C3 ‐シーキューブ‐

第一章 「布団に移るものを知らない」/ "Night of Rubik's Cube" ②

 少女の視線はぐだった。けれど、そこに隠されているのはおびえと疑念。

 それに気付いたからこそ、はるあきはあっさりと答えてやる。


「うん。できるぞ」

「……ほあ?」

「いやだから、できるって。おれって親父おやじと違って霊感とか特殊能力とかゼロだけど、なんか呪いの影響はほとんど受けないって体質らしいし。お前の呪いがなんだろうと俺には効かないのだ。フフ、恐れおののくがいい、そこの反射率高そうなギンギラ小娘」

「な……そ、そうなのか? いや、しかし、呪いが解けるというのはどういう理屈で……」

「詳しい理屈は俺もよく知らないけどな。この街はもともとすげぇ清浄な土地で、んでさらにここはその土地の力が集まる中心なんだと。だからこの家にいるだけでプラスの力がみ渡っていって、お前らの負の性質は減っていく、と。一応なんか……けつかい? とかそういうのでそくしんしてあるみたいだけど、速度的にはビミョーだな。まぁ少しずつでも減ってくのは事実だから、人化するほど呪われてない道具は物置部屋で放置しとくだけでもれいになるよ」


 結界と言えば、昔一回だけ見たそのぎようの人はやたら目立つ変な女の人だったなぁ、と春亮はぼんやりと思い出した。親父の知り合いということだったが、「これで百年は持つ!」とか自信満々に豪語していたので、会うことは二度とないのかもしれない。


「で、もう一つ能動的に呪いを解く手段もある。その理屈は簡単だ。呪いってのは《負の思念》で与えられたものなんだから、逆に《正の思念》を受け続けてれば中和される」

「どういうことだ?」

「なんつーか、ばくぜんと《人のタメになる》ことをしろ、てことかな。感謝されたり、好意を持たれたり。結局、ここに住んで、バイトとかボランティアとかしてれば解ける……ような?」

「ちょ、待て、なぜ最後は疑問形なのだ!」


 身を乗り出すフィア。お前、わざと飛ばしてない? とか思いつつ顔をぬぐい、


「いや、だって俺が体感してるわけじゃないからな。そういう話だってことで」


 むむう、とフィアは妙に子供っぽくほおふくらませた。


「何か、信用ならんの……寝ていればいいとか、働けとか。そんな簡単な、しかもゆうちようなことでこの呪いが解けるとは思えんが……」

「悠長なのは事実だな。人化するほどまってたら、フルに頑張っても年とか十年単位で時間がかかるかもしれん。でも他の方法は知らんよ俺。気長にやればいいんじゃねぇかな」

「うむむむむむむ。信じられん」

「大丈夫だって。信じられんって言っても──」


 その言葉の途中で、間の抜けた電子音が響いた。びくりとするフィアに、客の合図だ、と教えてやって立ち上がる。ついでに食卓を指差して言った。


「冷めるから早く食っとけよ。特にを」


    ◆


「こんばんは、はるあきくん」


 玄関を開けると、そこには見知った笑顔があった。その優しげな表情に載っているのはマンガみたいなぐりぐりまる眼鏡めがね。発育のいいたいを包むエプロンは普段着のようなもので、いつも通りひたすらに家庭的だ。そして今は両手に持ったなべがその印象をさらに強化している。


「おう、このは。どした?」

「肉じゃが作りすぎちゃって。もし良かったら、おすそわけ。ちょっと遅くなっちゃったんですけど……明日の朝にでも」

「そりゃ助かる。おれも今食べてたとこだったんだ、ちよういい……ってそうだ、丁度いいと言えばさらに丁度いい。お前に話というか協力を」


 首をかしげたこのはが眼鏡の奥のひとみをぱちくりさせたとき、ぺたぺたと足音がやってくる。


「おい──春亮。少々足りんぞ。もちょっと何かないのか、第一希望はせんべとやらだが」

「食うの早ぇよ!」


 無論のこと、背後に立っていたのはフィアだ。


「えーっと。春亮くん、この子供さんは?」

「ん、そうだ。話というのはほかでもない──」


 そう言いかけたとき、あからさまにむっとしたような声が会話に割り込んでくる。


「おいそこの。初対面で子供呼ばわりか貴様。さちの薄い顔立ちをしおって」

「幸薄っ……!」


 このはは笑顔のままだった。だが眼鏡がほおの引きりでぴくりと持ち上がった。その視線の先にいるフィアは不機嫌そうに腕組みをしたままだ。何やら二人の間で見えない電撃系魔法がこうさくしているような気がする。


