ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

三 かけがえのあるその理由 ③

「というか、個人的には純粋なギャンブルはPvDのゲームだけだと思うんだよな。スポーツ選手をギャンブラーとは呼ばないだろ? プロゲーマーだってギャンブラーとは呼ばれない。同じようにPvPの、ポーカーのプロとかは選手であって、ギャンブラーじゃない」


 そんな持論を語りかけてから、慌てて口をつぐんだ。『またおじさんの自分語りが~』という遥の声が聞こえてくるようだった。


「ではPvDのゲームの話ですか。あなたはそれを専門としていたと?」

「大体はね。それで、じゃあ、この前見たからレッドドッグを例に挙げようか」


 ウインドウを操作して、トランプを実体化する。

 それを緩慢な手つきでシャッフルして、カードを配った。


「レッドドッグのルールは簡単。まず賭け金。次に二枚のカードが配られる。プレイヤーが賭け金を増やすかどうか選べる。そして三枚目のカードが配られることで勝敗が決定する」


 言葉の順に従って、ぱっぱと地面にカードが並べられる。

 その動きをバナナサンが目で追ったのを確認してから、オクトーバーは肩をすくめてみせた。


「それで……上手いプレイヤーはここの間、何をするの?」

「当然、その手順に従って動くだけです」

「じゃあ、下手なプレイヤーは?」

「当然、その手順に従って……」


 バナナサンの語尾は曖昧に溶けていった。彼女は自分が何を口にしかけたのかに気づき、ゆっくりと目を見開く。

 オクトーバーは頷いた。


「そう。特にPvDのギャンブルに技術介入の余地はない。上手いプレイヤーも、下手なプレイヤーも、やることは変わらない。同じルールで動くだけだ」


 レッドドッグでいえば、最も広く知られている基本的なルールに則るのならば、プレイヤーがカードに触れる瞬間すら存在しない。


「イカサマとかについては一旦置いておこう。もちろん、上手な賭け方というものはあるよ。なるべく損を減らして、得を大きくしやすくなる賭け方。けどそれだって万能じゃないし、勝敗に直接関われるわけでもない」


 だから、とオクトーバーはカードを回収し、一つに重ねた。


「『凄腕のギャンブラー』なんて存在しないんだ。ギャンブルをする時に上手い下手なんて概念は存在しないからね」

「……ですが、あなたはギャンブラーとして何年も活動されていました。つまりギャンブラーとして生きていける、生きていけないを決定できる要因はあるのでは? そうでなければもっと多くの人が賭け事で食べ行こうとすることでしょう」

「うーん、どう答えたものかな」


 と悩みそうになったが、その答えはすぐに見つかった。

 そういえば昔、遥にこんな話をしたことがあったはずだ。確かあの子が啓司に倣ってギャンブラーになりたいと言い出した頃に。

 オクトーバーはカードを二枚、地面に伏せた。


「例え話だけど、ここに二枚のカードがあるでしょ」

「はい。何かのギャンブルですか?」

「今から君がどちらか一枚を選ぶとする。片方を選べば君の預金に百万円追加される。もう片方を選べば君の預金から百万円失われる。さて、どちらを選びたい?」

「……はい?」

「あぁ、百万円っていうのはある種のトークンだよ。君が絶対に欲しくて、絶対に失いたくない金額ならなんでもいい。もっというなら別にお金じゃなくてもいい。要は賭ければ何かを得られるかもしれなくて、何かを失うかもしれないって状況の可視化だから」


