ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

三 かけがえのあるその理由 ②

 SAOのゲームに外部から干渉することは誰にもできなかったが、内部のプレイヤーのステータスなどは観測できていたらしい。

 政府の担当者の話によれば、遥はトッププレイヤー層の一人だったようだ。


「ひぃ……ひぃ……おじさん、冷ましてから出してよ!」


 こんな小さく弱々しい生き物が、命がけの世界でその先頭を走り抜けていた。その事実を啓司は未だによく飲み込めていない。そんな姿を想像できない。

 あるいは、小花さんのいっていたように、そこに死の恐怖などなかったのだろうか。

 ゲームの中という異常空間はそうした危機感すらも麻痺させ、だからこそ遥はデスゲームを戦い抜き、今もVRMMOをやっているのだろうか。


「冷めたたこ焼きなんてたこ焼きじゃないだろ」

「ただの店員のくせに! それっぽいこといいやがってー!」


 ぎゃあぎゃあと文句をいう遥の顔をどれだけ眺めても、その答えは見つからなかった。

 

 バナナサンの詠唱が完成し、魔法が発動する。

 光の帯のような魔法は宙を割いて飛び、空中を飛んでいた鳥型モンスターへと直撃した。ダメージは発生しないが、帯が巻き付くように動き、そのモンスターを釘付けにする。

 本来はそれほど拘束力のある魔法ではないらしいのだが、この辺りはかなり初心者向けのエリアであり、トップ層ではないとはいえバナナサンは熟練のプレイヤーである。モンスターの動きは完全に止まり、数秒間は動けないままだろう。


「止めました。今です」

「了解!」


 その声に応じてオクトーバーはランスを右腕で抱え直す。

 同時に左手でスティックを操作。動きに従って背中の羽が輝き、推力を生み出す。相手は静止した鳥。こちらの体勢は万全。


「そりゃああああああっ!」


 オクトーバーは勢いよく突っ込み、


「って、あれぇええええええええっ!?」


 目標である鳥の右横一メートルを通過した。

 当然、槍の切っ先は何も捉えない。加速をつけるために降下気味に飛んだのが悪かったのだろう。オクトーバーは空ぶった勢いのままに地面へと激突する。

 衝撃とエフェクト。

 地面に小さなクレーターを作ったオクトーバーの体は二回もバウンドし、自身のHPを派手に削りながら止まった。


「…………」


 仮想世界とはいえ、墜落というのは人間の本能に訴えかける恐怖があるようだ。放心状態になるオクトーバーの耳に破砕音が届く。

 鳥型モンスターを粉砕したバナナサンが、無表情のままやれやれと首を振っていた。


「オクトーバーさん、真面目に狙っていますか?」


 多分呆れているのだろうと思う。

 けれど、その裏に隠された意図があっても今のオクトーバーには読み取れないので、素直に聞いておくことにした。


「それって呆れ顔?」

「はい、呆れています」

「許してくれ。結構真面目に狙ってるんだよ、あれでも」


 どっこらしょ、と体を起こす。

 幸いにして欠損はないようなので、用意していたポーションを実体化した。


「自分でもびっくりだ。ぜーんぜん当たらない」

「フルダイブ不適合という症状が存在しますが……」

「え、あぁ、違う違う。なんか初期設定の時にチェックあったけど、その手の症状はなにもなかったよ。つまりシンプルに運動神経がないんだ」

「運動神経がない」

「ていうか多分、人間は三次元方向に飛ぶように頭ができてないって」


 両足を地に着けた状態で槍を構えて走るなら、それなりに当てられるのだ。平面を移動して二つの軸を合わせるだけならばオクトーバーも対応できた。

 しかし空を飛んで、敵に対して合わせるべき軸が三方向にまで発展すると、途端にあの有様である。バナナサンに手伝ってもらって相手を止めてすら、さっきから一度も攻撃を当てられていない。


