ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー
三 かけがえのあるその理由 ④
結論からいうと、五分に及ぶ泥仕合の末にオクトーバーは爆発四散した。
「あはははは! それでぐったりしてるんだ!」
サラマンダー領の首都ガタンの一角、人の少ないバーでメフメトが声を立てて笑った。
半地下に設けられたそのバーは、内部に水路が張り巡らされており、外の砂漠の暑さに比べると寒いくらいの室温だ。そのせいで思わず頼んでしまったジンジャーコーヒーを飲みながら、オクトーバーは苦笑いする。
「今日はフィールドでずっと狩りだよ。この後も何日かは狩りをし続けるかな。まぁ、これは往復に何度も知り合いを付き合わせるのが悪いってだけだけど」
ALOの移動の基本は徒歩か飛行である。城が上空にあるこの時期であってもアインクラッドからガタンまで帰ってくるとなれば、二時間くらいは覚悟しなければならない。
「それにしても本当にお話をしにきてくれるとは感心、感心」
「装備を奢ってくれた恩もあるし当然だろ」
今はバナナサンと同行してはいない。彼女も当然一人のプレイヤーなので、オクトーバーにつきっきりとはいかない。オクトーバーの練習にしばらく付き合っていた彼女は、別件の用事でアインクラッドへと戻ってしまった。
今のところ、オクトーバーの実力だけではアインクラッドまでの行き来はできない。
少し暇ができたオクトーバーはガタンへと赴き、そこで街をうろうろしていたメフメトに出会ったのある。最初の日の約束通りに、ここしばらくの冒険の話でもしようかと、こうして二人でバーにいる。
相変わらずメフメトは毛玉のように髪の毛に覆われている。椅子に座ると、その髪の先端は完全に地面をこすってしまっていた。
現実だったら実現できない長さだよなぁ、と眺めている先でメフメトが首を傾げた。
「カラーアップ・パーティーに挑戦して、惨敗して、似た目的のプレイヤーと協力し始めて……うんうん、素晴らしいね! 大変グッドだね! 君にしかできない冒険だ!」
そういって喜ぶメフメトは、心なしか肌がつやつやしている。
オクトーバーの事情については大体話してある。現実の知り合いに頼まれてカラーアップ・パーティーに挑戦していること、目的がタイタンズ・ネイルであること。
逆にバナナサンのことについてはかなりごまかした。彼女の事情を話すことは許可を取っていないし、他人のことを吹聴する趣味もない。
『カラーアップ・パーティーを攻略したがっているプレイヤーと知り合って、資金提供などで助けてもらっている』くらいの説明のみだ。幸いにしてメフメトも、その辺りの細かい要素を突っ込もうとはしなかった。
「オクトーバーくんがリアルのギャンブラーだとは驚いたなぁ。メフメトちゃんの『リアルでは天才ギャンブラー』って予想は大当たりだったんじゃん! 嘘つきー!」
「天才じゃないから嘘じゃないよ。ギャンブラーだっていわれてたら頷いてたかもね」
「その友達とは今一緒じゃないんだっけ? じゃあしばらくはガタンにいるの?」
「本当は俺にイベント参加を頼んできた知り合いに、第七層まで送ってもらおうと思ってたんだけどな……」
遥は間違いなくやり込んでいる側のプレイヤーだ。アインクラッドまでの送迎くらいはわけないだろう。
そう思って頼んでみたのだが、しかし遥からの返事は予想していなかったものだった。
「今はコンバートして別のゲームで遊んでるんだってさ。だからこっちの世界にはいないから、まぁ、アインクラッドまではしばらく戻れないかな」
そういうとメフメトは前髪でほとんど見えない表情を、奇妙な感じに歪めた。
「それ、どういう表情?」
「不思議そうな表情、かな。単に興味本位で聞くけどさ、その子ってオクトーバーくんの恋人だったりするの?」
