義妹5人いる

第1話 一戸建ての侵略者 ①

 家族って、いったいなんだろう?

 そう誰かに問いかけたら、きっとこんな答えが返ってくる。

 血のつながりがある。

 紙切れ一枚で証明される。

 ひとつ屋根の下で過ごしている。

 でも、そのすべてを満たしていたって、家族になれないこともある。


 じゃあ、ある日突然、赤の他人と家族になってしまったら?

 血のつながりはない。

 紙切れ一枚で証明される。

 ひとつ屋根の下で過ごしはじめたばかり。


 ──つまりこれは、そんな俺と彼女たちの物語。




 ぱちりと目を開けた瞬間、俺──みやながりくは、己の失態を悟った。

 開けっ放しのカーテンの外に見える太陽の位置が、いつもよりずっと高い。

 枕元に転がっているスマホを確認すると、なんと時刻は十二時半。自己最長記録更新だ。


「しまった。寝すぎた……」


 上半身を起こしながら、ゆっくりと伸びをする。ふわぁと気の抜けた欠伸あくびをすると、両目にだらしなく涙がにじんだ。

 高二に進級して、初めて迎えた週末である。クラス替えからの一週間を過ごしたことで、それなりに疲れがまっていたようだ。まぁ、新しい友達はひとりもできなかったし、誰との予定も入っていないので、寝坊したからといって別段困ることはないのだが……。

 俺はのそのそベッドから出ると、腹をきながら一階の洗面所へと向かう。窓の外では、世間話をするようにすずめがぴちちと軽やかに鳴き交わしていた。

 四月十二日の土曜日。天気は春らしい快晴。三月下旬頃まではTシャツとニットのどちらを着ればいいか悩むような気温の日が続いていたが、季節はようやく春に向かいつつある。

 顔を洗い、歯を磨き、前髪に変な寝癖のついた自分を眺めながら冷蔵庫の中身を頭に思い描く。ブランチはりんごジャムを添えたパンケーキ。ベビーリーフが一袋余っていたから、付け合わせはグリーンサラダでいいだろう。夕食は久しぶりにオムライスでも作るかな……。

 よく磨かれた洗面台に口の中をガラガラペッとしながら、結局、今年も花見はしなかったなと思う。まぁ、ひとりで花見なんて行ったってつまんないだろうけどさ。

 れた口元をタオルで拭っていると、がらんどうな一軒家に、ピーン、ポーン……と間延びした電子音が響き渡った。

 町内会の回覧板は、回したばかりなので違うだろう。セールスか、宗教勧誘か、はたまた父さんが宅配でも頼んだか?


「はいはーい、ただいまぁ……」


 相手に聞こえないと知りつつ、所帯じみた返事をする。ぱたぱたスリッパを鳴らしながらリビングに入ると、カメラ付きインターホンの画面には、CMでも街中でも見覚えのある灰色の制服姿の男性が映しだされていた。


「おはようございます、みやながさん。アリクイマークの引っ越し社です!」

『長い舌で一発捕食! 食べずにせっせと運びます!』のフレーズを思いだしながら、はてと小首をかしげる。引っ越し業者が、俺んになんの用だろうか。


みやながさーん?」


 とりあえず「今開けます!」と応えたものの、自分の格好を見下ろして「うげっ」となる。寝起きバレバレ、しわだらけのパジャマ姿だったからだ。

 しかし待たせるほうが悪いよなと諦めて、早足で玄関へと向かう。でも俺、いつもこんな時間まで自堕落に過ごしているわけじゃないんです、むしろ今日がレアなんですよ……と心の中で言い訳しながらサンダルをつっかけて、玄関のドアを開けた。

 視界に飛び込んでくるのは、青い空。白い雲──より真っ白い、ナイスガイたちの歯。

 CMよりイケてる爽やかなまぶしさに、俺は反射的にびさしをしてしまう。起き抜けに浴びていい光量ではないぞ、これは。


「ども! 今日はいい天気ですね!」

「は、はぁ」


 筋骨隆々の二人は、協力して縦に長い段ボールを持ち上げている。デカいな、中身はなんだろうかと思っていると、先ほどから代表してしやべっている手前のお兄さんが歯を光らせて言う。


