C3 ‐シーキューブ‐

第二章 「どこに、なにを、なにか」/ "When contents of the cube are exposed" ②

「そう、反社会的で有名なお方。ドナスアン・アルフォンス・フランソワ・ド・サドこうしやく


 そう言って、後部座席の客はまた笑った。何が面白いのかは運転手にはわからなかった。


「日本へは観光ですか」

「いえ。仕事のようなものですわね」

「それはご苦労様です。ええと、どのようなお仕事を?」


 奇妙な姿の美女が顔を上げ、ミラーを介して運転手に微笑ほほえみかける。

 その目を見た瞬間、今までの会話でかくとくしたわずかなあんが一瞬で吹き飛んだ。

 逃げたいという気持ちがアクセルを踏ませる。ああ、やっぱりだ。こんな人間がまともであるはずがない。こんな、楽しく虫を踏みつぶす子供のような、ただひたすらにべつだけをたたえたおそろしい目で笑えるような人間が、まともであるはずはない──


ゴミ掃除を」


    ◆


 一人で家に残されて、数時間。テレビにはすぐにきた。


「ふぅ。ひまだのう。やっぱり暇だのう」


 昨日と同じ台詞せりふを口にしつつ、ふと思う。家の中にいても暇なら、外に出てみようか。縁側の下にあったサンダルをき、庭を散歩してみる。ぐるぐる。ぐるぐる。


「……つまらん」


 顔をしかめつつ家を何周かしたところで、眼前にある離れに視線が留まった。一階は倉庫らしく、銀色のシャッターが降りている。二階の窓をながめ、フィアはの出来事を思い出した。


「なんというか、不公平ではないのか? はるあきはあのウシチチがそんなによいのか。ハレンチ小僧め。それに、あの女にはちゃんとした個室があるというのもけしからん。まったく、不公平だ不公平だ。私にも色々やりたいことがあるというのに、あれもこれも駄目と……」


 ぶつくさつぶやきながらきびすを返しかけ──止まる。


「そうだ。やつは別に、そういうことを禁止してはいなかったな……? うむうむ、問題はないから言わなかったのであろう」


 思いつきに独りでうなずくが、その作戦を決行するには一つの難関があった。


「さて。どうする……?」


 なんとなく空を見上げながら考える。そしてふと、答えがさりげなく用意されていたことに気付いた。にんまりと笑う。

 そこに見えていたのは、空と──その広がりを視界の端でじやしている、


 じゃんけんに負けてジュースを買いにいったたいぞうが帰ってきた。だが手ぶらなうえに表情が暗い。いつものメンバーと弁当をつついていたはるあきが顔を上げ、


「どした、泰造?」

「なぁ、春亮よぅ……だってわかってる。でもどうしようもないんだ──ベタベタで使い古されてるとわかってても、おれはやらざるを得ないんだ! なあ春亮、いいだろうか、俺はお前に対してこういう場合の典型的なアレをやってもいいだろうか!?」

