たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~

第2話 カプセルプラネット ③

 夜野の技術が高すぎて、最初は先生も、夜野が加減していることに気づかなかった。でも、スタジオに誰もいないと思った夜野が、ひとり歌っているところに遭遇したらしい。そして先生がその歌声をきいて感じたことは――。


「まやちゃんが本気で歌ったら、実力派シンガーの多くが、シーンから消えるかもね」


 ということだった。


「でも、やらないんだろうね。あの子、他のメンバーを大事にしてるから。ひとりで歌姫になるなんて考えてないみたいだし。そういうところも、かっこいいよね」


 世間も、仕事の関係者も、夜野にたいして、クールでかっこいい印象を抱いている。

 でも――。


「花ノ目くん、空き時間どうするの?」


 帽子と大きなメガネで顔を隠した夜野がきいてくる。

 仕事をひとつ終え、通りを歩いているときのことだ。夜野はひとりの仕事がたくさんあって、次の現場まで時間が空いてしまうこともよくある。


「夜野は自由にしてなよ。俺は芽野社長に仕事のメール返さなきゃいけないから、その辺のカフェに入っとく」

「わかった。じゃあ、私は買い物してる」


 夜野は素直にそういって、いったん、駅ビルにむかって歩いていく。それで俺がカフェを探してうろうろしていると――。

 いつのまにか、夜野が俺のうしろをくっついて歩いていた。


「夜野……」

「え、えっと、その、ほら、私もそらちゃんみたいに道迷っちゃうかもしれないし、それに、えっと、それに」


 夜野はもにょもにょしながらいう。


「緊急のことがあるといけないし、マネージャーと一緒にいたほうが、いいかなって……」


 ということで、夜野と歩きだすんだけど――。

 夜野、距離がめっちゃ近い。

 青山さんもけっこう人との距離が近いほうで、一緒に歩いていると肩がよくあたる。

 でも、夜野の近さはそういうニュアンスじゃない。寄り添ってくる感じで、袖と袖がふれそうな距離にずっといる。でも、いざ袖がふれあうと、顔を真っ赤にして、あたふたして挙動不審になるのだ。