「それじゃあお荷物、どんどん中に運んじゃいますね!」

「え? あの、ちょっと待」

「運んじゃいますね〜!」

「……お願いします!」


 しまった。お願いしてどうする。

 しかし流されやすい俺が我に返った頃には、時既に遅し。『にかっ!』と音が出るほど気持ちいいスマイルを浮かべたお兄さんたちは、立ち尽くす俺の脇をすり抜けて玄関を突破。手を使わず器用に靴を脱ぎながら、ダメ押しの一言を告げる。


「このまま三階に上がらせてもらいますね!」

「えっ? えええっ?」


 どこか別の家と間違えているのではないだろうか、と俺は戸惑う。だが、お兄さんは最初に「みやながさん」とはっきり言っていた気もする。

 俺ん──静岡県南部のくさなぎに居を構えるみやなが家の間取りは、まず玄関入ってすぐに階段、左手にリビングへのドアがある。共用スペースのリビングを通らなくても上階に向かえる、という個々人のプライバシーに配慮した設計だが、この家に住んでいるのはほぼ俺だけなので、ありがたさを実感する機会は皆無だ。

 お兄さんたちは階段を慎重ながら素早い動きで上っていく。

 玄関付近に取り残された俺はぜんとしつつ、顔を外に出してみた。塀の向こう側、家の前の道路には引っ越し社の四トントラックがめられているのが見える。

 すると続けて、しき内に入ってくる乗用車が一台。父の愛車であるレッドのBMWだ。

 もちろん運転席には父の姿がある。俺はますます混乱を深めながらも、車がカーポートにまるのを待ってから早足で近づいていった。


「父さん、これどういうこと!?」


 ドアが開き、俺の父──みやながかいが車から降りてくる。運転用サングラスはともかく、なぜか真っ赤なアロハシャツを着用しているが、直前まで出張していたのは東京だったはずだ。


「おお! 出迎えとはうれしいぞりく、我が息子よ!」


 ちゃっと外したサングラスをシャツの胸ポケットに挿しながら、大きく両手を広げてくる。三週間ぶりに帰ってきた父親からの暑苦しい抱擁を、俺は右に身体からだをずらしてかわした。


「そういうのいいから。これ、なんなの?」


 これ、と言いながら俺はトラックを指で示す。

 残念そうにしていた父さんは表情を改めると、鼻の下をこすりながら言い放った。


「それがだな。実は父さん、再婚することにしたんだ」

「…………はい?」

「むっ。反応薄いなぁ」


 唇をとがらせる父さん。半ばの男がそんな仕草をしても、かわいいどころかおぞをふるうだけなのだが。


「つまり、再婚相手と連れ子の荷物を運び込んでもらってるってことだ」

「いや、ちょっと待て。再婚相手? 連れ子……?」


 聞きみのない単語にまいを覚えた俺は頭を押さえる。

 すると説明不足に気づいたのか、父さんはウィンクして付け足してきた。


「今日は大安だから、絶好の引っ越し日和なんだぞ」


 ──ダメだ、と俺は思った。

 会話が絶望的に成り立っていない。いや、たぶん父さんの中では成立しているのだろうが、常識人である俺の理解が追いついていないのだ。

 いつだって父さんはこんな感じだ。順序立てるとか、根回しをするとか、そういうことをしない。ええいまどろっこしい! とばかりにフルスロットルで突き進み、吉と出ても凶と出ても「ハッハッハ! まぁこんなこともあるさ!」と唾と一緒に笑い飛ばすだけ。そもそも俺が小さい頃にくなった母とは駆け落ちしてきて、この静岡の地で結婚したという。そんな具合で勢いだけで生きている男なのだ、この人は。

