たかがアイドル! ~されど、やっぱり顔はいい~

第2話 カプセルプラネット ④

「いや、やっぱレオはアイドルやらない気がするな」


 俺はいう。


「レオっていう名前の響きが、もうなんか、孤高って感じがするじゃん」


 しかし、夜野は俺の意見をきいて、難しい顔をする。


「しし座だから、とりあえずレオにしただけかもしれないよ。本人は、もうちょっとあとに生まれて、おとめ座がよかった、なんて思ってるんじゃないかな」

「俺は耳がいいからわかるんだ。レオの歌声は、そんな生半可な気持ちじゃたどり着けない」

「そうかな。案外、しょうもない理由でうまくなったかもしれないよ?」


 例えば、と夜野はいう。


「小さい頃、お留守番が多くて、ひとりでいるのが寂しくて、気を紛らわすために歌の動画を再生して、画面に向かって一緒に歌ってたら、いつのまにかうまくなってた、とか」

「いや、あれはそういうんじゃない。もっと、劇的な体験と才能が結びついてできあがった歌声だ。きっと、俺たちには想像もできないような、過酷ななにかが――」

「真似して歌ってた曲のなかに洋楽のラップとか、人が歌うことを想定してないような打ち込みで作られた曲も混じってて、なにも考えてなかったから、なんかできるようになっちゃったとか、そういう感じだと思うけどな」

「ちがう。レオはもっと神秘的な女の子だ。俺にはわかる。俺は誰よりもレオの歌をきいてきた。レオのことは夜野よりも、よくわかってる。絶対、夜野よりも、完璧に」

「…………」


 突然、夜野が、すん、とした顔になる。そして――。


「なんか、花ノ目がめんどくさい」

「いきなり呼び捨て!? いいけど!?」


 しかも、さっきまであった、俺のこと好き好きオーラが消えている。なにかが、夜野のご機嫌をそこねたようだ。


「こんなの私の花ノ目じゃない。私の花ノ目はこんなポンコツじゃない」

「ちょっと、機嫌なおして」


 これから仕事というときに、アイドルを怒らせてしまった。これではマネージャー失格だ。

 そこで、俺はこの状況をなんとかするため、今までの会話を振り返り、そして気づく。そうだ。夜野だって、音楽シーンを書き換える可能性すら秘めた一流の歌手なのだ。そんな夜野の前で、他の歌手を褒めまくるなんて、たしかに配慮が足りなかった。

 だから、俺はその失敗をフォローするためにいう。


「いや、俺、もう、レオの曲あんまきいてないから!」


 夜野の眉がぴくりと動く。


「カプセルプラネットが一番凄いから! マネージャーだからいってるんじゃないよ? レオよりも、カプセルプラネットのほうが凄い。もう一度いうよ? レオよりも、カプセルプラネットのほうが――、あいたっ!」


