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二 オクトーバー・レイン ⑩

「だから……あの子にはゲームなんてもうやって欲しくないの……間違ってるのよ、間違ってるのはわかってるの。私たちにそんなことを決める権利はないって。でも、嫌なのよ……もうあんな思いをするのは……」


 小花さんも、それに彼女の夫である宗佑さんも、きっと驚くくらいに公平で善良だ。彼女たちは自分たちの子供であっても、なるべくその権利を無下にしたくないと思っているのだろう。だから技術的に安全性の確保されたアミュスフィアを取り上げる、合理的な理由はないのだということを理解してしまっている。

 遥がアミュスフィアでどれだけ遊んだところで、もう一度SAO事件と同じことが起きることはあり得ないだろう。


「なんであの子はまだVRMMOなんて……命がかかっていたのに、そのことの怖さを、きっとあの子はわかってないのよ……。ゲームの中だから実感が薄いままで、もしもまたあんな事件があったら……」


 しかしそれに感情的に折り合いがつくかどうかも、また別の話だ。

 自分の子供が約二年も幽閉されることになったVRMMOという世界を、子供からなるべく遠ざけたい。そう思ってしまうことも自然な話だ。

 だからこうして、遥の目的を達成しないようにと啓司に頼みにきている。理性と感情の軋轢によってその行動は歪んでいるが、その歪みの原因は決して小花さんたちにあるわけではない。

 啓司はしばらくの間黙って、それからゆっくりと首を振った。


「……すみません。この場ではお答えできないです」


 肯定も否定もできなかった。

 遥に依頼されたその日から、いつかこの問いがくることはわかっていた気がする。それでも今日まで、明確に答えは出せないままだった。

 小花さんも、啓司にとっては幸いなことに、それ以上強く頼んではこなかった。


「そうよね……ごめんなさい。急に無理なことをいっちゃって」


 そうしてなるべく理性的であろうとする姿は、やはりかえって痛ましい。今すぐに泣き叫び、啓司に無理矢理命令する権利を、子供をSAOに殺されかけた彼女は持っているだろう。

 いや、これはそうしてくれた方が自分が楽だという逃げから生まれる発想だろうか。


「もう開店時間よね。じゃあ、私の頼んだこと、考えておいてくれると嬉しいわ」


 なるべく普通の態度に戻そうとする小花さんに応じるように、啓司は少しおどけて肩をすくめてみせた。


「安心してください。そもそも頼まれなくても、目的のアイテムを取る手段が見当たらなくて困っていたところなんで」


 その言葉を聞いて、ほっとしたように小花さんは微笑んだ。

 啓司も声を上げて笑ってみせたが、その笑いは空々しく響くばかりだった。