たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~
第2話 カプセルプラネット ①
深夜、ベッドで眠っていると、枕元のスマホがぽこんと音を立てた。
メッセージをみて、俺はベッドから起きあがり、となりのシェアハウスにむかう。
消灯されたリビング。
そこから誰の部屋にいくかというと――。
赤星みく。
グループのなかで、もっともガーリーで、甘いみための女の子。
『かわいい私が歌ってるんだから、みんな、絶対盛り上がってよ! 後ろで腕組んでたりしたら、許さないからね!』
ファンにそんな呼びかけをする、ちょっと高飛車で勝気なキャラクター。
でも、部屋に入ってみると――。
高飛車なはずの赤星は、涙目になりながら、部屋のすみっこに立っていた。
俺をみると、すがるような顔をして、窓を指さす。
「むし…………」
ベッド脇の窓に近づいてみれば、網戸の外側にカナブンがくっついていた。
俺はデコピンして網戸を揺らす。するとカナブンはどこかに飛び去っていった。
「ほら、もう大丈夫」
「でも、むしいた……」
赤星はパジャマのズボンのすそを踏みながら、部屋のすみから動こうとしない。
そう、赤星は虫が超苦手なのだ。
俺は窓を閉めて、カーテンもする。
「ほら、こうすれば虫は入ってこないし、網戸にくっついててもみえないだろ」
「うん……」
赤星はまだ、ぐずりながらも、ベッドに近づいてくる。
「窓あけて、クーラー使わずに、電気代節約しようと思ったの……」
「そのくらい平気だよ。芽野社長から光熱費、しっかりもらってるからさ」
赤星はしょんぼりしながらベッドに入る。
「いつもごめんね、マネージャー」
「いいよ」
「私のこと見捨てないで……」
「弱気になんなくていいよ! 大丈夫だから!」
「だって……むし……」
赤星は普段は高飛車で勝気だけど、虫と遭遇してしまうと、へなちょこモードになってしまう女の子なのだった。俺はそんな赤星に布団をかけて寝かしつける。
「大丈夫、虫は俺がやっつけるから。ほら、眠らないと明日の仕事につかえるよ。おやすみ」
結局、窓を開けていたときに何匹か虫が入ってしまっていて、俺は三度、赤星に呼びだされたのだった。
そんなことがありつつ夜が明け、朝になる。
まだ空が白みはじめたばかりの早朝、アラームが鳴って、俺は誰よりも早く起きる。
そして、眠い目をこすりながら、またシェアハウスにむかう。
次は誰の部屋にいくかというと――。
月島ましろ。
透き通るような雰囲気の、いつも目元涼やかな女の子。
清楚でやさしそうなビジュアルから、ファンからは『天使』と呼ばれている。
生活感がなくて、どことなく浮世離れしていて、俺も敬語は使わないまでも、月島さん、と、さん付けで呼んでいる。
ファンはきっと、月島さんはプライベートでも、霞を食べて生きているような、透明感のある、それこそ天使のような暮らしをしていると想像しているにちがいない。
でも――。
「起きて、月島さん! 今日は単独の仕事があるって、芽野社長から連絡あったでしょ!」
俺は月島さんの体をゆらす。でも、月島さんは――。
きれいな眉間に、めっちゃ皺を寄せて、強く目をつむっていた。
「うるさいなあ」
「目元涼やかな天使……」
「もうちょっと寝かせてよ」
「生活感のない、透明感のある月島さん……」
「あと五時間」
「せめてあと五分とかでしょ~!」
そう、月島さんはとてつもなく朝に弱いのだった。
月島さんは俺に背を向けて、ベッドを転がり、壁と一体化しようとする。俺は布団を引っ張ってそれを阻止しようとするんだけど、月島さんも布団をつかんで抵抗する。
「頼むから起きて~!!」
なんとか俺が勝って、布団をひっぺがすと、月島さんはしぶしぶベッドからでてくる。
