印され全て奪われてしまったと今さっき言ったじゃないですか。今の私はただの聖女です」

「聖女じゃねーけどな。ただの異常コスプレイヤーのなんちゃって聖女だけどな」

「まだ言いますか! 私はねぇ、この街にその〝聖女の契約書〟を取り返しに来たんですよ! この街の市長が持つ〝契約書〟をね!」

「へーそりゃ頑張って」

「付き合ってください」

「はぁ!?」

「私を異常コスプレイヤーだのなんちゃって聖女だの言うネモさんが悪いんですからね! そうと決まればこんなゴミめなんか出て、市庁舎へ向かいましょう! さあさあ!」

「行くとは言ってねーんだけど!?」

「自分の口の悪さを恨んでください。そして私の言っていることが正しかった時は私の右腕として働いてください!」

「なんでだよ!?」

「旅を初めて早半年、女一人で続けるにはいろいろと不便ばかりです。ネモさんの様な人が居てくれるとありがたいのですよ」

「うわぁ……普通に嫌だ……」

「問答無用です!」


 そう言うとイグニスはネモの手をとり、ゴミ捨て場のある路地裏から朝の太陽がさんさんと降り注ぐ通りにネモを連れ出した。


「ほら! 数千年だの、聖女だの、病院だの、そういう事は全部置いといても今日はこんなに素晴らしい青空じゃないですか! 市庁舎でピクニックするには絶好の日和ですよ!」


 目に刺さる太陽の日差しに顔をしかめながらネモは無邪気に笑う美しいイグニスを見た。


「畜生。見た目だけは間違いなくせいな聖女なんだけど中身がなぁ……」

「さっさと来ないとその内臓ぶち抜いて空にぷかぷか浮かばせますよ。あ、力を失ったので今はもうできないんでした」

「ロールプレイがしっかりしてんなぁ! 感心するよ全く……はぁ……」


 ネモのため息は先ほどゴミ山に捨てられていた時と同じように神さまにまで見下されているようだと感じた青空に吸い込まれて消えた。しかし今のネモにはその空が、イグニスの言う通りの絶好のピクニック日和にしか見えなかった。


「ま、妄想に付き合うにも悪くねぇ日和ってこったな」


 ネモはそうつぶやくと、先を行くイグニスの横に並び二人で歩き始めた。



 レイエスの市長ガルニダ・ジェイコフは黄金の毛並みを少し窮屈そうにスーツに押し込んで日々の仕事をこなす獣人だった。しかし獣人であることはこの世界において特筆すべきことではなく、それは彼自身が仕事をするにあたって種族的特徴よりも昼休みに何を食べるかという事に頭を悩ませていたことからも明らかだった。

 結局、市庁舎の向かいにあるバーガーショップのホットドッグに決めたガルニダは、市長室に戻ると急いで包み紙を破り、そのジャンキーな匂いを常人の数百倍の精度を誇る鼻でたんのうした。

 昼休みは、人口五万人を超える街の市長として日々街の治安の悪化に心を痛める彼が、一日の内で唯一心から楽しめるひそかで小市民的な至福の時間であった。


「あの、すいません……市長……」


 そんなガルニダの楽しみは控えめなノックと更に控えめな秘書の声で中断された。


「この方たちがどうしても今すぐガルニダ市長に会いたいと……」


 秘書は本当に申し訳なさそうに背後に控えるシスター服の女と妙なシャツを着たチンピラ崩れの小汚い男を紹介した。

 ガルニダは無意味に部下を叱責したりするタイプではない。秘書は心底ガルニダの休み時間を邪魔した申し訳なさから縮こまっていた。そんな秘書に無理矢理連れてこさせるほどに、背後の二人組がうるさく、しつこかったのだろうと容易に想像できたガルニダはため息をついてホットドッグを机の引き出しにしまった。


「いいよ、ミセス・ノルティ。その客人は私が相手をしよう。昼休みに戻ってくれ」

「で、でも……」

「いいんだ。こんなことで君が休めず、午後の仕事に支障をきたす方が困ってしまう」


 そこまで言うと、秘書ミセス・ノルティは大人しく部屋を後にした。


「なんかすいませんね。お休みの所とは知らなかったもんで」

「なに、市民の声を聴くのは市長の義務だよ。ええと……君は……ネモくん……だったかな?」

「……会った事ありましたっけ?」

「いや、初対面さ。私がこの街に暮らす五万四千六百二十二人の顔と名前を全て記憶しているだけだ。市政の長として当たり前のことだとは思うがね」


 さらりと言ってのけるガルニダに思わずドン引きの目を向けてしまうネモ。そんな姿を笑って流してガルニダは革張りの椅子に深く腰掛け直した。


「それほどこの街を愛しているという事さ。それでネモくん、スラム暮らしで、昨夜襲撃を受けた君がここに来たという事は治安の悪さについての陳情かな?」

「はは、市民の名前全部覚えてる市長は行動についてもお見通しですか」

「まあそういう事さ、ネモくん、この街は好きかい?」

「……まあ昨日タタきにあった身としては……好きとは言えないっすね」


 その言葉にガルニダは沈痛そうな面持ちで銀縁の眼鏡をはずすとこくたんで出来た立派な執務机にことりと置き、ゆっくりと立ち上がった。


いきどおる気持ちは分かる。しかしあと少しだけ待って欲しい! 私は今スラムにはびこる貧困と犯罪を一掃する計画を進めている! さらに公共事業で雇用を創出し、犯罪に手を染めている者たちにも仕事を作る。そうなれば君の様な被害者はもう二度と生まれない! レイエスは悪徳の街から抜け出し、皆で豊かになるんだ!」


 拳を握りしめ、熱っぽく、最後はほうこうするがごとくに言い切ったガルニダにネモは思わず拍手をしてしまっていた。


「いやぁ、市長。立派な計画と熱量恐れ入りました。次の選挙じゃアンタに入れるよ。戸籍がねーから選挙権ねーけど」

「ありがとう、気持ちだけ受け取っておくよ」

「でもさ、今日来たのは俺の用事じゃねーんだ。シスターさんがアンタに用があるってさ」

「シスター? はて……彼女の名前は私の記憶にはないな……街の人間ではないのかな?」

「ふふん! 何を隠そう私は神話の時代より幾千年を生き、世界を治めていた聖女! 名はイグニス・ファルフレーン! おい薄汚いライオン野郎……さん! 貴方あなたが持っている〝聖女の契約書〟を返してもらいましょうか! 知らないとは言わせませんよ!」


 ネモは思わず頭を抱え、ガルニダはその目を伏せ、市長室が静まり返った。直前のガルニダ市長の街の未来へかける思いのほうこうに比べて、荒唐無稽なイグニスの名乗りはあまりにも幼稚で、端的に言うと……ものすごく滑っていた。


「あ、あー、すみません。ガルニダ市長。なんか俺達そういうノリで来ちゃったもんで……すんません。その、真面目にお仕事してる時になんか訳わかんないのぶち込んじゃって」

「あのさぁ……困るよネモくん。ホンモノ持ち込まれるとこっちもさぁ……」

「はい、すいません。マジで。ほんとーに。すぐ帰りますんで」

「ふふん、あくまでしらを切る気ですかこのライオン野郎……さん! かくなる上は武力行使で!」



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