ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー
三 かけがえのあるその理由 ①
「おじさん、たっだいまー!」
店の扉を勢いよく開けて、遥が帰ってくる。
店番をしていた啓司は、皿を洗っていた手を止めて入り口の方を見た。
「店の方から入るとお客さんの迷惑だって宗佑さんが怒るぞ」
「えー、いいじゃん、別に! 誰も気にしないでしょ!」
実際、この時間帯に店内にいるのは常連客ばかりだ。遥が騒がしく入ってきたところで、向けられるのは微笑ましそうな視線くらいである。
空いていたカウンター席に腰掛けて、遥が足をぷらぷらと揺らす。
「おじさん、オヤツ!」
「はいはい。ちゃんと勉強してきたか、中学生?」
「中学生っていうな! 正確には中学生でもないし!」
そう頬を膨らませる遥が着ているのは、帰還者学校の制服だ。SAO事件後に設立されただけあって、特徴的で近代的なデザインをしている。
SAO事件の生存者――SAO生還者の中で学生だった人たちをまとめて受け入れるために作られたその学校は、在校生の年齢がバラバラなために必然的に単位制になった。なので遥の中学生ではないという主張も、一応は正しいことになる。
しかし啓司はたこ焼きを差し出しながら、すげなく首を振った。
「中学生の勉強をしているうちは中学生だよ」
「見てろよ~、来年には高校生だからな~!」
遥は思い切りふくれっ面を作ってみせる。
啓司は笑いながら、しかし反射的にその表情の裏を探っていた。いかにも子供らしい遥の態度は嘘ではないが、しかしかすかな演技もそこにはある。
きっと、遥は少しだけ日常を演じている。
無理をしているわけでも、トラウマを隠そうとしているわけでもない。単に二年もの間、彼女は現実世界から遠ざかっていたのだ。だから本来、蓬田遥という少女がどんな風だったかを彼女自身も忘れかけていて、おっかなびっくりと試しているのだろう。
そしてそれはSAOがクリアされて一年あまりが過ぎた今でも続いている。あるいはこれからずっと、その習慣は遥につきまとい続けるのかもしれない。
命の危機に脅かされず、健やかに育った『本当の蓬田遥』。そのありもしない幻影を彼女は探していて、そしてそれを注意する権利も止める権利も、啓司にはない。
「そういえば遥、ちょっと聞いていいか?」
「うん、何? はふっ、熱っ、熱っ!?」
たこ焼き屋の娘だというのに、遥はいつまで経ってもたこ焼きを食べるのが下手だ。できたてを口に放り込んで慌てている彼女に、啓司は先に用意していた水を渡した。
「君ってなんでタイタンズ・ネイルを欲しがってるの?」
今更のようにそれを聞いたのは、きっと今朝の小花さんとの会話が尾を引いているからだ。もちろん、それを表情に出すことはしないが。
幸い遥は唐突な質問を疑問にすら思わなかったらしい。必死に舌を冷ましてから、彼女はテーブルに肘をついた。
「おじさんもそろそろALOのことが多少はわかってきたでしょ? じゃあ、ALOで一番ユーザーの自由にならないものは何だと思う?」
「自由にならないもの? んー、クエストの成否じゃなくて、ロールプレイの幅でもなくて……モンスターのポップとか?」
「それっぽい単語を使うようになったじゃん。でも違うよ」
遥は指を左右に振ってみせる。
「答えは、武器の外見だよ」
「うん? 外見?」
思わずオウム返しにしてしまう。
啓司にピンとこないのは想定通りなのだろう。遥は構わずに言葉を続けた。
「ALOの武器は大きく分けて三種類。クエスト産、NPCショップ産、そしてプレイヤーメイドだよ。で、今話題にしたいのはプレイヤーメイドについて」
「プレイヤーメイドは……そういうスキルを取ったプレイヤーが作っているやつか」