 最初の日に助けてくれた時からバナナサンがいい人物だというのは疑っていないが、こんな唐突で突飛な例え話にも真剣に向き合ってくれるという新たな長所を発見した。


「二枚のカードに判断基準などは存在しない?」

「うん、しない。純粋な確率の話」


 彼女は顎に手をやってしばらく真面目に考えていたが、中々答えを口にしようとはしなかった。そしてそれが答えなので、オクトーバーはカードを二枚とも表にする。


「そうなるよね。『どちらを選びたい』の答えは『どちらも選びたくない』だよ。だって百万円を取られちゃうのは怖いから」


 得られる可能性よりも失う可能性を重く見て、そこに怯えるのは人間の本能だ。

 そしてその本能が正常に働いていることは素晴らしいことである。


「……ここで何らかの手段を講じれる人間がギャンブラーということでしょうか?」

「それも違う。さっきもいったけど、基本的にギャンブルに技術介入の余地はない」


 でも、とオクトーバーは笑った。

 かつてそこにいた人間の矜持として、せめて楽しげに笑った。


「それでも俺たちはどちらかを選ぶことができる。五十パーセントの栄光と五十パーセントの破滅を平等に眺めた上で、本心からどちらかを選ぶことができる」

「お話が矛盾していませんか? 判断基準はないという話だったはずです」

「変な話だろ。でもそうなんだ」


 きっとそれは生まれた時からオクトーバー――巴啓司の胸の内側にあった。それができるのだと信じて疑ったことはなく、だからなぜそうしないのかと疑問だった。

 まぁ、少なくとも、昔はそうだった。


「結局、根拠はなんでもいいんだ。数字でも信仰でも運勢でも勇気でも自棄でも。なんでもいいから何かで確信を得て、確率論と結果論でしか語れない勝負に平気で踏み出せるやつ。そういうやつがたどり着く道の一つがギャンブラーなんだよ」

「それは……しかしそれでは踏み出したものの半分、あるいはほとんどは死ぬのでは?」

「そうだね。目隠しして綱渡りをするようなものだし。けど踏み出せば、誰かは生き延びる。ギャンブラーなんてそうやって生き延びた人が語る称号だよ」

「あなたもそうだと?」

「そうだった、かな。ギャンブラーは辞めちゃったから」


 そこまで語って、いささか郷愁に浸りすぎていたことに気づいた。

 オクトーバーは強いて軽い仕草で肩をすくめる。


「まぁ、つまり技術的に上回られていたなんてことは、実はそんなに問題じゃない。技術的に上回られたことは、ギャンブラーとして劣っていることにはならない」

「詭弁にも感じますが……了解しました」

「まぁ、向こうがディーラーとして出てきたら話は別だけどね。ディーラー側には技術介入の余地があるから、色々困ったことにはなりそうだ、ははは」

「『ははは』では済まないんですが?」


 ガサガサと音がする。

 慌てて周囲を見回せば、フィールドで話し込んでいる間にモンスターに捕捉されてしまったらしい。オオカミにも似たモンスターが三体、こちらを睨みつけている。


「うわ、怖……。バナナサン、敵だ」

「ええ、敵です」


 バナナサンがまた魔法で援護してくれるのだろう。オクトーバーはそう予想していた。

 しかし予想に反して、バナナサンは詠唱を始めないままするすると空に浮かび始める。上空数メートルに位置するのは、完全に戦闘から離れようとする構えだ。


「あれ? 逃げるのか? そんなに強い敵か?」

「いえ、そろそろレッスンの段階を一つあげようかと」


 バナナサンは無表情のままだったが、どう見てもその内側のプレイヤーは笑っていた。


「今回は一人で戦ってみましょうか」

「嘘だろ!? 三体相手に!?」

「大丈夫です。装備とスキル熟練度からすれば、勝機はあります。それに今回は地上に足がついていますから」

「だからってさぁ!」


 なんて話していても、モンスターがこちらの動きを待ってくれるはずがない。空を飛んだバナナサンより、地上にいるままのオクトーバーの方が与しやすいと判断したのだろう。あるいは見るからに弱そうな方から狩るつもりなのか。

 じりじりと散開しながら距離を測るオオカミたちに、オクトーバーも慌てて立ち上がってランスを握り込む。


「あぁ、もう! やってやるよ!」