義妹5人いる

第1話 一戸建ての侵略者 ②

 脳内は混乱一色だったが、その後はのんびり話している時間はなかった。つきさんたちが業者に立ち会いをお願いされたからだ。

 というのも荷物の紛失やら破損やら、そういったトラブルを防ぐために誰かしらが現場に立ち会うのが引っ越し作業の基本らしい。父さんたちの到着は引っ越し業者より遅かったが、家人の俺が在宅中だと伝えてあったので問題なく作業に入ってもらっていたのだ。

 つきさんたちは立ち会いに赴き、父さんは東京ばな奈を抱えてご近所をおあんぎや、五人姉妹のうち下の二人は「おっきい!」「広いですわ〜!」とか騒ぎながら家の中を探険していた。俺はその間に身なりを整えた。キッチンで調理する心の余裕はなかったので、ブランチはバナナ二本で手早く済ませた。

 一時間半ほどをかけて荷物の運び入れが完了すると、仕事をやり遂げたお兄さんたちは帽子を取って爽やかな笑みを浮かべた。


「それでは、ありがとうございました! い新生活を!」


 トラックに乗り込んで去っていく彼らの背中はザ・仕事人という感じでかっこ良かったが、それはそれとして。

 ──父さんの招集によって、俺たち八人はリビングに集まって顔を合わせていた。

 リビングというか、みやなが家の場合はLDKだ。玄関すぐのドアを開けると、手前にソファとテレビの置かれたリビング、奥側には南向きの窓から庭を一望できるキッチンとダイニングテーブル。ニュアンスの効いたホワイトの木目を基調にしつつ、一部の壁や家具にはダークカラーを用いて、全体の印象が甘くなりすぎないよう配慮されている。

 父の稼ぎのおかげでそこそこ裕福な暮らしを送っているので、かなり広々とした──一言で言うと明るく開放的で、おしゃれな空間であると言えるだろう。そのおかげか女性陣は感心した様子で吹き抜けの天井を見上げたり、常緑樹の育つ庭を眺めやったりしている。

 評価は上々のようで何よりだが、俺にはさっそく突っ込みたい点があった。ダイニングテーブルは、父こだわりのイタリアだかイギリス製だかの細長いセラミックテーブルを使っているのだが……そこに並ぶ椅子の数が倍に増えているのだ。

 昼の時点では客人用も含めて四脚しかなかったというのに、今は両側に誕生日席まで設けられ、最大八人が着席できるようになっている。追加注文したのはもちろん父さんだろう。なぜこういうことばかり抜かりなく、手回しがいいのか。俺はわりとふつうに腹が立ってきた。

 そんな俺の右隣には父さん、左隣の誕生日席にはなつが座っている。差し向かいには落ち着かなげな。姉妹は年齢順に右回りに着座しているようだ。

 それにしても、静まり返っているのが通常運転の我が家にこれだけの人が集まることになろうとは、夢でも見ているような気分である。そうだったら良かったのに。

 あと、先ほどからこうをくすぐってくる甘い匂いの正体はなんなのだろう。なんかこう、ふわふわ、ぽわぽわ、って感じの香りがするのだが……どなたか香水でもつけてらっしゃる?


りくくん、驚いたわよね」

「うぇひっ」


 急に話しかけられた俺は、変な声を出してしまった。椅子にもたれ掛かる父さん越しに、眉を寄せたつきさんがまえかがみになって話しかけてきている。

 すわ鼻の穴を膨らませていたところを見られたかとあせるが、彼女が口にしたのはまったく別の件だった。


かいさん、何も話してなかったんでしょ?」


 本人から聞いたわけでなく、そうに違いないと確信を抱いてたずねているような口調だった。それだけで、本当に父さんはこの人と結婚するんだなと、俺の胸を実感がよぎる。つきさんは、すでにみやながかいの無鉄砲さを熟知しているのだ。


