ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー
三 かけがえのあるその理由 ⑦
ディーラーが注意をしてこなかったからだ。今もオクトーバーの手はカードをめくりかけた姿勢で止まっているのに、しかし何も起きない。もちろん、オクトーバーの脳内に警告が鳴り響くこともない。
そのままの体勢を保ちながら、オクトーバーは笑った。
「どうやら、システムも完璧じゃないみたいだね」
「おじさん、おはよー……」
開店準備をしていると、遥が上階から降りてきた。
既に制服に着替え終わっているが、その目は眠たげに半分くらい閉じている。普段はくくられている髪の毛もそのまま下ろされていた。
「おはよう。寝ぼけてるなら指摘しておくけど、髪結んでないよ」
「今朝はなんか全然上手くいかなくてさー。仕方ないから、久しぶりにおじさんに結ばせてあげようかなって」
遥は椅子にどっかりと座ると、後頭部をこちらに向けてくる。
どうやら結べといっているらしい。啓司は手を洗ってから、そちらへと近づいた。
「いつもの髪型でいいのか?」
「お任せ。かわいくしてね」
「じゃあいつものでいいか」
ゴムを受け取って、遥の真後ろに立つ。細い髪の間へ指を滑り込ませると、なんだかとても懐かしい気分になった。
昔……それこそ彼女がまだ本当に小さかった頃は、よくこうして髪を結んであげたものだった。仕上がりが気にくわないと拗ねてしまうものだから、いつの間にかヘアアレンジは啓司の特技の一つとなっていた。
「くあ……」
「眠そうだね。夜更かししてゲーム?」
「一日一時間っておじさんも知ってるでしょ。まぁ、ゲーム外でビルドとかを組んでる時間はゲーム時間に計算してないけど」
「今はALOにはいないんだよな。そんなにどっかのゲームは大変なのか?」
「なに、おじさん、寂しいの? 今、僕がやってるのはGGOってゲームだよ。ガンゲイル・オンライン」
残念ながら、乏しいVRMMO知識の中には含まれていないタイトルだった。
タイトルからなんとなく風景を想像をする。
「ふぅん。強風が吹き荒れてるゲームなのか?」
「なんで『ガン』を無視して『ゲイル』だけ訳したわけ? まぁ、そのGGOでもうじきおっきな大会があるの。第四回バレット・オブ・バレッツ! それに挑戦してみよっかなって思って、向こうで練習中」
「へぇ……大会か。ALOとは結構雰囲気が違いそうだな」
「世界観的にはALOの方が好みなんだけどね。でも向こうにいると、GGOのプロプレイヤーになるのもいいかなって思っちゃうなぁ」
「プロ?」
「GGOは珍しくプロがいるVRMMOだよ。ゲームを仕事にしてるの」
ゲームのプロ、という概念も珍しくなくなった時代だ。界隈に疎い啓司でも、その存在くらいはぼんやりと認知している。
しかしVRMMOでプロという言葉を聞くのは初めてだった。
「大会とかいってるし、格ゲーみたいなゲームなのか? ああいう競技性のあるゲームにはスポンサーがついたり、大会賞金で食べたりするプロがいるよな」
「うーん、それもゲームのプロだけど、GGOだとちょっと意味が違うかな」
説明に悩むように遥が首を傾げようとし、啓司は慌てて彼女の頭を手で固定した。
「違うって、じゃあGGOのプロってどんな感じなんだ?」
「GGOには通貨還元システムっていうのがあるの」
「通貨……還元システム? 聞き覚えがないな」
「まぁ、GGO以外にはないシステムだしね。要するにゲーム内のアイテムを、現実世界のお金で売ったり買ったりするための公式のシステムってこと」
啓司に何かを教えるのが嬉しくて仕方ない、とばかりに遥の声は浮かれている。
「だからGGOの一部上位プレイヤーはレアアイテムとかをたくさん手に入れて、それを売って生計を立ててるってわけ。収入は不安定らしいし、ひたすら狩りをすることになるし、色々大変なんだとはわかるけど、でもゲームを仕事にっていうのは魅力的だよねー」
そこまで語ってから、返事がないことに気づいたらしい。
彼女は身じろぎをして、視線をどうにかこちらに向けようとしてくる。
「…………おじさん?」
しかし啓司は、それどころではなかった。
「…………」
通貨還元システム。
たった今聞いたばかりの言葉が頭の中を転がっていく。それはまるで坂道を転がる雪玉のように、色々なものを巻き込みながら大きくなっていく。
カラーアップ・パーティー。遺物級武器。タイタンズ・ネイル。ビザンツ帝国。アルヴヘイム・オンライン。ガンゲイル・オンライン。ザ・シード。コンバート。ホワイト・コースト・カジノ。ファザー・グース。
ゴロゴロと転がり、やがてその重みに耐えかねたように思考が止まる。
本当に珍しく、啓司は全く無意識のうちに独り言を零していた。
「……じゃあ、それが答えじゃん」
知らず指先に力が入っていたのだろう。
髪を引っ張られた遥が、啓司の手の下で文句をいった。
「ちょっと、おじさん、痛いんだけど!」



