たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~

第1話 たかがアイドル ①

 夜、コンビニの前で妹と一緒にアイスクリームを舐めていた。

 塾帰りの妹に迎えにきてほしいといわれ、駅まで迎えにゆき、ついでに駅近くのコンビニに連れていかれ、アイスをおごらされているのだった。


「かわいい~」


 妹はアイスを舐めながら声をあげる。


「ほら、お兄ちゃん、すごくない!? かわいいのに、かっこいいんだよ!」


 そういって、スマホをみせてくる。画面のなかでは、最近流行のアイドルグループが歌って踊っていた。


「あんま興味ないな。アイドルとか、そういう外見重視みたいな感じのやつ。俺はもっと、こう本質的な――」

「この兄めんどくさ~」


 めんどくさい兄である俺は、覆面シンガーのような、歌だけで勝負してる感じの、ストイックなアーティストが大好きなのだった。でも――。


「いざアイドルを目の前にしたら、お兄ちゃんみたいなタイプが、一番へにゃへにゃになっちゃうと思うんだよね~。かわいいビジュアルにやられてさ」


 ならないと思うな~、と本質的な俺はいう。


「俺、ミーハーじゃないし、人を外見で判断するタイプじゃないし。俺、全て見抜いてる、わかってる」


 なんていっていると、妹が、「あ」と声をあげる。

 視線の先には、キャスケット帽を深くかぶり、顔を隠した女の子がいて、ちょうどコンビニに入っていくところだった。


「あの女の子、シェアハウスの住人じゃない?」


 たしかに、最近入居してくれた五人のうちの一人のようにみえる。


「みんな、いつも顔隠してるよね。なにかあるのかな?」


 しばらくすると、その女の子がコンビニからでてくる。手に持った買い物袋には、マンガの単行本、スナック菓子、コンビニスイーツが入っているのがみえた。


「一日の終わりをエンジョイする気まんまんじゃん……」

「お兄ちゃん、そんなことよりさ」


 妹がいう。


「あの女の子、後つけられてない?」


 コンビニは幹線道路沿いにあって、歩道は広く、夜でも多くの人がゆきかっている。そんな雑踏のなか、ふたりの男が、女の子がコンビニに入るときも、でてくるときも、ずっとその様子をうかがっていた。

 ひとりが革ジャンで、もうひとりが長髪の男だった。互いに他人のような顔をして離れているけど、女の子がどっちにいってもついていけるよう、左右をかためている。


「お兄ちゃんの得意分野じゃん。ぶっとばしてきなよ」

「わんぱくな妹……」


 そういうのはよくないぞ、と俺はいう。


「普通の人はそんな乱暴なことしないんだから」

「じゃあ、どうするの?」


 そうだな、と俺は少し考えてからこたえる。


「普通は、警察を呼んだりするんじゃないか?」

「お兄ちゃん、普通にこだわるよね」

「大事なことだと思うんだ。みんなに迷惑かけないように、普通でいるっての」

「たしかにね」


 妹は俺の顔をみながらいう。


「私もなんやかんやでお兄ちゃんが好きだからね。お兄ちゃんが負けるわけないけど、万が一、不審者に声かけて、刺されちゃったりしたら泣いちゃうもん」

「そうだろ。あ、でも――」


 俺は跡をつけられている女の子をみながらいう。


「警察を呼んでいるあいだにあの女の子になにかあったら、シェアハウスの住人がみんなでていってしまうかもしれない。そうなったら、家賃収入がなくなって、妹が突然アイスを食べたいといいだしても、買ってあげられない」

