ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー
幕間 2021/12/27
久しぶりの巴啓司との再会は、家の近所のレストランでだった。
遥は対面に座った啓司のことをまじまじと眺めた。一時的にであれ年末に帰国するような里心が彼にあったのは、少し意外なことだ。
あまりに長い間見つめていたせいだろう。不安げな笑みが啓司の口元に浮かぶ。
「啓司だよー。覚えてるー?」
小さい子供に話しかけるみたいな口調に、遥はため息を零した。
「覚えてるよ。私がお兄ちゃんのこと忘れるわけないじゃん」
「よかった。久しぶりだね。少し身長伸びた?」
「伸びてない! 見ればわかるでしょ!」
そう答えながら『変わっていないのはお兄ちゃんも同じだ』と遥は内心で付け足す。
ただしこれは不満ではなく、安堵として。
高校卒業と同時に巴啓司はアメリカへと旅立っていった。昔からずっといっていたことだ。ギャンブラーとして生きることは、出会った頃から変わらない巴啓司の将来設計だった。
だから多分、遥は恐れていたのだ。
久しぶりに会う巴啓司が、全く見覚えのない誰かに変わってしまっていることを。夢を達成した啓司がすっかりギャンブラーらしさ――それがどんなものかは知らないが――に染まって、ずっと自分の傍にいてくれた『お兄ちゃん』がいなくなってしまうことを。
だがどうやらそれは杞憂だったらしい。
こうして観察してみても、巴啓司の様子は依然と全く変わらない。マネキンが着ている服をそのまま買ったみたいな個性の感じられない服装に、人生で一度も怒ったり泣いたりしていなさそうなぼんやりとした表情。
そしてそれに相反するような、ギラギラとした瞳の輝き。
「お父さんたちは店を閉め終えたらくるって。彼方は……よくわかんない」
「あいつ、今もアレが口癖なの?」
「『俺はビッグになるんだ』って? うん、相変わらずいってるし、大学もちゃんと通ってるんだか通ってないんだか……」
案外、と遥は想像する。
啓司はアメリカになじめなかったのかもしれない。実際になってみたギャンブラーは、夢見たような職業ではなかったのかもしれない。だから彼はこうして結局、ギャンブラーらしさをまるで身にまとわないままでいる。
彼が一時的ではない形で日本に帰ってくる日も、案外近いのかもしれない。
そう想像して自然に足をパタパタと揺らしながら、遥は啓司に向かって問いかけた。
「ギャンブラーになるのって、どんな感じ?」
「興味ある?」
「私だってもう中学生だよ。将来のことだって考え始めるの!」
啓司は少し難しい顔をして、腕組みをしてみせた。
「そうだなぁ。生きるって、つまりは自身の望む分だけの制約と自由を選ぶことだよね」
「……もうちょっと簡単にいって!」
「例えば、多くの人は会社に所属して仕事をするよね。会社員は制約が多いけれど、その分安心できる。逆にいえば彼らはそのくらいの自由で納得ができる」
まだ子供の遥にとって、仕事というのは実感の伴わない言葉だった。しかし少し前まで同じく子供だったはずの啓司の言葉には、すでに確かに裏打ちされた実感が存在していた。
「その辺の配分が違う人はフリーランスになるか、自分で起業するか、働かないで食べていくのかもしれない。仕事に限らなくても、全ての物事がそうだね」
のんびりとした仕草で啓司が水を口に運ぶ。
「望んだバランスから外れるのは生きた心地がしないんだ。海水魚は淡水で生きられないし、淡水魚は海水では生きられない。これは貴賤の話じゃないよ」
「私が聞いたのはギャンブラーの話なんだけど」
「ギャンブラーも同じだよ。仕事にあまりにも運の要素が大きくて、明日には全財産を失って破滅するかもしれない。特に深く冷たい海だ」
けど、と啓司は微笑んだ。
「深く冷たい海にも魚はいる」
不意に遥は自身の思い違いを理解した。
啓司はアメリカに行って、ギャンブラーになったのだと思っていた。だから彼の変化のなさは、彼が新しい生活になじめていない証左なのだと。
しかし違った。
彼はギャンブラーだったからアメリカに行ったのだ。きっと生まれた瞬間から。彼が変わっていないのは、単にその生活が彼に変化を強いるものではなかったからに過ぎない。
多分、彼はもう帰ってくることはない。
そう直感する。なんだか酷く泣きたくなって、それをこらえるために遥は啓司をにらみつけた。ささやくような声で問いかける。
「ね、じゃあ、お兄ちゃんはギャンブラーになってどんな気分?」
啓司はギラギラとした瞳で答えた。
「生きてるって感じ」