 机の下で、夜野にすねを蹴られた。


「俺にさわるときは、もっと、もじもじしてなかったっけ!?」


 しかし夜野はすごく冷たい目で俺をみながらいう。


「花ノ目、二度と『俺は耳がいい』とかいわないで。パンチしたくなるから。夜野パンチ」

「えぇ? なんか、これまでとの落差がすごくない!?」


 夜野ってもしかして――。

 地面に埋まってる兵器に例えられる感じの、テンションのアップダウンが激しい女の子なのかもしれない。


「怒ったから、パフェ食べる!」


 夜野がぷんぷんしながらパフェを注文し、しばらくして運ばれてくる。

 ちょうどいいタイミングだから、「ちょっとトイレ」といって、俺は席を立つ。

 むかったのは店内のすみのテーブルだ。

 ベレー帽をかぶった、恰幅のいい中年の男が座っていて、俺は静かに声をかける。


「このあいだのお仲間だろ」


 男が立ちあがろうとするから、肩を押さえ付けて制する。


「俺、悪いやつには鼻が利くんだ。あんたからも、そういう匂いがする」


 男は咄嗟に、ナポリタンの皿の上にあるフォークに手を伸ばそうとする。俺は皿を手の平ですっと遠ざけて、フォークを掴ませない。

 フォークを取れないことがわかると、男は座った状態から俺の足を狙って蹴りをくりだしてくる。俺はその足を上から踏みつける。

 静かな店内のすみっこで、こそこそとせめぎあう。

 お客さんたちはコーヒーを飲みながら本を読んだり、楽しそうに談笑したりしている。

 ぷんぷんしていた夜野は、もう、にっこにこになってパフェを食べている。

 ご機嫌になった夜野を傍目に、俺は乱取りを制して、男の首元に肘を差しこみ、壁にむかっておしつける。


「詳しいことはよくわかんないけど、きっと、アイドルって華やかだから、こういう悪いやつらもよってくるんだろうな」


 十秒ほどで、男は失神して、だらりと腕が垂れさがる。意識を失っているから、体から力が抜けて、なんなら死体にみえる。


「これはさすがに普通じゃないな」


 店内をみまわしてみれば、幸いなことにまだ誰も気づいていない。俺は急いで男に腕を組ませて、ベレー帽をさらに深くかぶらせる。

 どこからどうみても、考え事をしているか、眠っているようにしかみえない。

 目を細めて店内を見渡してみれば、どこからどうみても平和な雰囲気のカフェだった。

 のどかな昼下がり、という空気。

 俺は大きくうなずいていう。


「よし、普通だ!」


 ◇


 急いで店をでる。

 夜野がパフェを食べていたため、次の仕事の時間ぎりぎりになってしまったのだ。


「花ノ目がわるい! 怒った私は、パフェを食べるしかなかった!」

「自分が食べたかっただけだろ~」

「そんなことないもん!」


 夜野はそういいながら、手首につけたかわいらしいデザインの時計をみる。


「どうしよう、遅刻しちゃう」


 夜野が珍しくあわてる。真面目な女の子なのだ。でも――。


「大丈夫」


 俺はいう。


「夜野は足も速いし、間に合うよ。きっと大丈夫」


 すると、夜野は少し黙り、落ち着いたテンションになって、俺の顔をみつめる。


「どうかした?」

「花ノ目ってさ、よく『大丈夫』っていうよね」

「そうかも。なんか、口ぐせでさ」

「その言葉、レオちゃんにも、コメントで書き込んだんじゃない? 再生数伸びなくて、レオちゃんが弱気になってるときに」


 俺は少し考えてからこたえる。


「書き込んだかもしれない」

「書き込んだんだよ、きっと」


 夜野は目をそらしていう。


「カプセルプラネットのみんなもさ、花ノ目に『大丈夫』っていってもらうと、なんだか本当に大丈夫に思えて、安心するみたい」

「そうなんだ」

「私、花ノ目のみんなを助ける感じ、けっこういいと思う」


 だから――。


「これからもみんなをフォローしてあげてね」


 夜野は相変わらず明後日の方向をむいているけれど、彼女にそういわれて、なんだか、嬉しかった。ちょっと照れてしまうくらいだ。

 生まれて初めて思う。

 誰かの役に立てるって、すごく素敵なことだ。


「芽野社長もすっごく褒めてたよ。花ノ目は、私たちのプライバシーも守ってくれてるって」

「え?」

「私たちが住んでる場所を撮ろうとする記者の人たちを、追い返してくれてるんでしょ?」


 ありがとね、と夜野はいう。

 俺は少し考えてからこたえる。


「そうだな、そういうこともしているな。俺は」


 もちろん、まったく心当たりがないのだった。


 ◇


 夜、アイドルたちが住むシェアハウスと、俺が住む家の前にある道路にでる。

 道のはしっこに、地味な乗用車が停まっていた。

 車体には、『大熊不動産』と書かれている。

 俺はその営業車に近づいて、窓を叩く。するとフロントウィンドウが下がって、運転席からよく日焼けした、短髪の男が顔をだした。


「やっぱお前か。マスコミ追い返してるの」


 俺がいうと、男は人懐っこく笑う。