それはいいのだが、月島さんは寝ぼけまなこのまま、いきなりパジャマのズボンを脱ぎ、ボタンを外しはじめる。真っ白な太ももと、胸元がみえて――。
「ちょ、ちょっと!」
あわてて目をそらそうとする俺。
月島さんはそんな俺をみて――。
「なになに、どうしたの?」
そういって、いたずらっぽい顔をしながら、はだけたパジャマのまま、俺に近づいてくる。
「花ノ目くん、顔赤くない? 熱でもあるのかな?」
姿勢を低くして、俺の顔をのぞきこんでくる。
「大丈夫? なんでそんなに顔赤いの? ねえ、なんで? なんでなんで?」
白い肌と、ちらりとみえる下着姿のまま迫られて、俺は――。
「早く準備してでてきてね!」
そういって、月島さんの部屋から飛びだしたのだった。
しばらくしたところで、身支度を調えた月島さんが部屋からでてくる。ふんわりとした髪と、爽やかな白のシャツと、しわひとつないスカート。ステージやテレビで観る、清楚で透明な、天使的な女の子がいた。
「毎朝ごめんね。迷惑かけちゃって」
そういいながら、玄関にいって靴をはく月島さん。
「でも――」
月島さんはドアノブに手をかけたところで、振り返っていう。
「明日からは、パジャマを脱ぐところまで、花ノ目くんにやってもらおうかな」
「え?」
「よろしくね」
月島さんは本気とも冗談ともわからない表情でそういうのだった。もしかしたら月島さんは、みんながイメージしている清楚な天使とは、ちょっとちがうかもしれない。
なんてことを考えつつ、俺の仕事はまだ終わらない。
夜通し赤星に呼びだされて虫を追いまわし、朝、寝起きの悪い月島さんを起こして仕事に送りだしたあとのことだ。
夏休みに突入して学校もないから、俺はゆっくり二度寝をしようとする。でも、シェアハウスから物が崩れるような大きな音が響いて、起こされた。
そして誰の部屋にむかうかというと――。
八雲あや。
グループのなかで一番背が高い、メガネをかけた女の子。シャイな性格で、なにかと恥ずかしがり屋で、自信なさげに背中を丸めていることが多い。
「でも、あやちゃんのポテンシャルは凄いよ。自信さえつけば、歌もダンスも、誰にも負けないんだから!」
アイドル好きな妹は強く主張していた。
「それに、胸もめちゃくちゃデカいからね。水着になって欲しいって思ってる男のファンは多いと思うな。カプセルプラネットはそういう売り方しないけどね。それに、あやちゃんはそんなことしなくても、ホントはもっとできるんだから!」
部屋に入ってみると、そんな八雲あやが、板切れに埋もれていた。
床には、釘やハンマーが散乱している。
俺が板切れをどかすと、八雲がでてきて、恥ずかしそうに顔を赤くした。
「今回はなにを作ろうとしてたの?」
「本棚です……」
そう、八雲は自分の部屋の家具を、全てDIY、つまり、手作りで作ることを目標にしているのだった。しかし――。
「大丈夫?」
俺がきくと、八雲は、さっと手を隠そうとする。金づちで打ってしまったのだろうか、指に絆創膏が貼られていた。
「えへへ」
八雲は、いたずらがみつかった子供のように笑う。
「社長に怪我するなっていわれてるのに、また失敗してしまいました」
「釘打つの、俺が手伝ってもいい?」
「ありがとうございます」
ということで、俺は八雲が作りたい本棚のイメージをきいて、釘を打って本棚をつくっていく。形ができたところで、一緒にやすりで磨いて、ふたりでニスを塗った。
八雲はひと仕事を終えて、メガネを外し、Tシャツの袖で額の汗をぬぐう。そして、照れたように笑いながらいった。
「花ノ目さんとふたりでつくった家具がまた一つ増えました」
「ごめんね。おせっかいばっかやいちゃって」
「いえいえ。これはこれで、その、とても良いので……」



