たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~

第1話 たかがアイドル ④

「そうね。その可能性を考えると、たしかにリスクはあるわ。あなたがマネージャーのオファーに及び腰になるのもわかる。かわいい女の子が目の前にいれば、へにゃへにゃになっちゃうものね。へにゃへにゃに」

「ちょっと待ってください。そいつは聞き捨てなりません」


 俺はぴしっと姿勢を正していう。


「俺はアイドルを目の前にしても、へにゃへにゃになったりしません」

「そうなの?」

「俺は人を外見で判断したりしない。そういう、硬派な男としてこれまでやってきました。かわいい女の子にだけへにゃへにゃする男子たちが多いなか、そういう筋をとおした態度に、クラスメートたちも一目置いています。これはもう、ホントに、すごく」

「ふう~ん」

「それに、俺は音楽を聴くとき、アーティストのルックスとか、有名であるかどうかは、まったく気にしません。実際、俺は、俺しか再生数をまわしていないようなネットの楽曲を、ずっと聴きつづけることもあります」


 つまり――。


「俺は本質を見抜く男です。どれだけかわいい女の子がいても、へにゃへにゃになったりしません」

「じゃあ、アイドルのマネージャーに適任ね!」

「え?」

「よかったわ、ちょうどいい人材がみつかって。私も大変だったのよ。あ~、よかった、よかった。肩の荷が下りる」

「それとこれとは話が――」

「じゃあ、さっそく顔合わせにいきましょう」

「ちょ、ま――。もしかして、俺、のせられた?」


 妹が俺の肩に手を置いていう。


「カプセルプラネットが元気だったら、家賃収入もずっと入ってくるよ」


 それに――。


「夏休みなんだから、バイトするのも、普通なんじゃない?」


 ◇


 シェアハウスの玄関の前に立っていた。

 カプセルプラネットのメンバーたちに挨拶するためだ。


「一応、心意気をきかせてちょうだい」


 芽野社長がいう。


「このアイドル永久不滅計画は、花ノ目くんが彼女たちの魅力にへにゃへにゃにならないことが柱になっているからね」


 芽野社長がいって、本質的な俺は、自分の気持ちを言葉にしようとして、そのとき、ふと浮かんできたフレーズをそのまま口にする。


「――たかがアイドル」


 妹がくわっ、と目を見開く。

 しかし、芽野社長が、それがいいのよ、とでもいうように妹を制する。

 そうだ。

 世の中の人たちは華やかなものに目を奪われて、物事の本質を見失っている。でも俺はちがう。よく観る映画はゴッドファーザー、好きな俳優はリーアム・ニ―ソン、カレーは辛口、コーヒーに入れる砂糖は一個まで。

 俺は、そんな硬派な男としての決意を口にする。


「たかがアイドル、ちょっとかわいいからって、なんだっていうんですか。俺はそんなもんに骨抜きにされたりしません。マネージャーとして、しっかり管理してみせます!」

「いいわ、あと三回!」

「たかがアイドル! たかがアイドル! たかがアイドル!」


 三回復唱したところで、芽野社長が俺の顔をのぞきこむ。


「うん、たしかに迷いない男の瞳をしているわ」


 さすが私が見込んだ男ね、と芽野社長は大きくうなずく。


「普通、まやの顔をみて冷静でいられる男なんていない。実物のあの子はホントにすごくて、美人に慣れている業界のイケメンたちでさえ一瞬で虜になる。けれど、あなたは、そうはならなかった」

「たしかに」


 妹も深くうなずく。


「実物のまやちゃん、ホントに凄かった。私、固まっちゃったもん」


 タクシーの屋根で足をぶらぶらさせていたときのことをいっているのだ。


「でも、お兄ちゃんは、実物のまやちゃんをみても、いつもどおりだったね」

「まあ、俺だからな」


 正直にいうと、あのとき、月が逆光になっていて、顔はよくみえてなかった。でも、まあ、大丈夫だろう。だいたいこういうのは、大袈裟にいわれるものなのだ。


「じゃあ、いくわよ」

「はい」


 芽野社長に促され、シェアハウスの扉を開ける。靴を脱いで、リビングに入っていけば、五人の女の子がいた。ソファーに座っていたり、立っていたりする。外を出歩いているときとちがって、顔を隠していない。