「あー……はい」


 おずおずと俺がうなずくと、「やっぱりね」とため息をつくつきさん。彼女のじっとりとした視線を横合いから浴びた父さんは、わざとらしくせきばらいをした。


「さて。こうして集まったことだし、改めて自己紹介しよう!」


 おお、あからさまに話題を変えたぞ……。


「オレはみやながかい。電機メーカーの営業で、全国や海外をしょっちゅう飛び回ってる。若い頃に何か習ってたってわけじゃないんだが、身体からだを動かすのが好きでな。最近は知り合った人から、あちこちの武術を学ぶのを楽しみにしてるんだ。みんな、これからよろしくな」


 そう言って、にかっと歯を見せて笑う父さん。

 てっきり俺以外の面々には面識があるものかと思いきや、五姉妹はちらちら父さんを見ながら不安げに顔を見合わせている。……あれ?

 俺は少しだけ顔を寄せて、小声で父さんにたずねる。


「なぁ、父さん。まさかとは思うけど……父さんも、初対面なの?」

「おう。なつちゃんたちとは、今日の朝食時に初めて顔を合わせたからな」


 まさかが的中してしまった。

 それだと、俺と五姉妹の状況はほとんど変わらないことになる。破天荒人間に振り回されているのは同じなのだと思うと、わずかに親近感を覚えた。


「私はかいさんのことも再婚のことも、早めに伝えていたわよ?」


 あきれ顔で言ってから、つきさんが胸に手を当てる。


「次は私ね。改めまして、つきです。旧姓はすぎやま


 旧姓ってことは、もう籍入れてるのか──と思いつつ、俺は引っ掛かったことをたずねる。


すぎやまってことは、もしかして出身は静岡ですか?」


 鈴木にはかなわないが、すぎやまという名字の家も静岡にはかなり多い。

 すると、待ってましたとばかりにつきさんは人好きのする笑みを浮かべた。思わずどきっとするくらい、魅力的な表情である。


「当たり。大学進学のときに上京して、今までずっと東京暮らしだったの。半年くらい前に、あなたのお父さん……かいさんとバーで出会って、意気投合してね。彼が静岡在住だったのは、偶然だったけど」


 バー……半年前……二人のめについてはいろいろ気になるところも多かったが、今は自粛することにした。また聞く機会もあるだろう。

 それにしても、朗らかな話し方に親しみやすい笑顔が印象的な女性だ。つきさんとはうまい距離感でやっていけそうだと思っていると、さらりと情報が付け足された。


「それと、職業は弁護士」


 なるほど。親しみやすいが隙のない雰囲気は、弁護士という職業を聞くと納得のいくものだ。


りくくんも、何か困ったことがあったらいつでも相談してね」

「頼もしいです」


 俺が少しだけ笑うと、つきさんは顔を綻ばせた。


「じゃあ、自己紹介。お願いできる?」

「はい。ええっと……みやながりくです。この春から高二になりました。よろしくお願いします」


 言いながら、俺はぺこりと頭を下げた。

 我ながら無難でおもしろみのない自己紹介である。新しいクラスでも、真ん中の一文を抜いて同じような挨拶をしたのが記憶に新しい。趣味は読書とドラマ鑑賞です、と付け足そうかどうか、直前まで悩んだ末に何も言えなかったのだ。地味な趣味はどうにも人に言いにくい。

 ほほましげにうなずいたつきさんが、俺の隣に視線をやる。


なつ、いい?」

「ええ。……長女のなつです。十六歳です」


 俺と父さんに向かって、なつが頭を下げる。その拍子に、くくった長い髪が細い肩をさらりとでるように滑り落ちた。

 小さなつむじと目を合わせながら、そうか、年齢も付け足すべきだったなと俺は反省する。

 五姉妹の長女であるなつ。少しきつめの顔立ちは、いちばんつきさんに似ているだろうか。伸びた背筋や丁寧なしやべり方から、折り目正しい優等生だというのが伝わってくる。


「じ、次女のです。十五歳で、高一で、りんちゃんの双子の姉、です……」


 消え入りそうな声で続くのは、お尻をもぞもぞさせている。君がいい子ってことは、俺もう知ってる。


「三女。りん


 口数少なく言い終えたりんは、手元のスマホから視線すら動かさなかった。母の再婚相手にも連れ子にも、まったく興味がないと露骨に態度に出ている。むしろすがすがしいくらいだ。


