たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~
第1話 たかがアイドル ②
すぐに長髪の男が追いかけてくる。獰猛な顔つきと力強い足取り。一般人って感じがしない。
でも、女の子に恐がっている様子はなかった。なぜなら――。
「花ノ目くん、追われてるの?」
少し遅れて俺は理解する。
「え? もしかして、あの明らかに女の子狙ってそうな悪人面の男が、なんの価値もなさそうな俺を狙って追いかけてきてるって思ってるの?」
そんな会話をしながら、雑踏のなかを駆け抜ける。
長髪の男は通行人にぶつかりながら追いかけてくる。
俺は女の子の手をひいて、幹線道路に架かる歩道橋の階段を駆けあがる。そして橋の真ん中まできたところで、足をとめた。
反対側の階段を、別の男が走って駆けあがってくるのがみえたからだ。その男は首から大きなカメラをさげている。
「あ」
女の子が、あわてた様子でいう。
「私、男の子とふたりで一緒にいるところ撮られるのはまずいかも!」
後ろからは長髪の男がきて、このままだと挟みうちになって逃げ場がない。
俺は歩道橋の下をみる。片側三車線の道を、乗用車やトラック、バイクなんかが、スピードをだして走っている。たくさんのゆきかうヘッドライトの光をみおろしながら、俺は女の子にきく。
「勇気はあるタイプ?」
「え? あるタイプだと思うけど……」
女の子は戸惑いながらこたえたあとで、歩道橋の下に目をやり、おそるおそるいう。
「花ノ目くん、まさか……」
俺はうなずく。
「えぇ~!?」
根拠はない。ないんだけど、なんだかやれる気がしていた。
「大丈夫」
俺は女の子を安心させるためにいう。
「きっと大丈夫」
すると、女の子は心を決めたようで、俺の手を強く握る。
「わ、わかった。花ノ目くんなら、信じる」
「俺たち、絶対、そんなに深い関係じゃないと思うけど」
「そ、そうだけどぉ~!!」
女の子がじたばたしているうちに、男たちが歩道橋にのぼってくる。俺は女の子をお姫様抱っこする。
「ふぁっ!」
さらに俺が欄干に足をかけがところで、女の子がしがみついてくる。
「ううぅ~」
長髪の男が迫ってきて、俺たちに手を伸ばす。その手が届く寸前に――。
都会の空の下、俺は月に向かって跳んだ。
「ふぉえみ~!!」
女の子が変な声をあげた次の瞬間には、運送トラックのコンテナの上に着地していた。
「ホ、ホントに、できちゃうんだ」
「俺もびっくりした」
「…………」
これで一安心、と思ったそのときだった。
衝撃と共に、トラックが揺れる。みれば、となりの車線を走るタクシーが、トラックにむかって体当たりをしていた。さっき見送った、あのタクシーだ。
「あの運転手さん、私がさっさと乗らなかったから怒ってるんだ……」
俺は女の子を抱えたままコンテナから飛び降りて歩道に着地し、細い路地へと駆けこんでいく。エンジンが唸る音と、タイヤがアスファルトをこする音がする。回り込むつもりだ。
「どうするの?」
「妹には歩いて帰ってもらうことにするよ」
女の子の手を引いて、区営の駐車場へと向かう。そこにはレーシングスタイルの黒いバイクが停められている。
妹が駅まで迎えにきて、というのは、なにも兄のことが大好きだからではない。
俺は高校一年のときに免許をとった。この夏、一年経って二人乗りができるようになったから、妹は俺を便利な足として使っていはじめたのだ。
俺はバイクにまたがり、女の子の頭に妹のヘルメットをかぶせ、後ろのシートに座らせる。
エンジンをかけ、スロットルを回してて走りだしたところで、自動販売機横のゴミ箱を吹っ飛ばしながら、あのタクシーが車体を滑らせながら路地に入ってくる。