 ショートカットの、クールな雰囲気の女の子。

 ガーリーな、甘いみための子。

 透明感のある、ふんわりとした女の子。

 背の高い、ちょっとシャイな感じの女の子。

 そして――。

 凛として美しい、夜野まや。

 初めて、明るいところで、その顔をみた。


「みんな、このあいだ話したとおり、この花ノ目くんにマネージャーやってもらうから」


 かわいい。


「花ノ目くん、じゃあ、この子たちに自己紹介して」


 超かわいい。


「――くん」


 かわいすぎ。


「――くん、――ノ目くん」


 かわわわわわ。


「花ノ目くん!」


 芽野社長に背中を叩かれる。


「え?」

「なかなかいい自己紹介だったわよ」

「俺、自己紹介してたんですか?」

「ん?」

「いえ、なんでもないです」


 なんてやりとりをしていると、夜野まやが俺の前にやってくる。

 Tシャツにショートパンツというラフな格好。


「マネージャー、引き受けてくれたんだね」


 顔ちっさ。


「ありがとね」


 まつ毛なげぇ~。


「同い年だし、敬語とか使わなくていいからね」


 目力つよい。


「わからないことあったら、なんでもきいて」


 肌も超きれい。


「私たちアイドルだから、マネージャーとはいえ、同い年の男の子とあんまりべったりだとダメだと思うんだよね」


 うなじ、白くて美しい。


「メンバーの子たち、みんなかわいいでしょ? 誤解されるようなことがあるといけないから、まずは私が窓口になるね」


 胸、意外に大!


「ちょっと、みんな、変なこといわないでよ! べ、別に花ノ目くんを独占しようとなんかしてないよっ! 私はみんなのためを思っていってるの――!」


 あわてた表情もとてもいい。


「ごめんね、あの子たちが変なこといって。同い年の男の子がマネージャーやるから、なんか、浮ついちゃってるんだよね」


 照れた感じも最高。


「と、とにかく、これから、よろしくねっ」


 よろしくっ!


「挨拶はこんなところでいいわね。みんな、花ノ目くんとチームになって、協力していくように。頼んだわよ。じゃ!」


 芽野社長がその場をしめて、俺たちはシェアハウスを後にする。

 そして、外に出た瞬間だった。


「まやちゃん! お兄ちゃんのことめっちゃ好きだ!」


 妹が絶叫する。


「しかも他のメンバーからそれとなく引き離そうとして、独占欲強い!」

「私も驚いたわ」


 でも、さすがね、と芽野社長は俺の肩に手を置いていう。


「あの夜野まやを目の前にしても、微動だにしなかった。まるで、ギリシャ彫刻のように表情ひとつ変えなかった。素晴らしいわ。あなたは本物よ」

「…………」

「花ノ目くんがいれば、今まで誰もなしえなかった、スキャンダルを起こさない究極のアイドルが誕生する。そして、カプセルプラネットは伝説になるのよ」

「…………」

「花ノ目くん、大丈夫? どうかした?」

「い、いえ」

「じゃあ花ノ目くん、最後にもう一度、さっきの心意気をきかせてちょうだい! カプセルプラネットの未来は、決してへにゃへにゃにならない花ノ目くんにかかっているのよ!」


 俺は芽野社長にいわれて、拳を強く握っていう。


「たかがぁ~あいどりゅ~!! ちょっとかわいいからってぇ~、俺はそんなのに骨にゅきにされたりしないのでぇ~! マネージャーちょしちぇぇ~! しっかり管理してやりましゅよぉ~!!」