ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

三 かけがえのあるその理由 ⑥

「わかってるよ。だからこんな他のプレイヤーがいない場所に案内してもらったんだし、なんなら別に否定されればそれまでの話だ」

「いえ、正直にお答えしておきましょう。私はALOの運営会社の人間です」


 意外なほどあっさりと認めた、と内心で驚く。

 普通に否定されることも十分に想定していた。それはつまり運営会社の人間である彼女がオフの日に遊んでいるというだけではないことを意味している。


「そして弊社は何人かのプレイヤーを自社内で抱えています」

「自分の会社のコンテンツを楽しんでいるのは、別に悪いことじゃないと思うけど」

「いえ、それ以外に明確な目的を持って、ということです」


 そこまで話してから、バナナサンは首を傾げた。


「オクトーバーさんはALOの来歴をどのくらいご存じですか?」

「その聞き方をされると、一から説明してもらいたくなるくらいかな……」

「そうですか。ざっくりとした説明になりますが……元々ALOは弊社ではなくレクト社という会社のものでした。しかし色々あり、レクト社はALOを手放すこととなりました」

「色々?」

「詳しくはニュースサイトなどをご覧ください」


 派手にやらかしたということか、と雑に理解しておく。


「レクト社が放棄したことでALOはそのままサービス終了を迎えようとしましたが、いくつかの企業からの共同出資により弊社が立ち上げられました」

「つまり君の会社にとってALOは、えーと、表現が悪いけどもらい物ってわけか」

「その通りです。しかもレクト社からの引き継ぎが完全でなかったために、実のところ、ALOのシステムは弊社においてもブラックボックスが多いのです」


 自分が作ったわけでもなく、なおかつ説明書も不足しているシステム。エンジニアではないためにはっきりとはわからないが、全てを把握できないというのも当然のことだろう。


「あぁ、それで君が……というか君たちがいるわけか」

「はい。次に問題を起こせば、今度こそALOは終わりを迎えるでしょう。しかしブラックボックスを把握しきるにはまだ時間が必要です。なので現状できる最良の対策は、異変を素早く検知し、対症療法を行うことです」

「ゲーマーたちから身内として話を聞くために?」

「はい。結局のところ、ゲーム内で起きることに最も敏感なのはゲーマーですから」


 身内に対してなら口が軽くなるのは、どこの世界でも同じらしい。

 運営として話を集めようとするよりも、同じゲーマーとしての目線に立った方がわかることもあるという理屈は理解ができる。


「ゲームをするのが仕事……ってこと?」

「いえ、勤務中のログインも特例的に認められていますが、あくまで普通の社員です。私も運営会社の一員として、普通に仕事をしています。勤務時間外の趣味のゲームが、勤務の一環として組み込まれているような形です」

「しかしそうなると、君も大変だね」

「大変……とは?」

「会社の命令でゲームを始めたんだろ? 新しく趣味を増やすのは簡単じゃない」


 今まさに知らないものに挑戦している最中であることへの共感を示したが、しかしバナナサンの返事はきっぱりと首を横に振ることだった。


「そういう意味でしたら、ご心配には及びません。というか、私はALOの管理業務が移管されると聞いて弊社に入ったのです」


 こんな話をしていても、NPCのディーラーは気にせずに仕事をしてくれる。何度目かのゲームを進めながら、バナナサンが少しだけ懐かしそうにした。


「当時の私は大学生でしたが、弊社の立ち上げの報を聞き、即座に応募しました。当時決まっていた内定も放棄して、です」

「それはまた……思い切ったことをしたなぁ」


 詳細は知らないが重大な事件を起こした後、しかも新しい企業を立ち上げての新体制である。何かが少し掛け違っていればALOはすぐに廃れ、サービス終了してもおかしくなかったのではないだろうか。 


「それでも必要なことでした。ALOは失われるにはあまりにも惜しい世界でした。この世界はVRMMO界隈に必要だったのです」

「俺はここ以外はほとんど知らないけど、そういうものなのか」

「はい。魅力的な世界があることで多くの目がVRMMOに向き、その視線を求めてより多様な世界が生まれていく。ALOはその旗印たり得るものです」


 説明を聞きながら、オクトーバーは懐からトランプを取り出した。


「ねぇ、ディーラー。次のゲームはこのトランプでできる?」

「承知しました」


 ディーラーが頷く。

 なるほど、と内心で頷いた。気になっていたことがこれで一つ判明した。

 首を傾げているバナナサンに、気にする必要はないと手振りで示す。彼女は頷いてから、先ほどの続きの言葉を口にした。


「今のVRMMO界隈は、かなり理想的な環境といっていいでしょう。ザ・シードによって世界が多様化し、コンバートによって努力を費やしたキャラクターがサービス終了などに伴って消えることへの保証がある。緩やかにつながった仮想世界は互いに影響し合いながら、より優れた方向へと向かっています」

「君がそういうのなら、まぁ、そうなんだろうね」


 実感は伴わないが、自分よりもずっと仮想世界に慣れた人物の発言だ。オクトーバーはそれを素直に飲み込む。


「理想があって、それに向かって努力できる環境がある。素晴らしいことだね」

「そういっていただけると嬉しいです。世間的にはVR界隈への偏見は未だ根強いですし、もっと安定した職業を……と周りからいわれることも多いので」

「あはは、安定した職業どうこうについては俺はもう一生何もいえないよ。ギャンブラーやってたやつがどの口でって話になっちゃう」


 かつて自分をギャンブラーとしての道に駆り立てていた熱を思い出す。

 明日がどうなるとか、周囲にどう思われるとかはどうでもよくて、そうしないと生きている気がしないという衝動。

 それをバナナサンは今も抱いているのだろうか。だから不安定なベンチャー企業へと飛び込み、こうして昼夜もなく仕事をしているのだろうか。

 そのギラギラした感情を、少しだけうらやましいなと思う。


「ですが、現在はもう辞められたのでしょう?」

「俺が今、たこ焼き屋でのんびり生きていられるのは、たまたま知り合いに優しい人たちがいてくれたお陰だしなー」


 そこまでいって、ずっと棚上げしている懸念を思い出す。

 タイタンズ・ネイルを手に入れるかどうか。遥をなるべくVRMMOから遠ざけるかどうか。明確に肯定も否定もできないまま、こうしてズルズルと行動し続けてしまっている。

 急に黙ったオクトーバーをどう見たのか、バナナサンがかしこまった口調でいった。


「というわけで、改めてご協力をお願いいたします。カラーアップ・パーティーの動きには不審な点があり、私は立場上、それを見逃すことができません」

「……了解、了解。まだわからないことも多いけど、ちょうど取っかかりが一つ思い浮かんだところだよ」

「取っかかり、とは?」

「ねぇ、ほら、見てよ」


 オクトーバーは手を伸ばして、カードをつまんだ。ちょうど三枚目のカードをめくるタイミングが回ってきていたのだ。

 つまみ、ほんの少しだけ持ち上げ、ピタリとその動きを止める。


「オクトーバーさん……?」


 バナナサンが慌てたのは、先ほどもそれで注意されていたからだろう。NPCが怒るのかは知らないが、そろそろ注意の累積で外に放り出されてもおかしくない雰囲気だ。

 しかし、今度は違った。


「……あれ?」


 バナナサンがいぶかしげな声を出す。