「お兄ちゃん、死んでもいいから突撃だ!」


 妹がいって、俺はまず、革ジャン男に近づいていく。


「あの女の子になにか用ですか?」


 声をかけると、革ジャンは一瞬、気まずい顔をする。

 でも、俺の顔をみて、すぐに強気になる。


「なんだよ、お前」

「大家です」

「大家? わけわかんねえよ」


 俺もそう思うんだけど、家賃が大事なんです、なんていいながらくいさがる。俺が立ち去らないものだから、男はいらついた様子で俺の制服の胸ぐらに手をのばしてくる。

 俺はその男の手首をつかんでとめる。


「あんた、悪いやつだろ? 俺わかるんだ、そういうの」


 男が驚いた表情でつかまれた自分の手をみる。男の手の甲には血管が浮かび、かすかに震えている。少し強くつかみすぎたかもしれない。

 俺が手を放すと、男はすぐにファイティングポーズをとって拳を放ってくる。一発、二発、ワンツーをかわして顔面に肘を叩きこむと、男の鼻血がアスファルトに落ちる。

 男が内ポケットに手を入れ、ためらいなく取りだしたのはナイフだった。


「季節外れの革ジャンって、そういうことだったんだ」

「誰に頼まれた? 芽野か?」

「メノ?」


 男が目立たないよう、素早くナイフを突きだしてくる。かわして、空を切る音がつづく。俺も周りの人の目を気にして、控えめなモーションで、相手の脇腹に拳を叩きこむ。

 男が白目を剥き、膝から崩れ落ちそうになったところを支え、地面に落ちたナイフを蹴って側溝に落とす。


「これ、どうしようかな」


 意識のなくなった男を抱えながら周囲をみまわせば、ちょうど電信柱がある。

 俺は男を電信柱と塀のあいだに挟んで立たせてみる。手をポケットに突っ込めば、おじさんのモデル立ちが完成した。

 俺は少し離れて、それを眺めてみる。


「……よし、普通だ!」


 なにも知らない女の子は、タクシー乗り場に歩いていく。

 ちょうど一台のタクシーが停まっていて、それに乗りこもうとする。でもスーツケースを引いた中年のおばさんが割り込んできて、そのタクシーは出発してしまう。

 女の子は、『が~ん!』って感じの顔をする。

 すると、道路沿い、少し離れたところに、もう一台のタクシーが停まっていて、とても自然に女の子の待つ乗り場にやってくる。

 扉が開いて、女の子がそのタクシーに乗りこもうとしたところで声をかけた。


「そのタクシー、乗らないほうがいいよ」


 女の子は振り返って、驚いた顔をする。


「花ノ目くん!?」


 突然名前を呼ばれて今度は俺が驚く。


「俺たち、知り合いなの?」


 女の子は帽子だけでなくマスクもしているから、顔がわからない。でも――。


「クラスメートってわけじゃないよな」


 俺は自分の耳を指さしながらいう。


「俺、耳がいいんだ。声でわかる。俺たち、会話するの初めてだ」

「それは、えっと、ほら」


 女の子はもにょもにょしながらいう。


「君ってさ、私たちが住んでるシェアハウスの大家さんでしょ? 古い家を無理やりシェアハウスっぽくしてる、あの家の」

「…………」

「このあいだ、壁にペンキ塗ってくれてたよね。だから顔を知ってるというか、そもそも花ノ目くんの住んでる家も隣にあるし、よくみかけるというか……」

「まあ、表札もだしてるもんな」

「そ、そういうこと! 私はちゃんと顔と名前を覚えるタイプ!」


 そんな会話をしていると、タクシー運転手の初老の男が、「乗らないの?」と、若干、語気を強めていう。そのとき、ちょうど急ぎ足のサラリーマンが腕時計をみながらこっちに走ってきたから、俺はそのサラリーマンにタクシーを譲った。


「どうぞ」


 タクシードライバーは俺をにらみつけると、離れたとこにむかってアイコンタクトを送った。

 もちろん、視線の先にいるのは長髪の男だ。

 長髪の男は首をふって辺りをみまわし、革ジャン男が電柱に挟まっているのをみつける。長髪の男は彼らにとって想定外の状況になっていることに気づき、険しい表情でこっちに近づいてくる。


「普通はこういうとき、どうするんだろうな」


 俺は考える。そして――。


「とりあえず逃げよう!」


 女の子の手首をつかんで、走りだす。


「え、えぇ~!?」