ソードアート・オンライン オルタナティブ ギャンブラーズ・オナー

幕間 2022/11/13

 病院の庭のベンチから見上げる空は、ビニールのように薄っぺらだった。


「よう、啓司。そんなとこにいたのか」


 背後からかかった声に、啓司は頭を逆さまにして視線を向ける。


「彼方。どうだった?」

「どうだったっていわれてもな……ゴツいヘルメット被って、ただ眠ってるようにしか見えねーよ。とても……」


 そこで蓬田彼方は言葉を途切れさせた。


『とても命がけの事件に巻き込まれているようには見えなかった』だろう。

 SAO事件が始まって一週間。

 被害者となったプレイヤーたちは各地の病院へと順次移送されているらしく、蓬田遥もまたこうして病院へと運び込まれた。彼方と、そしてまだ病室に残っているのだろう宗佑さんたちは、遥のお見舞いをしていたところだ。

 啓司はだらりと足を伸ばし、視線をまた空へと戻す。


「……日頃は家族ぶってても、こういう時はやっぱむなしいもんだな」

「ヒデーよなぁ、病院も! 見舞いくらいいいじゃんなぁ!」

「近親者のみって決まりなんだから仕方ないだろ。俺は近親者じゃない」


 そう、遥が『お兄ちゃん』と呼んでくれていたところで、実際に家族であるわけではない。だから病室には入れず、それがわかっていたのに病院にこないという選択もできなくて、こうして病院の庭でふてくされているのだ。


「まぁ、でも遥も喜んでると思うぜ。啓司がアメリカからわざわざ駆けつけてくれてさ!」

「気休めいうなよ。俺がきていることが伝わってるわけがない」

「冷めたこというなよ。遥は俺よりもお前に懐いてたじゃんか。俺なんて『お兄ちゃん』なんて呼ばれたことないぜ?」

「それはお前が意地悪ばっかするからだろ。泣いた遥を探すの、いつも俺だったんだぞ」

「逆にいうとお前がいつも探してくれるから、心置きなく意地悪できたわけだ」


 彼方は笑って、それからため息を零した。

 ベンチの隣へと彼方が腰掛けてくる。


「聞いたか? これからあいつらは命がけでゲームを攻略しなくちゃいけないんだってよ」

「らしいな。なんとかって城がどうとか、こうとか」

「でもそれって逆にいえば、攻略しなければ安全って話だろ? 現実世界を目指さずに、最初のマップなり何なりにいれば、ゲーム的にはきっと死ぬことはない」


 現実世界へと帰るために命がけで戦い続けること。

 全てを諦めて仮想の世界で生きていくこと。

 そのどちらの方が辛いのか、想像もつかない。所詮は部外者である啓司には、何も決められることではない。


「まぁ、だからさ。あいつが現実に帰るために戦うのは父さんたちや、俺、友達。そしてもちろん……お前のためだ。あいつはあいつにとってかけがえないと思っているもののために戦うんだから、『家族じゃない』っていわれたくらいでふてくされるなよ」

「……それも気休めだろ。遥が戦うって決まってるわけじゃない」

「戦うに決まってんだろ」


 彼方は言い切って、そこに理由を付け足そうとはしなかった。啓司も特に必要だとは思わなかった。

 風が強く吹いて、啓司はかすかに体を震わせる。


「おい、気休めをいうなら、もう一つ頼むよ」

「なんだ?」

「今は国が遥の入院費を負担してくれている。でも被害者は膨大で、予算は無限じゃない。この先、もしかすると金が必要になるかもしれない。何年も先の話だ」

「まぁ、ないとは言い切れないな」

「この先何があっても、遥がSAOから帰ってくるまで俺はギャンブラーを続けるよ。山ほど稼いで、山ほどため込んどいてやる。あの子のためにな」

「気持ちは嬉しいけど……父さんたちがそれを受け取ってくれるかなぁ」

「そこはお前が説得しろよ。俺のことを家族っていったのはお前だろ」

「そりゃあいったけどさぁ……」


 元々ギャンブラーとして生きてきたのだ。何が変わったわけでもない。SAO事件が起きようと起きまいと、啓司はずっとギャンブルを続けていただろう。けれど今はそこに誰かのための責任と、彼にとってかけがえのないものが乗っていた。

 ギャンブラーとしての生活に明日の保証なんてない。勝ちへの確証なんてない。

 それでも、と啓司は勢いをつけて立ち上がった。


「できると思うか、俺に」


 彼方が笑った。


「当たり前だろ」