孤高の電波美少女と恋で繋がったらギガ重い 完結記念SS
脚フェチを殺す聖域
恥も外聞もなく正直に白状すると、将臣は嫉妬している。
毎度お馴染み雲雀の部屋。もはや雲雀母も手慣れたもので、はいはいどうぞーとばかりに顔パスをキメることが出来るくらいには通い詰めているが、ここには大抵の場合先客が居る。
将臣の視線の先、雲雀の膝の上に我が物顔で陣取り、黒いまんまるを気取る同居人。
雲雀の愛猫・めんつゆである。
滅多に媚びない太っちょ猫が、今日に限っては随分とご機嫌らしく、雲雀の膝の上で完璧なアンモニャイトと化し、満足げに喉をゴロゴロと鳴らしている。その姿は世界の真理を悟りきった賢者のようでもあり、なお一層将臣の羨望の気持ちを煽る。早く賢者になりたい。
ところで今日の雲雀は珍しくショートパンツに黒タイツという脚フェチ特効の格好をしている。ご存じ将臣は脚フェチであり、導き出される解はつまり――よく見えないだろ早くそこをどけ、というあまりにも思春期ど真ん中で、愚者の欲求に突き動かされた少年の図。
「――いいなあ、めんつゆ」
思わず、心の声が漏れた。
将臣の欲望純度百%の呟きに、雲雀は読んでいた本から顔を上げ、不思議そうに首を傾げる。
「何が『いいなあ』なのかしら。猫になりたいの?」
「少なくとも今この瞬間は、俺は世界で一番めんつゆを羨んでいる男だと思う」
雲雀の小首がさらに傾げられ、ふわりと艶髪が揺れる。
「雲雀の膝枕どころか膝ベッドだろ。羨ましいなんてもんじゃない」
めんつゆが丸まっている膝の上は、〝ガーディアン〟である自分にさえいまだ許されたことのない、絶対不可侵の聖域。ダイブ中の彼女を膝枕してやることはあれど、逆はない。あの推定六十デニールの温もりを独占できるのは、現状この黒い毛玉だけの特権なのだ。
「ふふ、将臣くん、猫に嫉妬しているの? 〝ガーディアン〟のくせに、器が小さいわね」
くすくすと楽しげに笑う雲雀。当のめんつゆは与り知らぬといった様子で「うなー」と一鳴き。まあいつものことですけど? とばかりにあくびをした。煽ってくれるわこの黒猫。
「……なあめんつゆ。ちょっとだけ、場所を代わってくれよ。俺の拠点にさせてくれ」
「まずは私の許可を先に取るべきじゃない?」
「俺の頼みなら雲雀は許してくれるだろ? 最高に可愛いくて優しい彼女だからな」
「またそういう……」
果たしてそうかしらね? とでも言いたげだが、表情はちょっと緩んでいるのである。
「めんつゆ、この通りだ。あとでちゅーちゅるをおごってやるから」
将臣は、人生で最も真剣な表情で、めんつゆに交渉を持ちかけた。雲雀もさすがに白んだ目になりつつあるが、男には譲れない時がある。男気ギアを上げることもやぶさかではない。
だが黒猫の返事は「なっ!」という容赦のない威嚇であった。
「あらあら。どうやら交渉は決裂のようね。せっかく膝枕してあげようと思ったのに」
からかうような口振りが傷口に大さじの塩を塗る。プライドを捨てて猫に頭を下げた結果、無惨に散った虚しい骸である。
その気の落としようがあまりに憐れだったわけではないだろうが。
「うなー」
めんつゆはすくりと立ち上がると、うなだれる将臣に一瞥をくれ、「ま、ちぃとばかし譲ってやんよ」とばかりにもう一鳴き。優雅な足取りでベッドから降り、悠然とドアに消えていった。
――静寂。
がらん、と空いた推定六十デニールの結界に包まれた
将臣が、ごくりと生唾を飲み込み、縋るような思いで雲雀の黒瞳を見つめる。
雲雀は、何も言わない。ただ、じっと将臣の視線を受け止めている。まるで呆れ返っているようにも、彼氏の渇望に何らかの恵みを与えようと葛藤しているようにも見える。
やがて雲雀は逃げるように一度視線を逸らし、自分の太ももへと落とす。そして、ぽん、ぽんと、その場所を軽く二度、叩いた。
その仕草が意味するものを理解した瞬間、将臣の心臓が祭り太鼓のようにビートを刻む。
「……
その声は、将臣の必死さを包み込むように穏やかで、温もりを分け与えるように優しくて、ほんの少しだけ照れているようだった。
将臣は、まるで夢でも見ているかのような心地で、おずおずと雲雀の隣ににじり寄る。そして、ゆっくりと、その聖域に頭を預けた。
柔らかい。そして、温かい。ほんのり甘い香りが、将臣の理性を優しく麻痺させる。
――ああ、こんなのダイブしちまう。
雲雀の細く長い指が、おそるおそる、将臣の髪を梳き始めた。そのぎこちない手つきがこそばゆく、あまりにも心地よい。
「加減はいかが?」
「俺の人生はこのためにあった。生きてて良かった。〝ガーディアン〟万歳」
「大げさよ。――このくらいなら、いつでもしてあげるわ」
「言質を取ったぞ?」
「ええ。その代わり、私がダイブする時には、お返しをたっぷり堪能させてもらうわ」
どっちにしても将臣に損はない話だ。きっと雲雀もそんなことを考えているに違いない。
雲雀は無言で優しく将臣の頭を撫で続けている。その表情を、将臣は見ることができない。
でもきっと、蕩けそうになるほど幸せな笑顔に違いないと。
将臣はそんな確信に満たされながら、世界で一番幸せな〝ガーディアン〟の特権を、心ゆくまで堪能するのだった。