「……お前ら。なぜ俺んでいきなりそんな空気を作るのか」

「い、いえいえ? わたしは全然、怒ってなんかないですよ? 


 瞬間、フィアのオーラが激増する気配。危険を感じた春亮はあわてて話をらす。


「ええと……そ、そう。お前、これ以外に何か作った? ていうか食べたか? まだなら久しぶりに食べてけよ。何やらもう少し料理の追加が必要な流れだし」

「それなら……えへへ、おじやしちゃおっ、かな。一緒にごはん食べるの久方ぶりですね」

「腕はあんま上がってないぞ」

「昔からしかったですよ。思い出したらさらにおなかが減ってきました」


 このはが廊下に上がりながら微笑ほほえんだとき、鹿にしたような鼻息がどこからか発生した。


「食べろ食べろ。は、乳にばかり栄養が行くというのも才能だの。さぞ脳は軽かろう」


 そのとき、はるあきの耳に軽い金属音が届く。ほぼ同時にこのはがひざを曲げるのが見え、次の瞬間、彼女はなぜかなべを底で捧げ持つような姿勢に変わっていた。落ちかけた鍋を空中で拾ったのだ。遅れて床に転がったものを春亮は見やる──だった。


「……独り言ですけど。食べても胸に栄養が回らないのってかなしいですよねー」

「な! なにおう!?」

「あははー。先に行ってますー」


 空々しい笑い声でこのはは居間へ。残されたフィアがその背中をながめて憎々しげにつぶやく。


「なんと性格の悪い女……! のろうぞ!?」

「普段はあんな感じじゃないっつーか、どう考えてもお前からけんを売ってたような気がするんだが……なんでそんなトゲトゲしてんだよ」

「お、お前には関係あるまい! 最初の物言いがなんとなく気に食わなかっただけだ。理由としては充分だろう。それに──」


 このはの消えた廊下を眺めやり、ふんまんだらけだった表情から一転、何やら不気味に笑う。


「あのようなウシチチ女をいじめるのは、なぜか気持ちのよいものだ。今気付いた。見ておれ、今度は負けんぞ……!」


 フフフ、とじやあくな鼻息をらしながらフィアも居間に戻っていく。二人きりにするのはすさまじく不安だったが、このはのおかずを肉じゃがだけにするというわけにもいかない。欠食児童への追加料理も必要だったので、春亮は手早くいため物を作る。その大皿とこのは用のごはんやしるを持って居間に戻ると、この数分でいかなる政治的しようとつが行われたのか、二人は引きった顔を見合わせて共に乾いた笑い声をあげていた。詳しい経過は想像したくもない。


「ありあわせなんだが、こんなもんでいいか?」

「全然オッケーですよ。肉じゃがも結構量が多いので……」


 じゃーん、という口頭効果音でこのはが鍋のふたを持ち上げる。

 立ち昇る湯気、しようの香りをただよわせるちやかつしよくの煮汁。単純に言えばそうだった。ただしそれは肉じゃがではなく、とでも呼ぶべきシロモノだ。よく煮込まれた多量の牛肉がジャガイモだの何だのをほぼ完全におおい隠し、鍋の中で広大な山地を形成しているというまことにプログレッシブな料理である。


「その……どうですかね?」

「う、おほん。美味そうでいいんじゃないか」


 肉魔人なこのはの顔がぱっと明るくなり、


「なるほど、これはそうだ。いじきたない食欲の化身が作ったという感じがよく出ておる」