 しかし、誰はばからぬ背中を十年以上見てきた俺にとっても、今朝のこれは理解不能にしてぜんだいもんの事態である。

 実際のところ、再婚自体は何年も前から予期していたのだ。というのも実の息子のひいも入っているかもしれないが、父さんはわりとモテるほうだと思う。外見はややむさ苦しいものの野性味のあるイケメンで、背は高く、よく鍛えている身体からだは引き締まって腹も出ていない。

 職業は大手電機メーカーの営業担当で、年がら年中全国各地、ときには海外をも飛び回っている。声が大きいところ、豪快なところ、何事も思い込むと一直線なところなどが玉にきずではあるが、人によってはそれをみやながかいの魅力として捉えることだろう。

 それでも父さんが今まで独り身でいたのは、おそらくひとり息子の俺を気遣ってのこと。

 だから本来であれば、吉報であったはずだ。心から祝福できたはずだ。こんなふうに、なんの前触れもなく知らされたのでなければ。


「──まぁつまり、りくには義理の母のみならず義理の妹までできるってことだ。やったな!」

「一石二鳥、みたいなノリで言うな! さすがに急すぎるだろ!」

「果報は迎えに行くのが父さんのモットーだからな」


 ハッハッハ、と野太い声で陽気に笑う父さんに対し、俺はとうとう片手で目元を覆った。


「今日くらいは寝て待たせてくれよ。心の準備、できてない。引っ越し社の皆さんにも帰ってほしい……」

「えっ!?」と玄関のほうから上がった声は、業者のお兄さんたちのものだろう。父さんは「お気になさらずー!」と大声で返してから、再び俺へと向き合った。


「そういうわけにはいかん。本当は始業式に間に合わせる予定だったんだが、お互いの仕事の都合もあってうまくいかなくてな。その代わり学校への転入手続きはきっちり済ませたし、引っ越し社のトラックが道路を塞いじまう件は近所に事前に周知し、これからおびの東京土産を配ってくるところだ。東京ばな奈の魅力には、誰もあらがえんからな」

「なんで息子以外への根回しはきっちり完了してるんだよ! ふつう逆だろ!」

「父さんもちょっぴり照れくさくてな」

「変なところで羞恥心を覚えるな!」


 そう突っ込んだタイミングで、家のしきには新たに乗用車が入ってきた。

 見覚えのないトヨタのヴォクシーだ。運転席には女性の姿が見えるが、後部座席は濃いグレーのガラスに遮られてほとんど見えない。

 純白のヴォクシーは砂利道を軽やかに通過すると、バックできれいにカーポートに収まった。父さんが空けていた左側のスペースに、当然のようにスルスルスル〜っと。

 さながら貝合わせ。あるいはバージンロード。お互いの欠けた部分や、足りない部分を補い合うかのような駐車技術は、傍観者な俺に見せつけるよう……なんて、駐車ひとつでそんなふうに感じてしまうのは被害妄想の域かもしれないが、つまりこのとき俺の胸には、不穏な予感が荒波のごとく押し寄せていたのである。


「お、おい。あの車って……」

「うむ。まいが到着したようだ」


 父さんが重々しくうなずく。もうそれは義母と義妹でいいだろ。

 カーポートのほうから、エンジンの停止した音がする。反対に俺の心臓は爆音をかなでだし、緊張しきった身体からだは自然と回れ右しようとしている。


「ごめん。俺、今日は静岡まつりに行くんだった」

「静岡まつりは先週終わっただろ」


 父さんは短いあごひげをおもむろにでると、逃走寸前の俺を優しい目で見つめる。


「先に言っておくが、相手を無理に母親だとか妹だとか思う必要はない。仲良くなってくれれば、もちろん父さんはうれしいけどな」


 ここだけ切り取れば、息子に無理強いしない父親のいい台詞せりふっぽかった。

 ていうか連れ子って妹なのかよ。きょうだいというものに憧れていた時代もあったものの、幼き日の俺はお互い連れ子などという現代チックでハードな関係はまったく想定していなかったぞ。

