たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~

第2話 カプセルプラネット ②

 でも、と八雲は困った顔でいう。


「私、ちょっと不器用すぎますよね。ホントに、いろんなことが全然できなくて……」

「大丈夫」


 俺はピースサインをしていう。


「八雲はできるようになる。俺にはわかる」

「……そうですよね。できるように、なりますよね!」


 八雲はにっこり笑っていう。


「じゃあ、次はテレビボードに挑戦します。もしできなかったら……そのときはまた、手伝ってくださいね!」


 そういって、両手でピースサインを返してくる。

 俺はそんな八雲をみて、ちょっとドキッとしてしまう。無防備な格好で、妹がいうところの大きな胸が強調されているとか、それだけではない。

 八雲は今、メガネを外している。そして、メガネを外した八雲はガラッと印象が変わる。

 ぱっちりとした目で、とても華やかな印象になるのだ。

 じゃあ、どうして普段、ステージでもメガネをかけているのかというと、小さい頃からずっとメガネだったから、つけていないとなんとなく不安なのだという。

 芽野社長は、そういうのは本人にまかせとけばいいのよ、といっていた。

 俺は、ちょっともったいないな、と思う。今でも魅力的だけど、メガネを外すだけで、さらに人の目を惹きつける女の子になるからだ。

 そんなことを考えているときだった。スマホがポコンと音を立てる。


「もしかして、そらちゃんですか?」


 八雲がいって、俺はうなずく。


「ちょっといってくる」


 俺はスマホで、『そこにいて』とメッセージを返信して、シェアハウスを飛びだす。バイクはこのあいだの一件で故障してしまっているから、駅に走っていって、電車に乗る。目的の駅に着いたところで電車を降りて改札をでて、スマホで電話をかける。


「周りになにかみえる? うん、全部いって」


 相手がいった景色を手がかりに、俺は大通りから路地に入り、そこらじゅうを駆けまわって、ついに、マスクで口元を隠した、ショートカットの女の子をみつける。


 青山そらの。


 グループのなかで女の子のファンが一番多い、爽やかな女の子。運動神経がよくて、ダンスの切り抜き動画がたくさんあがっている。

 普通ならグループのボーイッシュ担当というところに落ち着くんだろうけど、整った顔立ちから、モデルの仕事もしている。今日も、撮影現場にむかっていたんだけど――。


「ごめん」


 青山さんは、みんなのイメージどおりの、清々しい笑顔でいう。


「また、迷っちゃった」


 そう、青山さんは重度の方向音痴で、新幹線に乗ろうとしているのに、いつのまにか空港にいるような女の子なのだった。


「昨日、花ノ目くんと一緒にストリートビューみながら予習したのにね」

「今回はいけそうな気がしたんだけどな~」

「それがね」


 青山さんがスマホをみせてくる。


「このあたりにチョコミンパンダちゃんのポップアップストアがあるみたいなの」


 チョコミンパンダちゃんとは、最近流行のゆるキャラだった。その期間限定ショップが開かれていて、限定版のストラップが売られているらしい。


「買ってからいこうとしたら、ね」


 昨日予習した道からそれたところ、ポップアップストアにもたどり着けず、迷子になってしまったらしい。


「じゃあ、一緒に買いにいこっか」


 それでポップアップストアにいってみると、長蛇の列ができている。これに並んでいたら、撮影の開始時間に間に合わない。だから――。


「青山さんを送ったあと、俺がならんで買っておくよ」

「花ノ目くんは私たちに甘すぎるね」


 青山さんは冗談めかしていう。


「わがままに育っちゃうよ!」


 そして俺は、青山さんを現場まで送り、アンテナショップに戻り、数時間ならんで、青山さんが欲しいといった、限定のチョコミンパンダちゃんのストラップを二種類買った。

 そのまま家に帰ってもよかったけど、きっと青山さんはシェアハウスに帰るにも迷いそうだったから、ストリートスナップを撮影している現場に迎えにいった。

 俺が到着したときには、ちょうど全ての撮影が終わって、解散するところだった。

 青山さんは俺をみつけると、手をふって近づいてくる。


「花ノ目くん、一緒に帰ろう」


 駅に向かう途中、俺は青山さんに、買ってきたグッズを手渡した。青山さんは紙袋をあけて、ストラップを手にとり、嬉しそうに声をあげる。


「ありがと~!!」


 そして、買ったふたつのストラップのうち、ひとつを俺に差しだしてくる。


「これは花ノ目くんのぶん」

「いいの?」

「いつもお世話になってるからね」


 こういうことを爽やかにできちゃうところが、青山さんの魅力で、男子からも、女の子からも好かれる理由なんだと思う。


「花ノ目くんは過保護すぎる気もするけどね。オフの日も、朝、ましろを起こしにいってるでしょ。あの子も、すっかりあてにしてるし。もっと厳しくしたほうがいいよ!」


 そこで青山さんは胸をはっていう。


「私だって、迎えにきてくれたのは嬉しいけど、来た道を帰るくらいはできるんだよ」


 そういって、自信満々に交差点を左に曲がっていく。

 俺はそんな青山さんを呼びとめる。


「そっち、駅とは反対方向だよ」

「…………」


 青山さんはなにくわぬ顔をして、俺のとなりに戻ってきていう。


「花ノ目くんのお世話が必要ないの、まやくらい?」

「たしかに、夜野はあんまりお世話してないな」


 夜野には、他の四人みたいにわかりやすい弱点がないのだ。完全無欠の優等生。でも――。


「本当に弱点ないのかな」


 青山さんはいう。


「ほら、まやって、センターでしょ?」


 センターはグループの顔だから、多くのことを求められる。青山さんは、夜野が無理をしていないか、心配しているようだった。


「花ノ目くんには、弱いところみせてるんじゃないかなって思ったんだけどね」


 そこで、青山さんは意味ありげに、横目で俺の顔をみながらいう。


「まやって、花ノ目くんのこと好きそうだし」

「え?」


 俺は首をかしげてみせる。

 一瞬、視線が交錯し、青山さんは「ふうん」といって前をむいた。


「そっか。私の勘ちがいか」


 それから、俺たちは他愛のない話をしながら、シェアハウスに帰った。

 俺はすっとぼけてみせたわけだけど、青山さんがどのくらい信じたかはわからない。

 なぜなら、夜野は俺への好意をまったく隠していないからだ。


 

 

 ◇


 小細工なしに、まずは世間を美貌でねじ伏せる――。

 夜野まやはまちがいなく、新しいシーンの真ん中にいた。

 駅を歩けばモノクロの夜野が広告のなかでクールな横顔をみせ、SNSでは、ステージで踊る夜野の姿がひっきりなしに流れてくる。

 まだ世間には発表されていないが、海外の高級ブランドからもアンバサダーのオファーがあって、撮影も終えている。近いうちに、ドレスアップした夜野の姿がお目見えになる。

 でも、夜野の本当の才能はビジュアルじゃなかった。

 ビジュアルが先行したのはまちがいないんだけど――。

 夜野は、はちゃめちゃに歌が上手かった。

 アーティストたちはカプセルプラネットが出た瞬間からわかっていたようで、彼らが声をあげ、世間もそれに気づいた。今では芽野社長のところに、いろいろなアーティストから客演のオファーがくる。でも――。


「まやちゃん、まだ本気で歌ってないよ」


 そういったのは、グループの歌を指導してくれているボイストレーニングの先生だった。

 五人を練習スタジオに引率したとき、こそっと教えてくれたのだ。


「他のメンバーの声を消さないように、調整して歌ってる」