たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~

プロローグ

 夕暮れどき、夜野まやが、すっとぼけた顔で立ち止まる。


「足つかれちゃった」


 スタジオからの帰り道、駅に向かって、大きな公園のなかを突っ切って歩いていたときのことだ。


「もう歩けない」


 夜野は、少女みたいな表情で俺をみながらいう。


「おんぶして~」

「いや」


 俺はすげえ普通のテンションでいう。


「まだ五分も歩いてないじゃん」


 すると、夜野は少し考えるような顔をしたあとで、履いていた靴を、ぽいっ、ぽいっ、とその場で脱ぎすてた。


「ヒール折れた」

「スニーカーだろ~」


 俺は脱ぎ散らかされたかわいらしいスニーカーを拾って、夜野の足元にならべる。しかし夜野はいっこうに履こうとしない。


「おんぶしてよ~!」

「簡単には甘やかさないぞ」

「抱きついていっぱい甘えたいの~!」

「ストレートに欲望ぶつけてくるじゃん」

「くっついて匂いもかがせてよ~!」

「犬!?」

「おんぶ~! おんぶ~!」


 じたばたと、駄々をこねはじめる夜野。これが、あの――。


「凛として美しいアイドル……」

「頭よしよしとかでもいいよ~!」

「クールでパーフェクトなセンター……」

「いいじゃん、それくらい~! ケチ~!! アンポンタン~!!」

「スタイリッシュな、最強のファッションアイコン……」


 夜野は、世間が彼女に対して抱くイメージとは、ほんのちょっとだけギャップのある女の子なのだった。


「転がる! おんぶしてくれなかったら、この場で転がる!」


 夜野が姿勢を低くして両手を広げる。夜野は断じて、地面に転がっていい女の子ではない。

 しかし――。

 この女、おんぶのためなら、場合によっては、やる。


「くそ~!!」


 結局、折れたのは俺だった。辺りをみまわし、誰もいないことを確認してから、夜野の前に背中をむけてしゃがみこむ。


「公園のなかだけだからな!」

「うん」


 夜野は俺の背中にくっつくと、すぐに素直な女の子になる。そして、ここぞとばかりに、顔を押しつけたり、ぎゅ~っ、と強く抱きついたりして、甘えてきた。

 こうなると夜野はホントにただの美少女で、いい香りがして、やわらかい髪とか、なめらかな肌があたって、俺はすごく幸せな気分になってしまう。でも――。


「よくないと思うな~、こういうの!」


 俺はいうんだけど、もちろん、夜野は俺のいうことなんてきいてない。


「花ノ目は、私のマネージャーなんだからね」

「そうだな」

「私だけの、マネージャーだからね」

「みんなのマネージャーだけどな!」


 いつもなら、ここからもっと他愛ないやりとりをして、ふざけあったりするところだけれど、今日はいろいろあったから、しばらくしたところで、夜野は大人しくなって、ただ黙って俺に身をあずけてくる。

 俺はスニーカーを手に持ち、夜野を背負いながら夕暮れ時の公園を歩く。

 街灯の明かりが灯り、風が吹きぬける。

 夏の夜の香りがする。

 ふと、夜野が、その白く細い腕で、心なしか、すがりつくように俺を抱きしめてくる。

 夜野の繊細な呼吸音。

 そして、注意深く耳を澄ませていなければ、ききのがしてしまいそうなほどの、消え入るような小さな声でいった。


「ずっと私のファンでいてね」


 俺は夜野をしっかり背負いなおして、いう。


「俺にまかせろ」


 俺は今、アイドルグループのマネージャーをしている。

 なぜこんなことになっているかというと、それは数週間前にさかのぼる。