 だが、どんなに文句を言ったところで今さら現実が揺らぎはしない。それにいろいろとグチグチ言ったものの、父の再婚自体は何を差し置いてもめでたいことなのだ。


「……とりあえず再婚おめでとう、父さん」


 短いことぎを聞くなり、父さんはぱぁっと顔を明るくさせる。子どもみたいに無邪気なその顔を見ると、不思議と文句の言葉も引っ込んでしまった。


「おう! ありがとな、りく!」


 そのタイミングでスライドドアが開き、車から複数人が降りてくる。俺はぎくりとするが、父さんはそちらに向かって芝居がかった一礼をしてみせる。


「レディーたち。ようこそ、我が家に!」


 ワイルドな外見の父だが、そんな気取った仕草も似合ってしまう。くすり、と柔らかな笑みを漏らしたのは、間違いなく父の再婚相手だろう。


かいさん。もう、何よそれ」


 そこには一児の母とは思えないくらい若々しく、きれいな女性が立っていた。

 身長は百六十の前半くらいだろう。ショートレングスの髪。知的な瞳。ストライプ柄のブラウスに、足首の見えるすっきりとした白のパンツを合わせている。なんというか、仕事ができる女性特有の雰囲気を持っている人だ。

 目が合うと、女性は涼しげな目元を和らげた。


「あなたがりくくんね。初めまして、つきです。かいさんからお話はよく聞いてるわ」

「は、初めまして」


 俺は慌てて頭を下げて挨拶する。きっと、ろくな話はされていないに違いない。

 つきと名乗った女性は、後ろに立つ人物に目配せした。


「さっそくだけど、りくくんに紹介するわね」


 その瞬間、俺は父をしばき倒したくなった。

 前情報と目の前の光景が、まったくっていなかったからだ。


「双子の娘の、りんよ」


 ──義理の妹って、かよ!

 それならそうと言っといてくれ。最重要事項だろ。

 しかも驚くべきことに、並んで立っているのはものすごい美人姉妹だった。

 まずひとり目。と呼ばれたのは、癖のある髪をボブカットにした少女である。

 湖のように澄んだ切れ長の大きな目、白磁の肌に桜色の唇と、それぞれのパーツが信じられないくらいに整っている。だぼっとしたパーカーにショートパンツというラフな格好をしているが、起伏のある身体からだをしているのが一目で分かった。


「!」


 目が合うと恥ずかしそうにうつむき、黒タイツに包まれた細い脚をもじもじとすり合わせる。なんというか……とても奥ゆかしい。こっちまでなんでか照れてしまう。

 次に二人目。の隣に立つりんは、艶めく髪をツインテールにした少女だ。

 淡い色合いの薄ニットはきやしや身体からだのラインを強調するようで、大人びた色気を感じさせる。ボタンのついたスカートは極端なくらい短いし、両手の爪には華やかなネイルを施している。あかけたイマドキ女子って感じの風貌だ。

 二人とも背格好はほとんど同じだが、顔つきはあまり似ていない。二卵性双生児だろうか。

 するとスマホをいじっていたりんはちらっと俺を見るなり、ぽつりとつぶやいた。


「寝癖、ヤバ」

「…………ッ!」


 その何気ない一言は、俺の心に致死量のダメージを与えた。

 そうだった。父さんに翻弄されてすっかり忘れてたけど、俺、寝癖そのまんまじゃん。ていうかパジャマじゃん。完全に寝起きじゃん……。

 父親の再婚相手と連れ子との初対面をこんなだらしない格好で迎えてしまうなんて、俺はなんて恥知らずなのか。元凶は間違いなく連絡を怠った父さんだが、休日だからと気を抜いて爆睡していた自分を責めずにはいられない。