俺はスロットルをひねり、ギアをあげながら大通りにとびだしていく。
車と車のあいだを縫って走れば、タクシーが強引に追いかけてくる。
トップスピードに加速して、信号が赤になるぎりぎりで交差点を走り抜ければ、相手もついてくる。カーチェイスだ。
俺は車体を大きく倒してコーナーを曲がる。勾配のある坂でぴょ~んと跳ねる。タンクローリーと並走しているところを幅寄せされて潰されそうになる。女の子はずっと、「わ~!」「きゃ~!」と声をあげている。
そうはって走っているうちに、道路の脇に石段の道をみつけ、ハンドルを切って、そこを無理やり走り降りて旧街道の細道へと入っていく。
さすがにもう追ってこれないだろうって思ったけど、タクシーはあちこち車体をぶつけながらついてくる。
すると道の先が袋小路の行き止まりになっていて、俺はリアタイヤをロックさせ、ブレーキターンで反転しながらとまる。追い込まれた格好だ。
逃げ場がなくなった状況で、タクシーと対峙する。
タクシーがエンジンを吹かしはじめる。
決闘だ。
「いいぜ~」
俺も気分がのってきて、スロットルをまわしてエンジンを吹かしまくる。
「ほ、ほんとにやるの~!?」」
女の子が泣きそうな声でしがみついてきて、俺は安心させるためにいう。
「初心者マークは卒業したからさ~。ついこのあいだ」
「このあいだ!?」
次の瞬間、示しあわせたように、急発進する。俺はタクシーにフルスロットルで向かっていくし、タクシーもエンジン全開でこっちに向かってくる。
「ちょっと~!!」
女の子が叫び、タクシーと正面衝突するその直前――。
俺はバイクの前輪を浮かせてタクシーのボンネットに乗りあげ、そのまま車体の上を走り抜けた。着地したところで、タイヤが地面をこする甲高い音と衝撃音が鳴り響く。
タクシーはコンクリートブロックの塀に頭から突っ込んでとまっていた。
◇
女の子と一緒にタクシーのルーフに腰かけ、空をみあげていた。左右を建物に切り取られた小さな空だけど、星はきれいに輝いていた。
女の子が足をぶらぶらさせながらいう。
「大家さんって、大変なんだね」
「まあね」
あの初老の運転手はしばらくエアバッグに挟まっていたが、運転席からでると、足を引きずりながら逃げていった。
俺は、粉々になったコンクリートブロックと、ボコボコになったタクシーに目をやる。
これは、まあ――。
「……ぎりぎり普通かな」
なんていっていると、遠くから、妹が小走りでやってくる。
「すごかったよ~」
妹はにっこにこだ。
「やっぱお兄ちゃんは、こういうのが似合うよね~」
「妹よ、俺のソフトクリームは――」
「走ってるときに落としちゃったよ」
「ほっぺに、なんかついてるぞ」
でも、妹はそれにはこたえず、ぽかんと口をあけた。
視線は俺のとなりにいる女の子に注がれている。バイクに乗ってヘルメットをかぶったり脱いだり、跳んだり跳ねたりしているうちに、帽子とマスクがいつのまにかとれていた。
「あ、あ、あ、あ――」
その顔をみて、妹が声をあげる。
「アイドルだ~!!」
しかも――。
「夜野まやだ~!!」
俺たちの目の前にいるのは、さっきまで妹がスマホで観ていたアイドルグループの、センターの女の子だった。
親父から受け継いだシェアハウス。
ずっと空き家だったけど、最近、五人の女の子が入居してきた。驚くべきことに、その女の子たちは、今をときめく大流行中のアイドルグループのメンバーだったのだ。
「やっと気づいたか!」
とでもいうように、夜野まやは胸をはって、得意げな顔でピースサインをしている。
でも、もっと驚くべきことが起きる。
後日、たずねてきた芸能事務所の社長が、俺にアイドルのマネージャーをやらないかといったのだ。