「いや、別に。関係性を言葉で表現するとすっごい遠いやつになるよ。知り合いの知り合いくらいの表現」
「じゃあなんでそんなに優しくしてるのかなってちょっと気になって。頼まれたからゲームを始めて、こうしてずっと頑張って、すごい甘くない?」
ジンジャーコーヒーをまたすする。生姜によって腹の底から温まるような感じがする……代わりに耐寒性能向上のバフアイコンが視界の隅に現れた。
「そうかな?」
「メフメトちゃん的には、そう」
「でも俺の答えは違うな。なぜ優しくするのか、なんて疑問に答えは要らないよ。優しくすべきで、優しくしていい相手が近くにいてくれるのはとても恵まれたことだからね」
多分、それがオクトーバーにとって最も端的で誠実な答えだった。
仕方のないことだが、メフメトにはピンとこなかったのだろう。彼女は首を傾げ、その角度に従って大量の髪の毛が滑り落ちた。
「まぁ、いいや! 変な人は私好きだし! それより、アインクラッドに戻りたくなったらメフメトちゃんに連絡をしなよ。暇があったら手伝ってあげるからさ」
「いいのか? 初日にも手伝ってもらって、またってのは気が引けるんだけど」
「優しくするのに理由は要らないって、今君がいったんでしょー。メフメトちゃんは他人の発言を一度は鵜呑みにするいい子ちゃんなのだよ!」
モンスター相手に戦うのも割と楽しいが、ずっとそうはしていられない。バナナサンをまた呼ぶよりも、ガタンに滞在しているらしいメフメトを頼る方が確かに楽だし早いだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて……帰るとしたら明日明後日辺りかな」
「あ、それと一つ面白い情報をあげよっか?」
「なんだ? 初心者向けの狩り場情報とか?」
「それもいいけど、メフメトちゃんみたいにずっと色んな人と話してると、不思議な情報が耳に入ることも多いのだよ」
くい、と指で示されて、オクトーバーはテーブルに身を乗り出す。メフメトはオクトーバーの耳を無造作につかんで、そこに顔を寄せた。
「カラーアップ・パーティーはプレイヤー主導のイベントだよ。だから当然、その裏にはプレイヤーがいる。イベントを主催しているプレイヤーやギルドがね」
「まぁ、そうだな。表に出ているディーラーかもしれないし、本当に運営に携わっているだけの誰かがいるのかもしれないし」
「じゃあ、その名前を知ってる? カラーアップ・パーティーは一つのギルドによって開催されてるんだけど、その名前を」
「……いや、そういえば聞いてないな」
「メフメトちゃん、この前それを知ったんだけどね、聞いた時はびっくりしちゃった。これが単なる不思議な符合なのか、何かを意味しているのかはわからないけど――」
メフメトは潜めた声で、その名を口にした。
「カラーアップ・パーティーを開催しているギルドの名前は『ビザンツ帝国』だよ」
オクトーバーがアインクラッド第七層へと戻ったのは、それから二日後だった。
「お久しぶりです。その後、調子はいかがでしたか?」
「二日ぶり? 聞いてくれよ、あのオオカミのモンスター三体に勝てたぞ!」
「素晴らしい! 初心者プレイヤーが初日に上げる平均的な戦果です」
「そういうこというなよ。悲しくなるだろ……」
ウォルプータの街を歩き出す。
ここを訪れるのも何度目かだが、ホワイト・コースト・カジノ周辺ばかりを歩いているため、街の全体像は今一つ頭に入っていない。
「わざわざここまで送ってくださるとは、素敵なご友人をお持ちのようで」
「ありがたい話だよ。紹介しようかと思ったんだけど、門の辺りですぐに帰っちゃってな。まぁ、カジノにもイベントにも興味がないみたいだから仕方ないか」
「それで……そのご友人からいただいた情報についてですが」
「あぁ、あれね。どう思う?」