「そう。プレイヤーメイドの武器は制作した時点でシステムに自動的に名前と外見を割り当てられるの。名前と外見は紐付いてるから、同じ名前の武器は同じ外見になる」
鍛冶の振りなのか、遥が手を上下に動かす。
「で……問題は未知の素材とか未知のレシピとかを試す場合、完成するまでプレイヤーもその名前と外見はわからないの。つまり事実上、望んだ外見の武器を作ることは不可能ってこと。まー、オカルトは色々あるんだけどねー」
そこまで説明されてようやく話がどこに進んでいるのかを理解する。
つまりこれはどうして遥がタイタンズ・ネイルを欲しがっているのか、という説明だ。
「君がタイタンズ・ネイルを欲しがっているの、あの外見が理由なのか」
脳裏をよぎるのは初日に見かけたタイタンズ・ネイルの姿。
人の爪のような刃と、生物的なパターンで管が絡み合った柄。およそ似つかわしいものが思い浮かばない、異形の両手斧。
同じものを思い浮かべているのだろう。
遥の目が細められる。その視線が向いているのは過去、つい数年前まで彼女が命をかけて戦っていた戦場だ。
「あの武器、僕がSAOで最後に使ってた武器と瓜二つなんだよ。あの頃は全然違う名前だったんだけどね」
どうしてALOで同じ外見の武器が生成されたのかなー、と不思議そうに遥が呟く。
しかしその疑問自体は彼女にとっては些事らしい。さほど掘り下げることもなかった。
「僕、これでもALOには結構詳しいけど、あの外見の武器は初めて見たよ。多分、製法もどこにも共有されてないと思う。一体どこの誰があれを作ったんだろ?」
プレイヤーメイドであるということはゲーム内のどこかにレシピなどが存在しているのだろう。しかしそれが公開も共有もされていないということは、『タイタンズ・ネイル』という武器を手に入れたいのならばあの一本を狙うしかない。
「……道理で遺物級武器を欲しがらないはずだ」
「あー、サーバー当たりの本数が決まってるやつ? やだやだ、そういうのを手に入れるとしたら正規手段でやんなきゃ! ギャンブルの景品でなんてつまんないじゃん!」
啓司はどういった表情を浮かべたものか迷った。
遥が欲しがっていた理由はわかった。かつて文字通りに命を預けていた相棒。それが目の前に現れたのだから、手に入れたくなる気持ちは理解できる。
しかし……逆にいえばそれだけだ。
「……遥、他に事情があるなら、話すのはここがラストチャンスだぞ」
「他の事情?」
「実は壮大な陰謀が……とか。誰かの命がかかっていて……とか。なんでもいいから、外見以外の理由でタイタンズ・ネイルを欲しがる理由があるなら、今、ここで話しておいてくれ」
「えー、何それ! おじさん急にどしたの?」
遥はきゃっきゃと笑ってから、ごく自然に首を振った。
「手に入れたら僕が嬉しい。それ以外に理由が要る?」
「…………」
あってくれた方が嬉しかった。
もしタイタンズ・ネイルの入手に誰かの命がかかったりしていれば、あるいはそうでなくともとてもシリアスな理由があったならば、啓司はこのまま目的に突き進むことができただろう。そこに迷いは一切生じなかったに違いない。
しかし遥があの武器を欲しがっているのは、ただその外見と思い出だけが理由だ。
逆にいえば手に入れられなくても、大きな問題はなにも起こらない。遥は悲しむし、啓司は怒られるだろうが、別にそれだけだ。
タイタンズ・ネイルを入手しないで欲しい。
そう頼んできた小花さんの表情を思い出す。VRMMOから娘をできるだけ遠ざけたいという気持ちだって、啓司には理解できる。
理解できてしまうから、小花さんの頼み事も検討してしまう。
「武器のリネームってできたかなー? 手に入れたら昔の名前に変えちゃいたいなー……あっつ!? ひぃ、あっつい!?」
またたこ焼きを口に放り込み、また熱がっている少女を眺める。



