C3 ‐シーキューブ‐

第一章 「布団に移るものを知らない」/ "Night of Rubik's Cube" ①

    ◆


「……これは何だ。カスタードプディングか」


 黄白色の物体を慎重にスプーンの先でつつき、むっつりと少女は言った。


「食ってみればわかるぞ」

「ふむ……ぐっ!? こ、これは……!」


 スプーンの先を口に入れたたん、少女はしようげきを受けたようにフリーズ。


「甘くない。にせものではないか! 柔らかな台座に黒のソースとくればプディングと決まっているものを……な、なんと意地の悪い食物よ!」

「意地の悪いとか言うな、ただのとうだ。大豆だいずの汁を固めて作る。かったか?」


 エプロンを外しながら、はるあきは少女の向かいにあぐらをいて座った。貸してやったシャツにホットパンツという姿の少女は、不機嫌そうな顔でやつこ豆腐をしやくしながら、


「ふん。不味くはない。先程の……アレ、コリコリパリッとしたやつには負けるがな」

せんべいと比べられたら豆腐も迷惑だろう」

というのか。あれはまさに新食感だった。からくもあり甘くもあり、あの歯ごたえがなんとも……はっ。な、何を見ているっ?」


 いんや、と適当に答え、春亮は一瞬だけほうけた顔をしていた少女から目をらした。自分も食事に取り掛かる。この状況は腹が減ってはなんとやらの格言を守った結果だ。

 これは魚だな、と言わずもがなの確認をしつつ、少女は焼きたてのをじろじろとながめ──そしてフォークとスプーンを置いた。次の動作を先読みし、


「待て。おれの目が黒いうちはづかみなどというは許さん」


 少女の秋刀魚が載った皿を摑むために春亮が手を伸ばすと、なぜか少女はすさまじい勢いでずさささっとたたみの上を後退した。


「だからさっきのは誤解だ。ちょっと混乱してただけだって。服も貸してやっただろ」

「わ……わかるものか。その前は、あ、あんなところに指を入れていじり回したくせに……」

「あんなところと言われてもなー。まぁとにかく、そりゃ悪かったよ」


 おざなりに謝りながら、春亮ははしで秋刀魚の分解を始める。


「ほら見とけよ。これが焼き魚の正しい解体方法だ。こうやって、で、あとは頭をこう引っ張れば……スルスルっと骨が全部抜ける。簡単だろ」


 ほう、と軽い感心の声をあげる少女だったが、すぐにまた気を張った顔になる。しばらくしてからそろりそろりとテーブルに戻り、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らしてフォークを握った。


「そういやお前、名前は?」

「ふぃあ……」


 少女はすぐに口を閉じた。しまった、というようにまゆを寄せて。


「フィア、か?」

「う、む。私のことなどどうでもいいだろう。好きに呼べばいい」

「いや、どうでもよかないだろ。一時間前にお前はおれの人生最優先課題に躍り出たんだぞ。まったく反則級な割り込み速度で、だ。んで結局、お前って何? どういう箱なんだ?」