「次はわたくし、ですわね」


 こほん、とせきばらいをするのはふうだ。


「ごきげんよう、わたくしは四女のふうと申します。年齢は十三歳で、中学二年生になりましたわ。特技は歌うこと、好きなことは音楽鑑賞です。以後お見知りおきを」


 上品な所作でお辞儀をすると、優雅にほほむ。……リアルで「ですわ」としやべる人間は初めて見たが、服装も相まって深窓の令嬢のようだ。


そら! ろくさーい! ごじょ! しょうがくいちねんせい!」


 末妹のそらは、元気いっぱいに五本指と一本指で「ろくさい」を表現しつつ、「ごじょ」と「いちねんせい」で交互に左右の手を前に出してみせる。


「あ! サッカー好き! です!」


 指の扱いに専念しすぎたのか、最後は早口で付け足してから白い歯を見せて笑う。……なんか心がほっこりする。

 自己紹介がつつがなく終わったところで、顎に手を当てた父さんがテーブルを見回してしみじみと言う。


「いやはや、それにしても美しい六姉妹だなぁ」

「まぁ、お上手」


 つきさんが口元に手を当ててほほむ。言われ慣れている感じの反応だ。

 というのも、父さんの言葉もあながち世辞とは思えなかった。芸能人一家だと紹介されたとして、俺はさほど驚かなかっただろう。それほどまでに彼女たちの美貌はきらめきわたっていたし、どこか浮世離れしていた。





 いや、現実離れしているのはこの光景そのものだ。このうるわしい母娘おやこと、俺は今日から家族になるらしい。自分に改めて言い聞かせてみても、まったく実感が湧いてこない。


「ところでなつちゃんは、誕生日いつだっけ?」


 そこで父さんが水を向ける。なつの形のいい眉がぴくっと動いたのを俺は見逃さなかった。

 おそらく「なつちゃん」という呼称が気にさわったのだろう。出会ったばかりの新しい父親に、彼女たちも心を許しているわけではないのだ。むしろ心理的な抵抗は、男の俺より強いだろう。


「……私は五月生まれです」

「じゃあ四月二日生まれのりくが、五人のお兄ちゃんになるな!」

「あら、そうなのね。この子たちをよろしくね、りくくん」

「は、はぁ」


 大人二人は勝手に盛り上がっているが、一か月違いで兄も姉もない。


「しかもりくくんって、料理ができるんでしょう? それを聞いてかいさんとの再婚を決めたまであるの」


 こっちは冗談……か? それにしてはつきさんの目は妙に真剣で、父さんは父さんで「えっ、初耳ですが?」みたいな顔をしている。


「というのも実は、私となつって──」

「お母さん。そろそろ、買い物に行ったほうがいいんじゃないの?」


 一枚の紙を断つように、つきさんの言葉を遮ったのはなつだった。腕時計を見やったつきさんが「あら、もうこんな時間」と目を丸くする。


「よっこらせ」と立ち上がったのは父さんだ。


「それじゃ、あとは若い六人に任せるってことで、オレとつきさんはいっちょ買いだしに行ってくるか。スーパーとかドラッグストアとか回ってこよう!」

「ええっ」


 思わず悲壮感にまみれた声を上げてしまってから、俺は慌てて口元を押さえる。ていうか、若い六人に任せるなんて日本語は聞いたことないぞ。

 置いていかないでくれ、と俺は訴えたかったが、心の叫びを察してくれるほど父さんは勘が鋭くはない。それどころか俺と目が合うなり、肩をがっちりと組んでささやいてきた。むさ苦しい。


「──りく。オレがいないからって、なつちゃんたちを押し倒さないようにな」

「アホか……」


 俺は天を仰ぎたくなった。あんたの息子は、初対面の女の子──しかも義理の妹になる相手を押し倒すほどエネルギッシュではないし、軽率でもないんだが。


「もうさっさと行ってらっしゃい……」

「ハッハッハ。なんだよ、冷たいなぁ」


 父さんとつきさんが連れ立って出て行く。ややあってから、外からエンジン音が響いた。

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