たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~
第1話 たかがアイドル ③
◇
カプセルプラネット。
つい数カ月前にデビューしたばかりのアイドルグループ。
キャッチフレーズは、凛として美しく。
メンバーは五人で、いずれも十七歳の高校生。
彗星のごとくあらわれた彼女たちは、デビューと同時に大ブレイクした。大きな宣伝もなく、なんの下積みもなく、ファンとの交流イベントもなかった。
ただ、歌って踊って、曲をだす。それだけで人気がでたのだ。
今では、駅の広告で、テレビで、SNSで、彼女たちの姿をみない日はない。
異例のブレイクの理由は――。
「顔よ!」
そういったのは、彼女たちの所属する芸能事務所の女社長、芽野社長だった。
「みんな好きでしょ? かわいくて、きれいな女の子」
俺が夜野まやと一緒に歩道橋から夜空に向かって跳んだ次の日のことだ。
玄関のチャイムが鳴って、扉を開けたら、派手な服装の、ぽっちゃりしたおばちゃんが立っていた。
「お礼をしにきたわ!」
芽野社長は人懐っこい笑顔を浮かべたあと、高級そうなお菓子の紙袋をかかげた。妹が目を輝かせ、芽野社長を応接間に通し、お茶を淹れた。
そして、芸能事務所の社長を前にかしこまっている俺と妹に、芽野社長は、カプセルプラネットの成功の理由を語ったのだ。
「顔だけで人気って、でるものなんですか?」
俺がきくと、芽野社長は豪快に笑っていう。
「普通はできないわ。ビジュアル自慢が大集合している業界なんだから。でも、それをやってのけたから、あの子たちは特別なのよ」
「そうだよ!」
妹がテンションをあげていう。
「カプセルプラネットのみんなが、いっちゃんきれいなんだから!」
「ちなみに、君が助けた女の子は、夜野まや。グループのセンターよ」
芽野社長がスマホの画面をみせてくる。
「目線ひとつで人を魅了する特別な子。今日もただ手をふっただけで、SNSは大騒ぎ」
映画の試写会に、メンバー五人で出席したときの映像だった。
ドレスアップした五人が、ならんで座っている。その真ん中に、夜野まやはいた。
切れ長の目、体温の低そうな白い肌。
凛として美しくというコンセプトどおりの容姿だった。
映像のなかで、夜野はカメラを向けられていることに気づくと、『私?』とでもいうように、白く細い指で自分を指さし、その次に、ほんの少しだけほほ笑んで、カメラに向かって上品に手を振った。
手の届かない、高嶺の花の女の子が自分にだけ手を振ってくれたようにみえる映像に、SNSは大騒ぎだった。笑顔が安くない女の子なのだ。
「カプセルプラネットはデビュー直後にブレイクした。ファンとの距離が遠いままにね。おかげで、ミステリアスで、美しくて、とてもクールなイメージが生まれて、それが彼女たちの魅力になっているんだけど――」
芽野社長は眉間にしわを寄せる。
「困ったことがあるのよ」
「なんですか、その困ったことっていうのは?」
俺がきくと、それはね、と芽野社長は声を大きくしていう。
「あの子たち、全員ポンコツなのよ!」
湯呑のなかの茶柱が、社長の声量で震える。
「ポンコツですか」
俺がいうと、「そうよ!」と社長は食い気味にいう。
「全然クールじゃないし、ミステリアスじゃないのよ!」
世間のイメージと彼女たちのあいだには、かなりのギャップがあるらしい。
「それに、なんの経験もないまま売れたもんだから、アイドルのお約束とかお作法を全然知らないし、こういう業界にいるのに、ハングリー精神ゼロで、頭ぽや~んとしちゃってて、隙だらけなのよ!」
しかも! と芽野社長はつづける。
「全員、手のかかる性格だし、日常生活もへにゃへにゃだし、私、仕事以外のことでも毎日フォローしてるんだから!」
