ヤエブキ機関 千万丈塔踏破録1

終ノ二、あるいは真なる序

「──お兄さま。今宵こよいは〈スミゾメ〉討滅の日。大事のお出ましなれば、御贄みにえの儀はに任せてもよろしゅうございましょうに」

「大事ゆえだ、あやすいれん。討滅の前に〈さびまる〉の目を覚ましておきたい」


 斯様かようおおせならば、是非もない。

 低頭するあやすいれんと次官の間を抜けて、〈八重山吹ヤエヤマブキ〉長官・茨宮いばらのみやは儀式の場へと進む。

 後に控える〈スミゾメ〉戦に向けた戦闘装束だ。純白の武官袍ぶかんほうてつこう脛巾はばきいた兵杖釼ひようじようのたち。氷色のはねをひらめかせる量子論的仮想精霊〈凍蝶いてちよう〉と闇色の〈夢蝶ゆめちよう〉が、観測演算起動ずみの顕現状態でひらひらと従う。

 機関本部・北一対きたいちのたいの儀式場は鋼蔀シヤツターが全て下ろされ、結界にとざされてくらい。さっそくにえの血の匂いを嗅ぎつけたか、ちりちりと刃鳴りをこぼたち──〈さびまる〉のつかを触れ、そのままぞろりと抜き放った。

 夜毎の儀式だ。のたりとすごい己のはいとうには目も向けず、茨宮いばらのみやは静かに唱えた。


「《草も木も 我がおおきみの 国なれば》」


 そう。

 も、この国の全ては等しくおおきみ、すなわちみかど統治するしろしめすもの。

 なれば死の竜おにとて、──民と同じくみかどモノだ。


「《さかの 鬼のいくさば》」


 うちさかい。生と死のさかいこそが、お前たちのあるべきいくさば。そして死場しにば

 みかどつるぎたるおにうつしよかくりよさかに潜む牙持つ獣の。

 その果てにちるを宿命づけられたさだめられたお前たちの。

 横にがれたたちの向こう、この国のどこかで四十と九の首が落ちる。

 人の姿と顔とを備えた、人型の犬の首が落ちる。

 切断面からぞろりと、現れるのは犬の頭骨だ。人に似た頭部を──知能増強・思考統制用に増設された副脳を失い、目覚めた犬本来の頭骨が傷口の奥からせりあがり、体外へと脱出する。続けて前足の骨、けんこうこつろつこつと背骨が。後足の骨と腰骨と尾骨が。

 人型使役ハシタとは犬を改造元とした幻獣だが、毛皮はまとわず肉は失い、遺伝子操作により犬本来の骨格からも逸脱したその骨は、とがったこうふんに長い尾の、竜の姿によく似ていた。

 人と獣の──にて構成されるちたる竜、七堕ナナエの姿によく似ていた。

 鬼のすみかは 何処いづくにありや?

 すみかは 人型使役イヌの身の中。

 鬼む犬の首を斬り、

 各地に放った四十九匹の七堕ナナエがそれぞれにかき消え、世界の裏側かくりよを疾走。猟犬さながら獲物を探し、八千穂国やちほのくにの全土を駆け回る。嗅ぎつけては躍り出てらい、七堕ナナエ同士でも共喰ともぐいをして、と殺意の塊と化す。飢えてあいむ獣がその果てに、呪いと化す蟲毒こどくのように。

 そしてウロトキの始まりと共に、千万丈塔せんまんじようとうもとに現れる。

 の塔の照覧のもとの術師に狩られるために。


ゆめちよう〉の霊術投射ごしに、七堕ナナエの誕生と狩りの始まりを見届けて。

 茨宮いばらのみやは〈スミゾメ〉討滅のため、血振るいをしたたちさやに納めてきびすかえす。


「──ごめんね、ピカ=ピカ」


 ささやくと同時、まつりかは定位置の頭の上の、彼女の根付を払い落とす。厳重に封鎖されて余人の一人もいない、無人の涙町なんだちよう積層森林スタツク・テラリウムビルの狭間はざま

 え、と目を見開き、羽ばたくことも忘れてそのまま転げ落ちたピカ=ピカを、見もせずにふところんだ懐剣をつかみだした。

 ピカ=ピカの役目の一つはまつりかの装備の格納と管理で、だからピカ=ピカに納めていない、知らせてもいないこの懐剣は裏切りだ。それでも何も知らないピカ=ピカに、知らないままこのやいばを持たせるのもまた裏切りだと思った。

 さやを払う。研ぎすまされた氷刃ひようじんが闇の中、帝都の淡い星明かりを鋭く弾く。

 そのまま逆手さかてに突きつけた。

 異変を察知し、振り返りかけた天茜あかねの──首の動脈すれすれに。


まつりか!?」


 悲鳴をあげる、ピカ=ピカの声が今は遠い。

 昨日の夜、まだらきが死んだ。

 が彼自身の血だまりに落ちていた。

 その事実を知ってか知らずか、にらみ据えてくる天茜あかねそうぼうをはったと見据えてまつりかは問う。突然やいばを向けられたというのに驚きもしない、どこか無機質なの瞳。

 あんなに言葉を交わしたのに、何度も共に戦ったのに。──部外者まつりかにはとうとう、真実の断片さえも触れさせようとしなかった人。所詮はここのえ皇家おうけの手先でしかなかったあなた。

 ──かようにココノエ機関は欺瞞ぎまんだらけです。


やますそ〉のやしきで、主君が言ったとおりだ。うそばかりだ。ここのえ皇家おうけも。

 の術師 あなたも。


七堕ナナエを作っているのは、あなたたち〈八重山吹ヤエヤマブキ〉とココノエ機関で。世界の滅びもそれを救う千万丈塔せんまんじようとう踏破儀式とうはぎしきも、なにもかも全部、でたらめでしょう?」


ここのへにあらでやまぶきの はぬ色をば知る人もなし