ブギーポップ・クルシファイ リミットグレイの妖精逆説

Introduction

『誰しも人生で選ばれし者となるときがあるが、それは悪夢への道で、結果としてにえの見せしめとしてつるげられることの方がはるかに多い』


──霧間誠一〈十字架上のアイロニー〉


 

 街の片隅で、異変が起きている。

 受験を控えて、学業に精を出しているはずの予備校生の一部が、なぜか異様に連れ立って駅周辺をふらふらとはいかいしている様子が見られる。

 その日も──そういう集団の一つが、コンビニの裏手で隠れていて、たまたま買い物に来た高校生に目を付けて、その少女が外に出てきたところで、


「ああ、ちょっとそこの、あなた!」


 と一人が声を掛けて、彼女が振り返ったところで、たちまちその周囲を十人以上で取り囲んで、


「あなた最近、頭痛に苦しんでいるでしょ?」

「わかるんだよ、僕たちには」

「あなたがどれだけ追い詰められているのか」

「助けられるのは私たちだけ」


 と口々に声を掛けてきた。少女がびっくりして、絶句してしまっているところに、さらにそいつらは、


「君には妖精が取りいてしまっているんだ」

「悪い妖精がね」

「そいつらは〝プルハ・メルハ〟といって、人間に不幸を押しつけてくるのさ」

「今も、君の肩にそいつが居座ってるんだ」

「ほら、聞こえないかい? そいつらが君のことをあざわらっている声が」

「けらけら、けらけら、あなたの耳元で声を立てている」


 間を空けずにまくし立てられて、少女はすっかり動揺して、おびえてしまっている。そこに連中の一人が、懐中からひとつの小さな包みを取り出してきて、


「こいつは〝お守り〟だ。こいつがあれば、君に近寄ってくる〝プルハ・メルハ〟を追い払うことができる」


 と言ってきた。目の前でぷらぷらと下げられるその〝お守り〟を見て、少女の表情がさらに恐怖にゆがんでいく──そこにいきなり、背後から手が伸びてきた。

 ぎゅっ、と迷いのない動作でその〝お守り〟をむしって、ばっ、と奪い取って、そして──怒鳴る。


「おまえら──何をしている!」


 その女の声は、ドスがいていて、それほど大声ではなかったのに、そこにいた全員がいっぺんに威圧された。一人が悲鳴混じりにつぶやく。


「げえっ──炎の魔女!」


 奇妙な名で呼ばれたその女は、怯える少女とさほど変わらない若さの外見だったが、その未熟な年齢にふさわしからぬ迫力で、


「最近、この辺で変なことをしているのはおまえらだな!」


 さらに怒鳴ると、少女から連中を次々と引き剝がした。


「う、うわっ!」

「だ、駄目だ!」


 と彼らはきびすを返して、たちまち散り散りばらばらにその場から逃げ去る。


「ふん──」


 炎の魔女──きりなぎは連中を深追いせずに、へたり込んでしまっている少女に向き直って、


「大丈夫だ」


 と強めの口調で言った。少女がなおもガタガタ震えているところに、凪は、


「いいか、連中の言っていたことなんか気にするな──あんたの頭痛というのは」


 と凪は少女の肩に手をやって、そこに指を食い込ませた。

 彼女がびくっ、と顔を上げたときには、もう手を離していて、


「肩凝りからくる、ただの症状だ──今、ツボを突いたから、もう軽くなっているはずだ。勉強のしすぎで自律神経が乱れているだけだ」


 と言うと、少女はを丸くして、


「え──」


 と驚いている。その顔から緊張が抜けていることを確認して、凪は、


「オレが出てきたから、もう連中もあんたを狙わないだろう──今日はもう帰れ。それと」


 と少女の顔を正面からのぞき込んで、


「今通っている予備校はやめて、県外辺りの、別の塾に変えた方がいいぞ」


 と注意した。少女がぽかんとしている中、凪もまた背を向けて、その場から去っていく。

 早足で移動しながら、凪はその手に奪い取ってから握りしめたままだった〝お守り〟を開く。

 中には一枚の紙切れが入っていた。そこには、

 

〝真実は、人々を分断させる〟

 

 と書かれていた。凪はため息をつきながら、その書面を携帯端末のカメラで撮影すると、包みそのものはくしゃくしゃと握り潰して、ポケットに突っ込んだ。彼女はなおも携帯の画面をにらみつけている。そこに表示されているのは、今のと同じような紙切れに書かれた文面の数々である。

 

〝努力の大半は無駄で、失敗に続く道だ〟

〝救いは一般人が知らない方向にしかない〟

〝例外であることを受け入れよ〟

〝常識とは誰かの用意したわなである〟

〝いつでも訳知り顔のやつうそをついている〟

〝正しさを押しつけてくる敵を否定せよ〟

 

 ……様々な言葉が並んでいる。凪はそれらを睨みつけながら、その中の一つに、特に険しい表情を向ける。そこにはこう書かれている。

 

〝これを見た者の、生命と同じだけの価値あるものを盗む〟

 

 炎の魔女は、その文章を怒りを込めて見据えている……。

 

刊行シリーズ

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