ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

三 かけがえのあるその理由 ⑤

 今日はホワイト・コースト・カジノ以外のカジノへと入ることになっている。ALOのカジノ自体の仕様を確かめるためだ。

 なるべく人が少なくて、レッドドッグが行われているカジノ。事前に伝えていた条件に沿ったカジノをバナナサンは見つけてくれていたらしい。彼女は迷いなく先導していく。


「順当に考えれば、偶然でしょう。ビザンツ帝国は歴史上に存在した国の名前で、決してオリジナルなものではありません」

「まぁ、そうだな。だが何か意味があるとすれば……」

「……すれば?」

「わからん。まだ何も思いつかない」


 着いたのは街の隅、ほとんど一軒家と区別のつかない小さな店だった。店名は『カジノ・ムーンシャイン』。月光だとすればきれいな名前だが、恐らく由来は密造酒の方だろう。

 店内に入れば、やはりそこはグランドカジノとは比べるべくもない。

 足下は敷物もない板張り。壁はところどころで漆喰の剥がれた煉瓦造り。壁際でろうそくが揺らめいているが数が足りておらず、店内は薄暗い。


「どうだ、バナナサン。誰かプレイヤーはいるかな?」

「いえ、いないようです。そもそもカジノはALOにおいてあまり人気のあるコンテンツではありません。グランドカジノ以外は大抵はこのような状況にあります」

「ふぅん、じゃあ、適当に座るか」


 賭けが行われているテーブルも、ほとんど普通の家具みたいだ。

 レッドドッグが行われているテーブルを選んで座ると、NPCのディーラーが対応してくれた。こちらもなんというか、場末のカジノという状況に合わせてあるのか、ひどくぶっきらぼうな態度だ。

 ディーラーがテーブルに二枚のカードを並べる。

 この前、ホワイト・コースト・カジノで見たようにプレイヤーの手元に二枚ずつ配るようなことはしなかった。つまりあれはあのカジノが意図的に行った設定だということだ。

 適当に準備した賭け金で勝負を始める。

 三枚目のカードをめくるのはプレイヤーの権利として与えられているようだ。バカラでは絞りといって、勝負を決める感覚を楽しんでもらうために、プレイヤーがカードをめくる役割を担っている。このカジノではそれをレッドドッグにも適用しているらしい。

 オクトーバーは三枚目をめくるために手を伸ばし、


「おっと」


 その瞬間、脳内で鳴り響いた警報に首を縮めた。


「お客様」


 素早く動いたディーラーの手がオクトーバーの手首をつかむ。

 ひねり上げられたオクトーバーの袖口から、パラパラとカードがこぼれた。


「……オクトーバーさん?」


 向けられるバナナサンの視線に苦笑いする。


「やっぱ無理か。イカサマはバレるな」


 まだぎこちないなりに店員からは見えないようにやったはずなのだが、それでも即座に反応された。三枚目のカードをすり替えたことが、システム的に検知されたのだろう。

 幸いにして投獄されることも店から追い出されることもなかった。今行われていた賭けが強制的にオクトーバーの負けにされただけで、変わらずに席に座っていることができる。


「……心臓に悪いので、次からは先にいってください」

「いってなかったっけ。今日はイカサマ防止システムとやらをちょっと調べにきたんだよ。どんな感じなのかなって」

「事前に共有してください。私がお答えできる疑問もあるはずなので」

「んー、そうか。正直、気になってることは色々あるから、順に聞いてると朝になっちゃうしなぁ。あぁ、でも、一つ聞いていいか?」

「はい、どうぞ」


 会話の間にシャッフルが終わり、二回目のギャンブルが始まる。

 オクトーバーが賭け金を乗せ、次にバナナサンが手を伸ばした。その瞬間を見計らって、オクトーバーは自然な口調で問いかける。


「――バナナサンってALO運営の人?」

「わひゃあっ!?」


 とんちんかんな声とともに、バナナサンがびくりと反応する。彼女の手が跳ねるように動き、テーブル上に置かれていたチップを弾き飛ばした。


「お客様」

「す、すみません……!」


 オクトーバーには聞こえなかったが警告が鳴ったのだろう。バナナサンの賭け金が即座に回収される。

 なるほど、と内心で納得する。イカサマ防止システムとは名がついているが、ゲームの正常な運行から外れたものを検知する仕組みらしい。多分イカサマ目的でなくとも、ルールに則った動き以外でカードやチップを動かせば、即座に叱られるようになっているようだ。

 それよりも、目下の問題は見る見る顔を赤らめているバナナサンである。


「なっ……なっ……」

「大丈夫? 水飲む?」

「へ、平気よ……! そ、それより、何を根拠にそんなことを……! ALOが弊社コンテンツだなんて証拠がどこにあるのよ!」

「今、『弊社』っていった?」

「いってない!!」


 そこまで大声でいってから、キャラ作りを思い出したらしい。

 バナナサンはごほんと大きく咳払いをして、視線をまっすぐに固定した。


「……一体、何を根拠に私がALO運営の人間だといったのでしょうか」

「あ、君がどこかで口を滑らせて社員じゃないとわからない情報をいったとかではないから、そこは安心していいよ」

「ですが何か根拠はあったのでしょう?」

「具体的な根拠があったわけじゃないんだけど……そうだな……遺物級武器ってなんだっけ? 教えてもらっていい?」


 突然の質問に、バナナサンは不思議そうな視線をこちらへと向けてきた。しかし彼女は素直に答えを口にする。


「サーバー当たりの本数が決まっているとされている武器を指す俗語です」

「うん、それ。その説明が他の人とは違ってたんだ。最初に引っかかったのはそこ」

「……はい? 私が口にしたのは遺物級武器の一般的な説明かと思われますが」

「違うよ。俺が知ってる他のプレイヤーは遺物級武器をこういってた。『サーバー当たりの本数が決まってる武器』って」

「…………。同じ説明では?」

「違うよ。君と他のプレイヤーの説明は、伝聞か断定かだよ。君は他のプレイヤーが断定的に語る情報を、不確定な情報であるかのように留保して語ることがある」

「…………」

「その理由は何だろうなって考えて、少し調べてみたりもしたんだけど、一番それらしい理由はコンプライアンスであるように思えた」


 オクトーバーはギャンブルを、カードをめくる段階まで進行する。それから三枚目のカードに手を伸ばし、ほんのわずかにめくり、そこでぴたりと動きを止めた。


「お客様」


 警告。ディーラーのお叱り。賭け金の没収。

 進行の意図的な妨げも、やはり注意の対象らしい。


「遺物級武器って名称は俗語だ。本数が制限されているって話も、あくまで該当のクエストが発生しなくなるとか、そういう状況証拠から推測されているに過ぎないらしいね」


 この辺りの話は遥に聞いても回答があやふやだったので、自分で調べる必要があった。端末を使って検索し、攻略ウィキなどを見れば済む話ではあったが。


「でもプレイヤーは『サーバー当たりの本数が制限されている』って言い切る。別に厳密な言葉遣いをする必要はないしね。もしそれをいえないとしたら――」

「――『制限されている』ということを知っていて、なおかつそれが公表されていないことを知っている人物。つまり運営というわけですか」

「コンプライアンスをきちんと守って、公開情報以外を丁寧に隠そうとした結果だね」


 一ゲームが終わり、バナナサンの賭け金が回収される。

 負けましたとばかりに彼女は両手を挙げたが、向けた先はディーラーではないだろう。


「…………。これから先の話は全てオフレコでお願いします」