「な、何言ってんだお前……」


 春亮がきょとんとした目を向けると、突然に泰造はその首を絞めてきた。


「なんで! お前! ばっかり!」

「グぇ、ごほっ!? こら鹿、何するんだ何があった!」

「自分の胸に聞いてみろ! 貴様、このはさんだけではき足らず!」

「だから何のことだか俺にはわからブヒュュェッ!?」

「うわ汚っ!」「こら! 何か飛んだぞっ!」


 春亮はきりに謝ることも忘れ、その瞬間に目に飛び込んだものの実在を疑っていた。それは──教室の後方扉から、


「おい、さっきの男。案内してくれるのではなかったのか……っと、ここにいたのか」


 平然とした顔でフィアが歩いてくる。しかもなぜか制服を着ていた。


「ふふふ。来てやったぞ、春亮」


 胸を張り、自慢げに彼女が言うと──教室の空気が一瞬で停止。


「フィア!? なんでお前がここにいるッ!?」

「なんでも何も、お前、『学校に来るな』とか『外に出るな』とか一言も言わなかったではないか。ならばどこに行こうと私の勝手だろう」

「当然すぎて言わなかっただけブハ!」


 横に座っていた渦奈が、春亮の頭を適当につかんで弁当箱に押しつけた。その勢いで立ち上がり、目をキラキラさせてフィアにきつく。


「うわー、うわー! 超キレー、超可愛かわいい!」

「むが。おい女、気安く触れるな」

しやべりも独創的ィ! フィアちゃんって言うの? どっから来たの? あっきー……はるあきくんとどーいう関係?」

「どういう関係……なのだろうな。大まかに言えば、今私はこいつの家に滞在していて」

どうせい・ですか!?」

親父おやじの! 親父の知り合いなんだ、外国で作った知り合いの娘さんなんだ! だから仕方なく世話をする羽目になったのでありますよ聞け!」

「ほぅ……一緒に住んでいる、というわけか。それは……学級委員長として、いくつか確認せねばならないことができたな……!」


 ゆらり、と妙な気迫と共にきりも立ち上がる。すぐにクラス中が集まってきた。

 ぐったりしつつ、春亮はとりあえずアイコンタクトで「余計なことは言うな」とフィアに伝える。フィアもうなずいた。どうやら話的には、フィアは外国から来たばかりの子で、別に転校してきたわけではないがひまだったので勝手に来てしまった……という流れになっているらしい。

 ともあれ、フィアを囲んだ騒ぎは当然のように廊下にも届く。


「ああーっ!?」


 声のほうを見ると、顔色を変えたこのはがあわててこの教室に走り込んできた。購買部に行った帰りか、腕には何個かのサンドイッチをかかえている。


「ど、どうして?」





「勝手に来やがったんだ。おれはここで意識を失う。このは、後は任せたぞ……」

「任せられても困りますっ!?」


 そんなとき、このはの登場に人格を変えた男が一人。たいぞうが輪からするりと抜け出て、


「はっ……このは、さ、さんっ。こ、こんにちはっ。うちのクラスにようこそ! 男が半分もいてむさ苦しいところですがお気になさらず! ど、どんなようで?」


 このははあい笑いであいさつをする。そこで彼女は何かを思いついたようだった。


「えと、はるあきくんとご飯を一緒に食べる予定だったんですが……それと、来ちゃったんならせつかくなのでフィアさんとも食べたいなー、なんて。


 なるほどわかりましたお任せを! と、期待通りに泰造はフィアを囲む輪を崩しにかかった。ぶーぶー発される文句を気にも留めず、強引に生徒たちをばらけさせる。このはが笑顔で礼を言うと、泰造は後ろを向いてガッとこぶしを握り締めた。将来女にだまされるタイプだなと春亮は思う。


「ん──何だ、お前もおったのか。来なくてもよいものを」


 このはのくちびるが音を出さずに動いた。来なくていいというのはこっちの台詞せりふです、と。


「ほら机机。二人分プラスだ」

「あ、おい泰造。俺達は……」

「え? 一緒に食うんじゃないのか? 俺とかとかがいたらマズイ?」

「昼飯か。私は別に構わんぞ。弁当箱を見つけたので詰めてきたのだ」


 勝手にフィアが答えてしまった。ここで「どうしても三人だけがいい」と拒否するのも怪しいだろうか。けれども、こうなった以上は一瞬なりともくぎを刺しておく必要がある。

 春亮は席から立ち上がり、さりげなくフィアの頭をロックして歩き始めた。


「案内がてらジュース買い直してくるよ。席作っといてくれ。このは、行こうぜ」

「あ……はい。すいませんけど、これ」


 持っていたカツサンド×3を泰造に渡し、このはも春亮の後をついてくる。廊下に出ても、当然のようにフィアに視線は集まってくるが──とりあえずそれは無視だ。


「お前なー、何考えてるんだよ」

「うん? だから言ったであろう、来てはいけないと言われなかったから来た、と。やっぱりひまだったのだ。それに、この女だけ学校に来れて私はだというのは不公平ではないか」

「わたしだって最初から学校行ってたわけじゃありませんよ……」

「まったく……いろいろ常識とかで問題があるから、まだ外に出るのは早いってはっきり言っときゃよかったのか」