C3 ‐シーキューブ‐

第二章 「どこに、なにを、なにか」/ "When contents of the cube are exposed" ③

「なにおう。今までの受け答えを見なかったのか。ごく普通に会話できていたぞ」

「残念ながら見てると俺の心臓がれつしそうだったんでな……ええい、とにかく今はこの状況を乗り越えんと。いいか、『日本に来たばかりで何も知らない』という役柄を崩すなよ。困ったときには首をかしげて黙って笑え。これが日本流問題解決術だ」


 ばこ前の自動販売機で、はるあきは適当に人数分のジュースを買う。その様子を物珍しそうにながめていたフィアに、ふとこのはが声をかけた。


「さっきから気になってたんですけど……その制服は一体どこから?」

「言わずもがなであろう。腰も胸も、にでかくてスカスカだ。もっとせろ」

「わ、わたしの部屋を荒らしたんですか! あなた、していいことと悪いことの区別くらい!」


 と、さすがに顔色を変えて詰め寄るこのはを見上げ、フィアは余裕の表情でくちびるを曲げた。


「ほう……そんなことを言ってよいのかな?」

「どういう意味です?」

「のう春亮、聞いてくれ。やつたんの一番上にはな、なんとも言いがたい形状をした下着が──」

「わーわーわー! あれを買ったのは一時の気の迷いで!」

「何騒いでんだお前ら……ほれ、ジュース買ったし戻るぞ」


 歩き出しつつ、春亮はフィアをちらりと見下ろした。


「ちょっと聞いてたが、さすがに人の部屋に侵入するのはマナー違反だ」

「む……仕方なかろう。学校には制服を着てないと入れない、ということくらいは知っておったのでな。第一、『この制服の学校はどこだ』と通行人に聞いたからこそ来れたのだし」

「なんで制服がない時点で『あきらめる』ていう選択をしないんだ……?」

「ていうか、どうやって部屋に入ったんですか。ちゃんとかぎかけてたのに」

「……? なんだか知らんが、普通に入ったぞ。窓のほうから」

「窓にも鍵はかけていたはずですが。ま……まさか!?」


 絶句するこのはに向け、フィアは真顔でVサインを出して言った。


「うん。割った」


 ふらり、とこのはが立ちくらみしたように身体からだをよろめかせ、隣で春亮はたましいの抜ける息を吐いた。そのガラスの修理代を出すのはだれなのだろう。


「……あーうー。駄目だ、すげぇ疲れた。おいフィア、飯食ったら速攻で帰れよ。先生とかに見つかったらどんな騒ぎになるかわからん」

「むう。授業とやらも見てみたいのだが。駄目なのか」

「駄目に決まってるだろ!」


 教室の前でそんな会話を繰り広げていたとき、ふと逆方向からきりが歩いてきた。


「いんちょーさん、どっか行ってたのか?」

「少し職員室にな。喜べ、。それとフィアくん」


 しょくいんしつ。その七文字に感じたいやな予感はすぐに的中する。


「先生に掛け合ってきた。特例として、異国の客人が午後の授業を見学することを許可してくれるそうだ。なに、感謝の言葉はいらない。委員長として当たり前のことをしたまでだ。異文化交流の機会というのもそうそうあるわけではないしな。色々勉強になるだろう」


 余計なことを! という絶叫をはるあきが必死にみ込んでいると、きりは半眼で続けた。


「これでもう少しフィアくんと話す機会が持てるな。まだいろいろ確認すべきことが残っている──のこのはくんがいるとはいえ、としごろの娘と男子高校生が親のいない家に同居しているのだ。何か間違いが起こってはいないか、とかな……!」


 その眼光の鋭さを見るに、間違いなくこちらがメインの理由だ。


(ああもうまったく、どこに文句を言ってよいやら……!)