 俺が力なくうなれていると、が軽くりんの服の袖を引っ張る。


「……こら。りんちゃん?」

「だって本当のことじゃん」


 どうやら俺が傷ついたと思い、注意してくれたらしい。名前しか知らない女の子の優しさに胸を打たれていると、父さんが「ハッハッハ」と笑う。


「これからは、いやになるほどりくの寝癖を見てもらうからな。覚悟してくれよりんちゃん!」


 身内からのフォローと見せかけて、突き落とされただけだった。「ハァ……」とため息のような、というかため息そのものな返事をしたりんは、またスマホいじりに戻ってしまう。

 それにしても、と俺は控えめに観察する。義妹となるらしい双子はまったくタイプの違う美少女で、しかも俺と同世代くらいに見える。

 ひとりでも手に余るというのに、まさかの二人。美少女たちとひとつ屋根の下で過ごす、なんてシチュエーションだけ聞いたら漫画かドラマのようだが、俺の場合はごほうどころか罰ゲームのように感じてしまう。

 というのも俺には女子への免疫がない。もちろん、と前置きするのは大変屈辱的なのだが、彼女ができたこともない。

 始業式からの一週間でまともに会話した異性といえば、四年ぶりに同じクラスになった幼なじみひとり。世の中は無情である。

 ──だが、俺の認識はどこまでも甘かったと言わざるを得ないだろう。

 本来なら、もっと早く気づくべきだったのだ。今も業者によって持ち込まれている荷物は、とてもじゃないが……三人分という量ではなかったのだから。

 こうちやくする場に、ぱたぱたとにぎやかな足音が近づいてくる。

 反射的にそちらを向いた俺は、大きく目を見開いていた。


「すっごーい! ここが、そらたちの新しいおうち?」


 目を輝かせて駆けてくるのは、幼稚園児か小学校低学年くらいの子だ。

 前髪はぱっつん。髪形は低い位置のポニーテールで、きれいに三つ編みにしてある。クマがプリントされたTシャツにハーフパンツという軽装が、快活そうな笑顔によく合っている。


「まぁ、大きなおうち。シックな外観が素敵ですわね」


 その子と手をつなぐのは、フリルのついたワンピースを着た女の子。おそらく中学生だろう彼女の動きに合わせて、ウエーブがかかったボリュームのある長髪がふわふわと揺れている。

 そして、最後に。

 その後ろをゆっくりとした足取りで歩いてくるのは、清潔感のある白のブラウスに黄色のカーディガン、それにクラシカルな花柄のスカートをまとった少女だった。


「二人とも、転ばないようにね」


 女子にしては背が高く、目鼻立ちが恐ろしく整っている。何よりも、意志の強い瞳が印象的だ。サイドテールに結った長い髪には、いろどるように、祝福のように、二枚の桜の花弁がついていた。

 ふと、強い風が吹く。誰かが小さな悲鳴を上げる。少女のスカートが夢のように広がり、頭についた花弁も空に吸い込まれるように舞ってしまった。

 どこかはかなげで幻想的な光景を前にして、俺はほとんど無意識につぶやく。


「桜の精……?」


 その声は小さすぎて、誰の耳にも届かなかったはずだ。しかし髪とスカートを押さえていた彼女は、強風が収まるなり顔を上げて、離れた位置に立つ俺を挑むように見つめる。

 それこそ花びらめいた小さな唇が、澄んだ声をかなでた。


「……なに?」

「い、いや。なんでも」


 鋭い視線を前にしてごとを繰り返す勇気などあるはずもなく、俺はうやむやに答える。どうやら、外見通りのせいれんな少女というわけではなさそうだ。

 あとになって振り返ると、これが俺と五姉妹の記念すべき初対面だったわけだが……このときの俺は、そんなことに着目していられるほどのんではいられなかった。


「ごめんお母さん。そらふうが、あっちのざくらを近くで見たいって言うから」

「ううん。付き添ってくれてありがとね、なつ


 桜の精のように美しい少女──なつつきさんのやり取りを耳に流しながら、俺はごくりと唾をむ。

 二人どころではなかった。

 父の再婚相手の連れ子は──

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