「歳を感じちゃうなー。全然空に適応できてない」

「オクトーバーさんは恐らく私とそれほど年齢が変わらないかと思われますが」

「かもなぁ。バナナサンはそうやってスティックの補助もなしに飛べてるのになぁ。じゃあシンプルに俺の頭がカチカチってことなのか」


 そこまで考えてなんだかがっくりきてしまった。


「はぁー、ちょっと休憩にしない? ここまで案内してもらっておいてなんだけどさ」


 オクトーバーたちがいるのはアインクラッドではない。

 第七層を抜けて地表へと降りてきた後、サラマンダー領近郊の狩り場へと足を運んでいたのだ。オクトーバーがALOへと慣れるための訓練の一環である。


「いえ、確かにもう何時間も移動しっぱなしですので。休憩を挟むには頃合いでしょう」


 バナナサンも飛行を止め、地面へと降り立つ。オクトーバーの傍で彼女はちょこんと正座をした。

 周囲を警戒する素振りもないが、さすがにこの辺りの敵は彼女にとって警戒にすら値しないのかもしれない。カラーアップ・パーティーの裏を暴くという目的のためとはいえ、金銭面の援助にここまでの護衛にと色々とお世話になりっぱなしである。タイタンズ・ネイルを手に入れることへの迷いはまだあるが、せめてバナナサンには報いたいものだ。

 そんな考えを察したのか、バナナサンが話を振ってくる。


「不躾なことをお聞きしていいですか?」

「いいよ、どうぞ。俺と君の仲じゃん」

「私たちが一体どういう仲だと? ともかく、質問はファザー・グースさんについてです。あるいはカラーアップ・パーティーの調査そのものについてですが」


 こほん、と一度咳払いをして、バナナサンは姿勢を正した。


「私はあなたが高いギャンブルの技術を持つという前提から、調査に協力を要請しました」

「そうだね。俺が現実でギャンブラーだったから」

「ですが聞いたお話では、ファザー・グースはあなたの技術を上回ってみせました。これはどのくらいの障害であり、調査にどの程度の影響を及ぼしますか?」

「…………」


 オクトーバーは少し黙り込んだが、それは質問が不躾だったからではない。

 むしろその逆だ。

 バナナサンはこれを失礼な質問だと認識している。オクトーバーの技術に疑問を呈しており、だから彼が怒るかもしれないと。しかし実際のところ、それは根本的な思い違いだ。

 思わず笑みを零して、オクトーバーは首を振った。


「何も。そこには問題なんて何一つないよ」

「ですが……」

「そもそもギャンブラーに対して凄腕だとか下手だとか、そういう表現を当てはめること自体が、ある種の錯誤を含んでいるんだ」


 今の自分の目でもはっきりとわかるほど、バナナサンは怪訝そうな顔をした。


「あなたは現実で何年も活動したギャンブラーです。つまりあなたは卓越したギャンブラーということになります。違いますか?」

「厳密にいえば、違うよ。どこから説明したものかな」


 空を見上げて、言葉を探す。


「ゲーマーっぽい表現をしようか。カジノのゲームは大別して二つある。つまりPvPと、PvE……いや、正確にはPvDかな。エネミーじゃなくて、ディーラー。プレイヤー対プレイヤーのゲームと、プレイヤー対ディーラー、つまりはカジノ側のゲーム」

「PvP形式はつまり、ポーカーなどでしょうか。カジノはあくまで場を提供するのみであり、金銭のやりとりはプレイヤー間で行われます」

「そうだね。それで、PvPのゲームについては今は置いておこうか。あれはきちんと競技性があって、技術が介入する余地があって、つまり上手い下手がある。強いプレイヤーはきちんと強い。けど俺の専門じゃないし、今回の話には関係ない」


 脇に寄せる仕草をしてみせると、オクトーバーが抱えた空想の箱をバナナサンは律儀に視線で追った。