C3 ‐シーキューブ‐

プロローグ

 黒い立方体。

 それを見たまま表現するならその一言になる。大きさは一辺一メートルほどで、当然ながら何に使うものかは見当もつかない。はるあきほおを引きらせながらそれをながめていると、


「すみません、受け取りのサインを……」

「あ、はいはい」


 送り状をちらりと見る。海外から送られてきているために横文字だが、差出人のらんには予想通りの名前があった。またかよ鹿親父おやじ、と春亮は内心でうめく。


「はいどうも。いやぁ、ずいぶん重くて疲れましたよ……で、これ、何なんですか?」

「え、ええとその、親父がこつとうひんを集めるのが趣味でして! 外国で変なもの見つけてはこうして送ってくるんで……何なんでしょうね!?」


 あい笑いです。うそはない。ただ、、ということについて説明しなかっただけだ。

 宅配便の業者が帰り、さて、と春亮は門の前に置かれた奇怪な箱を改めて見下ろした。


「ほんと、何なんだか……親父が送ってきたってんなら間違いなくんだろうけど」


 大事なのはそのレベルだ。恐る恐る触ってみると、冷たい鉄の感触。別段ふたがあるわけでもないので、《何かを入れる箱》というよりは《箱型の何か》なのだろう。さらに表面を観察してみると、継ぎ目のような直線や曲線がうっすら見て取れた。


「パズル箱、みたいなもんか? 正しい手順で動かさないと開かない、みたいな……うむ、こういう複雑な道具ほど実はたいして問題なかったりするんだ。何にもない何にもない。おれの日常はへいおんなままだ、そうに決まってる……!」


 独り言をつぶやきつつ、適当に継ぎ目をなぞったり押したりしてみる。

 むひゃ、と変な声が聞こえたような気がした。

 動きを止め、春亮は目を閉じる。心を落ち着けてから、呟いた。


「……げんちようだな」


 と、何かの拍子に自分でもわからない部分がわからないままどうにかなったらしい。小さく金属がこすれる音を立ててそとわくの一部が動いた。コンポからCDのトレイが出たような形になったそこをのぞき込む。まゆひそめた春亮が見たのは、直線曲線四角三角、無数の鉄片が歯車などを介して複雑にからみ合っている姿。適当に指を入れていじってみるが──軽く動くだけで、それ以上の変化は起きなかった。んっ、んあ、などという小さな幻聴を除けば。


「あーげんちようだただの幻聴だ。またやつかいごとがあってたまるか……よし! わからん! わからんものは放置に限る!」


 とりあえずそれ以上のせんさくあきらめた。こんな箱でも外に放置しておくわけにはいかないので、いつもの場所──父親が送ってきた物品を突っ込んでいる部屋──に運ぶことにする。


「ぬっ……おっ……ち、超重ぇ!」


 よろよろとおもまでの道を進み始める。

 そのとき聞こえた不満げな鼻息も、当然幻聴ということにした。


 自分の部屋、六じようの和室の床ではるあきは目覚めた。あわてて時計を見ると時刻は午後七時過ぎ、窓の外もすっかり暗くなっている。あの箱を運んでから、少しだけ休憩するつもりで横になったのだが──いつのまにか寝ていたらしい。昨日寝つけなかったのでそのせいだろう。


(なんてこった。限界きっ腹で料理ってなんかヤなんだよな……)


 離れで暮らす同居人がいるにはいるが基本は一人暮らし、食事が黙って出てくるようなことはない。しかも学校から帰った瞬間に宅配便が来たので、夕食の準備は全くの手付かずだった。まず米いて湯かして、とこれからの苦行を考えながら身を起こす──と、春亮の耳に小さな音が届いた。何者かの足音、ごとごととだなを探るような音、そして……カリカリパリパリというなぞの異音。


(このは、か?)


 庭に建つ離れの二階を窓から見やる。二つの窓があり、そのうち一つから光がれていた。つまり同居人はそこにいる。

 緊張が走る。この家は典型的な日本家屋、広いうえに古い。泥棒にとっては格好のものだろう。春亮はそっとしようを開き、廊下に足を降ろした。何者かの気配があるのは台所のほうだ。暗い家の中を逆に泥棒気分で進んでいき──息を殺して台所の中をうかがう。

 月明かりの中。背の低い影が戸棚の前でしゃがみ込んでいる。月光を反射する髪は輝く白銀だ。戸棚から取り出したであろう袋に伸びるせんしゆから、その影が女であることがわかる。その手は口と袋を交互に移動しており、それが何かを砕く異音を生んでいる──

 冷静に観察できたのはそこまで。そのありえない光景を前に、春亮は思わず叫んでしまっていた。そいつを指差しながら、ただその姿を的確に言い表す一言を。


「全裸のせんべい泥棒女っ!?」

「──むぐッ?」


 振り返ったのは、少女。白銀の髪に小さな白の裸体、細やかに整った顔立ちには気品と気強さというじゆんした要素がだまし絵のように両立して彫り込まれている。その口からぽろりと煎餅のカケラを落とし、一瞬の後、少女も春亮を指差して大口で叫んだ。


「ほわ……さ、先程のハレンチ男!」


 それからはっと自分の身体からだを見下ろし、少女は顔をに染める。


「う、わ、わわ……わ、私の身体をまた、またいじり回す気だな!? な、なんという男!」


 そして彼女はしゃがみ込んだまま、近くのものを手当たり次第に投げつけてきた。かりんとうの空き袋、お盆、菓子の木製受け皿、きゆう、etc。素晴らしいコントロールだった。けようとしてあしもとを滑らせたはるあきの上に、どさどさと物が降り積もる。


「ぐは! ち、ちょっと待て……ムガ、とにかく落ち着け!」


 すっぽしと口の中に飛び込んだはしきをつまみ出すと、そこでどうやら弾切れになったらしい。攻撃がんだ。両手に持っていたせんべいを最後に投げようとした少女だったが、思いとどまる。それは彼女の身体の防護に使用された。


「のわ、よ、寄るな寄るな! それ以上近付くと、その──」


 眼前にいるのは、手にした二枚の丸い煎餅をクロスさせるようにして小ぶりの胸を隠す間抜けな少女。春亮は意味不明なづらに固まったまま、少女がテンパって叫ぶその一言を聞いた。


「……の、のろうぞっ!」


 その言葉で理解する。

 脱力感にがっくりと肩を落としながら、春亮は思った。





 やっぱりだ。あの鹿親父おやじ、また──