 しかし結局、春亮はがっくりと肩を落とすだけですべての抵抗をあきらめた。

 どこに文句を言っても聞き入れられないのだろうな、ということはなんとなくわかったし。


「よくわからんが……授業に出ていいのか? キリカとか言ったか、お前、いいやつだな!」とはしゃぐフィアの顔が、予想以上にうれしそうなものだったから。


    ◆


 あい笑いの教育が行き届いたボーイにチップをやって部屋から追い出し、さて、と彼女は荷物を開き始めた。フロントで受け取ったそのすうのトランクは、一足先に本国から送られていたものだ。煙草たばこをすぱすぱ吸いつつ、中身を確認。必要なものは皆そろっている。問題はない。


「……? 一つ多いような気がしますが……?」


 最後の一つ、ギターケースのように細長いトランクに心当たりはなかった。短くなった煙草を灰皿にじ込み、ふたを開いてみる。と──


「これは……」


 一瞬で彼女のほおゆがみが生まれる。それはぞうと怒気の形。たたきつけるようにして閉じた。はずみで中に入っていたメモが床に落ちる。拾い上げ、文面に目を通し──握りつぶす。


「ああ、もう──余計なお世話ですわ、余計なお世話ですわ……最低ビツチ!」


 ケースをなぐりつけ、さらにこんしんの力で投げ捨てる。スイートルームをいろどる高価そうなびんが音を立てて割れた。


「うう……しよぱなから、縁起の悪い……ああ、落ち着かなくては、落ち着かなくては──」


 ふらふらと歩き、テーブルに置いていた煙草の箱をつかむ。ソファーに沈み込みながら深く煙を吸った。まず一本。続けざまに二本目。三本目でいらちもなんとか収まってきた。

 三本目の煙草を灰にしたとき、荷物に入っていた携帯電話が鳴った。通話口から聞こえてきたのはとし若い女の声。


『本作戦を担当する後方支援員オーグジラリ。による初期連絡』

「それはご苦労様。こちらも無事に到着いたしました……この国に来てから見られていたような気がしたのですが、それは貴女あなた?」

『肯定する。入国時より支援を開始。している。後方支援員オーグジラリは姿を見せないのが常』

もちろんそうでしょうとも。戦闘力のない後方支援員オーグジラリが表に出てくるようなことがあれば、それこその失態。わたくしが前衛なのですから、そんな事態は万に一つもありえませんがね。それと、一つ聞きますが……ここにあるに貴女は何か関与していらっしゃる?」

『……? 何のことかわからない』

インダルジエンス・機構デイスク付きのビツチのことですわ。その様子では知らないようですわね。だったら問題はありません、最初からチームにれつが入ることにならなくて幸いです──では顔も名も知らぬ後方支援員オーグジラリよ、顔も名も知らぬままの別れへ動き始めましょう」

『了解。作戦を開始。する』


 そして電話の声が目標のいる位置を告げた。割り当てられた相棒の有能さに満足する。

 通話を終えると、彼女は天井にまった煙を見ながら薄笑いでつぶやいた。


「さあ、参るといたしましょうか。ざわりなビツチのお片付けに」


    ◆


 放課後の屋上。うすぐもりの空から吹き付けてくる風はひどく肌寒い。

 それでも、フィアはぜんとして楽しそうに眼下のグラウンドをながめていた。


「ここは高いのぅ、いい気分だ……よく考えればせつかく飛行機とやらで空を飛んどったのだから、来る途中で外を見ておけばよかったな。失敗したわ」


 それからふと、思い出し笑い。


「にしても──授業というのもなかなかに面白いものよ。ふふ、私が英語をしやべってやったときのやつらの顔といったらもう。あれくらい二日で覚えられるはずなのだが」

「基本能力が違うお前らと一緒にするなよ……」


 はるあきは肩を落として呟く。午後の授業でかなり精神系ごうもんを受けた気分だった。幸いにして致命的なトラブルは起きなかったからよかったが──お節介な教師より学校案内指令が発されたせいで、放課後になっても精神疲労は回復していない。

 隣では、同じく疲れた顔のこのはがフェンスに寄りかかっている。当初はたいぞうたちと一緒に案内していたものの、部活や委員会のために結局は二人だけが残ったのだ。