ぼくと魔女式アポカリプス

プロローグ

 ほう、ぼくはたいいくかん裏の空間に立っている。

 周囲にひとはなく、視界に見えるのはぼくを呼び出した女子だけ。

 普通だ。これが何のイベントなのかは、容易たやすく予想できた。だがそれが悪いというわけじゃない。ただほんの少しばかり、ぼくにとっては……つまらない、というだけのことだ。

 ぼくはいつものように隠れたいきき、ていかんせいに満ちたあいわらいを浮かべる。

 眼前にいるのは、つややかな黒髪を長く伸ばし、どこか暗いおもかげを持った女の子だ。

 彼女は見ているこちらが可哀かわいそうに感じるくらいにテンパっておられるようで、ぼくの名前を一回呼んだきり、くちごもってもじもじとたたずむばかりになっている。そうだろう。キャラ的にはそうだと予想できる。『普通』だ──とは言え、このままだと夜になっても話は進みそうにない。


「で、きぬたがわさん」

「は、はぃぃっ……」


 身体からだごうもんばりを刺し込まれたように、びくんっ! と彼女は背筋を伸ばした。


「何か話があるんですよね? 何?」

「え、えと──それは」

「ないの?」

「い、いえ! あ、あり、ありま、す!」


 ぶんぶんと、げるんじゃないかと思うくらいに首をたてに振る。なかなかおもしろいのだが、それからまたうつむいてだんまりモードだ。ぼくはいい加減疲れてきて、初めて話す人間にはとりあえず使うようにしている敬語もめて軽く言った。


「そんなきんちようしないでもいいと思うけどな……だいたい予想はついてるし」

「……え」

「だから単刀直入に理由を聞こう。どうして?」


 砧川はそれでようやく覚悟を決めたようだった。ほおこうちようさせながら、地面を見つめながら、腰の前でかばんつかむ手をぎゅっと握りめながら、ふるえる声で答える。


「理由。理由、は──よいもとくん、やさしい、から。一回、助けてもらったことがあって、えと、でもそれだけが理由じゃなくて、いつも見ているうちに、その……なんだか、目がはなせなくなって。胸がどきどきして」


 砧川はそんな普通のつまらない理由をひとしきり並べ終わった後、また数十秒無言でうつむいてから──

 やおら顔を上げて、まっすぐにぼくを見つめた。


「わたし、よいもとくんのこと……好きです」


 正直に言おう。そのときばかりは、彼女に敬意を抱いた。それがどんなにエネルギーと決意を必要とするものかということは、いくらぼくでも知っている。ましてやそれが、ぼくを含む大部分のクラスメイトたちにとっては存在感の欠如した無味乾燥な空気でしかなく、それ以外の一部の人間にとっては便利な使い走りでしかない、きぬたがわめいだ。彼女は弱いように見えて、傷つくのを恐れずに他人に好意を伝えられる程度には──強かったのだ。

 ああ、それは正しい強さだ。だがただ一つ間違っているのは、その相手がぼくだということ。


「わかった。でもごめん。今のところ、ぼくはだれとも付き合う気はないんだ。だから」


 そう言ったときだった。


「ち、違うんです!」


 突然、砧川は今まで以上に顔をにして手をわたわたと振った。ん? 違うのか?


「あぅぅ……その、それはできれば、そう、なんですが、でもで、その、だから」

「駄目ってどういうことだ?」


 その質問を投げかけると、彼女はどこかしんえんこくどうを地面に向けた。きよてきつぶやきを小さく発する。それはあるいは独白だったのかもしれない。それほどまでに、呟きはぜいじやくくうきよいんうつで──絶望的だった。


「駄目、なん、です。わたしは……」

「じゃあ砧川。お前、何がしたかったんだよ」

「それは……あの、恥ずかしい、おねがいなんですけど」


 その前置きの後、数秒の空白をおいて発せられた言葉は。

 ああ、ある意味においては『普通の』言葉だった。

 それを口にしたのが、この内気で陰気ないじめられっ子の砧川冥子という女でさえなければ。

 だから当然のことなのだろう。

 ぼくはそれを、なまでに『普通ではない』言葉だと感じざるを得なかった。


 つまるところ、そこが基点だったのだと、そう思う。


 だいしようしようぼうかん闇滓アンシイ代替魔術師ポステリオルマギス、契約、うしなわれる感覚、祝福、悪意の予言書たる現実、がおの忘却、微笑のそうしつの忘却。それ以後かかわることになるこれらすべてを一語に集約して言うなら、ちんな表現だが、逃れられないしゆうえんの始まり──基点。

 今までは空気のような存在だった少女に対して、ぼくが疑問を抱いたそのしゆんかん

 その瞬間こそが、ぼくにとっての決定的な変革基点クリテイカルポイントだった。

 今にして思えば、それは彼女の

 今にして思えば、

 そして、今にして思えば、ぼくはそこから──



『普通ではない』彼女に、かれ始めていたのだった。