妖精の物理学 ―PHysics PHenomenon PHantom―
プロローグ「東京アブソルートゼロ──Zero-point emotion──」
──全てが氷に覆われた地表を少女はただ一人歩いていた。
氷点下二百数度を下回る
宙に浮かぶそれらは、大気中の水蒸気が細氷化したダイヤモンドダストと呼ばれるものだ。
吹き付ける強風は
少女は凍った地表を見下ろして歩く。
寒さは感じない。風は痛くも冷たくもない。
氷点下二百数度の冷気ですらも、少女の肉体を凍結させることは
今この空間において全ての現象が、少女を物理的に傷つけることはなかった。
少女の瞳が揺らぎ、涙が
涙は
何を考えるでもなく、少女は歩を進める。その一歩には重さも軽さも、何もかもが
目的地はなかった。理由もなかった。
この氷の世界がどこまでも永遠に続く途方もないものだと、少女はそう思っていた。
──だから突然、足元がなくなっていることに少女は気づかなかった。
何かの膜のようなものを少女は貫通していた。宙に突き出した右足は着地点を失い、体勢は崩れて、その拍子に左足も
──夜空を落下する少女は、その状況とは全く違うものへと心を奪われていた。
涙が凍ることはなかった。液体として瞳から
涙は頰を伝うことなく、空を落ちる少女から離れていくように、上へ上へと飛んでゆく。
涙の
そこで、空から降り落ちる無数もの白い
白の
それは氷のような、何物をも寄せ付けない硬さとは違った。
触れた頰は冷たいけれど、それでもどこか優しげな感じすら覚えるその柔らかさに、少女は憧れのようなものを抱いた。
──夜空を落下する少女は、無限にも降りしくる白い
唇を開き、声をわななかせる。そこに僅かな
「──ゆき……」