 今日はうしろから至近距離でくっついてきているから、赤信号で立ちどまると、しっかり俺の背中に顔からぶつかってくる。


「ごめん、大丈夫?」


 振り返ってみると、やっぱり夜野は顔を赤くして、メガネの位置を戻しながら、もじもじしている。

 俺は思う。

 この子、めっちゃ俺のこと好きだ。

 普通、人を好きになっても、なんとなく恥ずかしくて、周りに知られたくなくて、ちょっと隠す。でも夜野の場合、そういうブレーキはついていないようだった。

 夜野はクールでスタイリッシュな女の子。

 でも、こうやってふたりきりでいると、まるで小学生の女の子みたいだった。

 カフェに入ってからは、俺が芽野社長から譲り受けたお古のノートパソコンで簡単な連絡を各所にメールでしているあいだ、夜野は向かいの席に静かに座っている。

 ただ、俺がコーヒーに口をつけたり、集中力が切れてパソコンから手を離すと――。


「花ノ目くんってさ、コーヒーにあんま砂糖入れないよね」


 夜野が元気に話しかけてくる。


「私は人がみてないとこだと、いっぱい入れちゃうけどね」


 こうなると、少女でもあり、子犬っぽくもある。

 俺が仕事をしているあいだは待ての状態で、パソコンを閉じると突撃してくる子犬だ。


「あと、花ノ目くんって、チンジャオロースが好きなの?」

「俺の情報のなかでも、けっこうマニアックな部類だ」

「妹ちゃんがいってた。ラーメン屋さんにいっても、チンジャオロース定食しか食べないって」

「たしかにその傾向はあるけど」

「そっか、花ノ目くんが好きな食べ物はチンジャオロースなんだ。チンジャオロース、チンジャオロース」


 忘れないように、何度も繰り返す夜野。

 めちゃくちゃ硬派な俺だけど、やっぱり、夜野みたいな女の子に興味を持たれるのって嬉しかったりする。でも同時に、なんで俺のこと好きなんだろ? って思う。

 芽野社長によると、夜野は、けっこう前から俺のことが好きって話だ。

 俺が知らないだけで、どこかで夜野と出会っていたのだろうか。なんて考えていると、チンジャオロースから意識を解き放たれた夜野が、また話しかけてくる。


「これも、妹ちゃんからきいたんだけどさ」

「妹とめっちゃしゃべってるじゃん」

「うん。一緒に遊びにいったりもしてるから」

「…………」


 妹は、兄の身分を存分に生かしているらしい。


「それで、花ノ目くん、中学のとき、『レオ』って覆面シンガーの女の子を応援してたって、ホント?」

「シンガーって表現していいのかはわからないけどね。世間からみたら、無名の女の子が自分の歌をアップしてた、ってだけだから」


 当時、俺は動画サイトでいろいろな音楽を聴いていた。そのとき、おすすめで、ひとつの動画があがってきた。それが『レオ』の動画だった。まだ再生数がゼロで、アップされたばかりだった。

 俺はレオの歌を再生した。そしてすぐにレオのことが好きになった。


「レオの歌声は凄いんだ。悲しい曲は本当に悲しくなるし、楽しい曲は本当に楽しい気持ちになる」


 レオが曲をアップするたびに、俺は聴きにいった。


「特に凄かったのが、聴いている人を励ます曲のときなんだ。レオの歌声をきくと、なんだか体の奥から力が湧いてきて、俺もがんばるぞ、って、思えたんだよ」


 俺はレオの動画に応援のコメントもしたし、個人製作のグッズが販売されたときは、お小遣いを使って、全種類買ったりした。でも――。


「再生数は俺が回した回数しか伸びなかったし、グッズの累計販売数も俺が買った数と同じだった」


 半年ほどたったところで、レオは活動しなくなってしまった。


「レオは世間に発見されなかったんだ」


 俺がそのときの気持ちを思いだし、ちょっとかなしくなっていると――。


「そ、そのぉ~!!」


 夜野がなぜか、顔をそらしながらいう。


「レオちゃんはぁ、今、なにしてると思うぅ~?」


 夜野、なんか、くねくねしはじめたな。と思いつつ、俺は少し考えてからこたえる。


「やっぱり、今もどこかで歌ってるんじゃないかな。あれだけ上手いんだから」

「う、うん! 私もそう思う!」


 夜野は勢いよくうなずいていう。


「もしかしたら、レオちゃん、今はアイドルとかやってるかもしれないよっ!」

「いや、アイドルはないだろ。あの歌声からすると、もっとこう、ストイックに、歌だけで勝負するぞって、ニューヨークとかで修行してるような気がする」

「…………」


 夜野は首をかしげ、考えこむような顔をしたあとで、ぽん、と手をたたいていう。


「レオちゃんも、意外と普通の女の子かもしれないよ?」


 歌の動画をあげても、反応したのは俺だけだった。


「でも、そのたったひとりのファンに勇気づけられて、その人のためにも、もっと大きく活動しなきゃって思って、それでがんばって、アイドルになっちゃったかも!」


 夜野はそういったあとで、今度は照れた表情になって、ききとれないような小声で、なにやら話しはじめる。


「歌をネットにあげてたとき、レオちゃんも中学生で、コメントくれた人のSNSをみにいって、同い年だってわかって……それで、相手の人のこと、す、す、す、好きになっちゃったかも……でも、中学生だから、そのときはなにもなくて……」


 夜野が目をぐるぐるさせはじめる。


「でも高校生になって、レオちゃん、その人と偶然再会しちゃって、そしたらホントにイメージどおりの人で……私がレオだよ、早く気づいてよ、って、すぐ近くで……ずっと待ってたりなんかして……」


 俺は夜野のいう、レオ、アイドルなった説について真剣に考える。でも――。