鼻息を荒くする芽野社長の視線は窓の外、俺と妹が住む家のとなりに建つシェアハウスに向けられている。
「それが、俺にマネージャーをやらないかといった理由ですか」
「そういうこと」
芽野社長は玄関先で会ってすぐ、俺に、マネージャーをやらないか、といった。
驚きの提案だったが、その裏にはこういう事情があったらしい。
「仕事の調整は私がやるから」
芽野社長はいう。
「君にはアイドルたちのお世話をしてほしいのよ。君はとなりに住んでいるから、まとめてめんどうみれるでしょ?」
「たしかにそうですが」
俺が戸惑っていると、芽野社長はつづけていう。
「それに、どうしても君をマネージャーにしなくちゃいけない事情があるのよ」
「そんな事情、あるんですか?」
「ええ」
芽野社長は、くわっ、と目をみひらいていう。
「センターの夜野まやが! 君に惚れちゃってるのよ!」
どぅええぇぇぇ、と驚きの声をあげたのは妹だった。
「まやちゃんが、お兄ちゃんを? まさか、昨日、助けたから!?」
「それがね、ずっと前から好きみたいなのよ」
数週間前、芽野社長が、夜野まやと一緒に、新幹線に乗っていたときのことらしい。
「まやがとなりでうとうとしていたんだけど、寝言でいってたのよ。『花ノ目くん、はやく私に告白してきてよ』って」
「え? 俺が告白する前提?」
「このあいだは、楽屋にこれが落ちていたわ」
そういって芽野社長が机のうえにだしたのは、楽譜だった。パラパラとページをめくる。すると、相合傘の落書きがあらわれた。ハートマークの傘の下に書かれている文字は――。
『花ノ目くん』と『わたし』。
照れながら書いたのか、文字がへにゃへにゃだった。
「キッズだ!」
妹が声をあげる。
「恋愛キッズのやることだ!」
「五人にきいたのよ。『楽譜を落とした人いない?』って。そしたら、まやだけが、耳を真っ赤にして、体育座りをしたまま顔を伏せて貝になったわ」
たしかに、夜野まやは俺の名前をなぜか知っていた。
「すいません、でも、そうだとしたら、なおさら俺をマネージャーにしないほうがいいんじゃないですか?」
アイドルは当然、恋愛禁止だ。メンバーが誰かに惚れているなら、その相手を遠ざけたほうがいい。
「でもね、私は逆に考えた」
「逆に?」
「いっそのこと、近くにおいちゃえってね」
「なぜに!?」
「叶わない恋をしていれば、恋愛スキャンダルは起きないからよ」
どれだけ恋愛を禁止しても、十代の女の子は恋をする。それはとめられない。
そこで芽野社長はひらめいたのだという。
「まやは花ノ目くんに恋をする。花ノ目くんはマネージャーとして、まやのそばにいるけれどその想いにはこたえない。まやは君に片想いをしつづける」
すると、どうなるか。
「芸能界にはかっこいい男も、悪い男もいっぱいいる。アイドルがそういう男につかまってグループが解散してしまうケースも多いんだけど、夜野まやにそれは起こらない」
なぜなら、叶わぬ恋をしているから。
「私はこれを、『アイドル永久不滅計画』と呼ぶことにしたわ」
その説明をきいて、妹が驚愕の表情を浮かべ、ごくりと唾を飲みこんでいう。
「芽野社長……もしかして、天才?」
妹よ、その感覚で大丈夫か。
「ノーベル賞は私のものね」
芽野社長は天才顔でそういったあとで、俺の顔をみていう。
「けれど、この完璧な計画にも弱点はある」
それは――。
「あなたが、夜野まやの魅力にやられて、へにゃへにゃになってしまうことよ」
もし俺が夜野まやと付き合ってしまえば、それがもうスキャンダルだ。ふたりで手をつないでいるところを撮られたりしたら、グループが終わってしまうかもしれない。