「う……」

「う?」


 聞き返した瞬間、少女──フィアは何の前触れもなく眉をり上げて怒り始めた。ざっくざっくとフォークでを刺殺しつつ、


「うるさい! お、お前には関係ないわ! あほー!」

「うわ何だ、そのストレートなののしり方久しぶりに聞いたぞ!? 子供か!」

「な、なにおう!」

「そのキレ方も古い……って鹿やめろ秋刀魚の肉を飛ばすな口を閉じろ!」

「まったく……女の過去を根掘り葉掘り。礼儀を知らんハレンチ小僧め!」


 食事の礼儀も知らない小娘に言われたくない。だがここは自分から折れておくことにした。


「ふぅ……ま、お前らの過去が基本的にあんまり楽しくないことだってのは俺も知ってるからな。怒らせてまで聞くつもりはないよ」


 素直な言葉に毒気を抜かれたのか、フィアもゆっくりと怒気を消してうつむく。


「あの姿は、嫌いだ。できれば……あまりなりたくはない。ここに来るのはあの姿のほうが簡単だと言われたから、我慢してなっていただけだ」

「言われたって、親父おやじにか」

なつ、とか言ったな。お前はやつの息子か?」

「そうだよ。はるあきだ。親父、今どうしてた?」

「知らん。まだ向こうでやることがあるとか言っていた」

「相変わらず自由人すぎるぞ、馬鹿親父め……ま、もう文句も言いきてるけどな。生活費の振り込みを忘れん限りは放置プレイって感じだ」

「お前といい奴といい、その、妙だな。普通の人間は、私のようなモノを理解などしないと思っていた」

「この家は昔からお前らみたいなん受け入れてやってきたって話でな。まぁ基本はたいしたことないチョイのろわれの道具なんだが、たまにお前みたいにぶっ飛んだ奴も来る」


 無言でしばしの間を作り、フィアは長く息を吐いた。フォークを置き、背筋を伸ばす。白銀に輝く髪のすきから、真剣な色のひとみはるあきを刺した。


な話をする」

「……どうぞ?」

「私は……私は、長く打ち捨てられていたとある地でなつに発見された。やつは私と会話し、私は奴に自分の望みを伝えた」

「望みって?」


 予想はついた。この家に自分の意志で来るのろいの道具の目的は、結局のところ一つに集約される。が、春亮は聞き返した。彼女の存在理由は、彼女がヒトではないモノだからこそ、自分の言葉で定義しなければ始まらないものだから。

 ヒトではない少女はくちびるみ、ささやくように、答える──


「自分の呪いを解くこと」


「お前はどこまで知っている? 呪いについて……そして、私のようなモノについて」

「そうだな。おれが知ってるのは──一つ、道具は人の負の思念を受け続けることで負の方向に変質することがある。二つ、そうやって呪われた道具は所有者や周囲の人間に色々な悪影響を及ぼす。三つ、その代わりに、不思議な魅力や機能を発揮することもある……ってところか」

「それだけか?」


 テーブルを見つめたまま発されるフィアの言葉に、春亮は軽く目を細めた。


「追加するなら。そうやって呪われた道具がさらに人の負の思念呪いを受け続けたら、最終的にどうなるのかっていうのも知ってる……今この目で見てる」


 そう、──

 詳しい理屈は春亮にはわからない。呪われて呪われて呪われ尽くして、さらに限度を超えて与えられるヒトの思念が、《道具である》という本質にまで影響を与えるというだけ。

 その結果として、彼らは道具でありながら人でもある存在になる。

 たましいを、意志を宿し、そして自在に人の姿すら取れるようになる──


「そうだ。始まりは人の呪い。私というモノは人を害し、ぞうえんに殺意、あらゆる負の感情を受け続けることで……呪われた。《所有者を狂わせる》というまわしい呪いだ」


 少女のこぶしがぎゅっと握られていることに気付く。だから春亮はぜんとして残る疑問を追及しなかった。少女が具体的にどんなモノなのか。所有者を狂わせるとはどういうことなのか。


「そうなってもまだ終わらない。《》の、呪いカース呪いカース呪いカース! それは私に《》の性質すらさつし、そしてただの道具だったはずの私は意志を持った。いなのだ。意志と呪いほど相性が悪いものがあるか? お前の言う、《チョイ呪われの道具》などは幸せだ。自らが呪われていることを自覚しない、それはなんと無知で幸福なことか!」


 そこで大きな深呼吸をはさみ、


「私は、ここに来ればだれに迷惑をかけることもなくのろいを解けるというなつの言を信じた。だから来た。が、詳細は何も聞いていない。正直に言え──私は、お前やほかの誰かに呪いを与えることなく、本当にこの身に刻まれた呪いをぎ落とすことができるのか? 崩夏から受け取ったというなら、今の私の所有者はお前だ。すと第一にお前が危険だぞ」