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結局──『普通』という言葉は何なのか。
特別ではないということ。飛び抜けていないということ。個性がないということ。
日本語学的な定義はともあれ、ぼくにとっての定義は単純だ。
つまらないということ。
最近は没個性という概念を自己欺瞞で封殺するのが主流のようだけど、もともと大切なオンリーワンなどという歌詞はきっと噓っぱちで、それは街角の自動販売機一つ一つに名前をつけて一人で悦に入っているようなものなのだ。たとえそこで一つが壊れたとしても、硬貨を入れる対象が別の自販機になるだけだ。結局全てが代わりの利くものであることに変わりはない。
けれども現在のぼくはやっぱり自販機の一つで、どこを見ても同じ学生服しかない教室の中に座っている。周囲は灰色の絵画的でしかなく、思わず諦念の嘆息が漏れた。この『普通』から脱却できる人間はいない。それは真理ではあるのだろう。けれどもぼくに微かに残っている矜持は、無駄な抵抗を止めることを許してはくれない。だから──ぼくは、こうしている。
耳元で甲高い悲鳴。そして何発もの銃声──音が予想外に大きかったので耳障りだった。
勿論のこと、それはむしゃくしゃしてブチ切れたぼくが銃を乱射してクラスメイトを片っ端から撃ち抜いたというわけではない。
ぼくはタッチパッドを操作し、DVDを再生しているノートPCの音量を下げる。
イヤホンをしているぼくには聞こえなかったが、多分、クリック音は退屈な授業中の教室に大きく響いたと思う。しかし視界に見える無数の後頭部は後頭部のままだった。ぼくが好き勝手に暇を潰している(授業の、ではない──人生の、だ)のはいつものことなので、誰もこちらを気にしていないのだ。関わり合いになりたくないと思っているのだろう。同じ高校で生活した一年半という期間は、ぼくについての情報が校内に流布されるには十分すぎる時間だ。
ぼくについての情報。それは端的に言えば『変人』ということだ。校則を無視して金髪にし、好き勝手に授業時間を過ごす人間。しかし一人称は似合わないぼくで(そうとも、似合っていないのは承知の上だ)、点取りゲームの試験もそれなりにこなす人間。
キャラが矛盾している。よく言われるし、自分でもそうだと思う。ぼくは意識的に矛盾を目指していると言っても間違いではないのだから。
ただの金髪の問題児なら十把一絡げに『不良』という言葉で片づけられてしまうから、それを避けようと努力してこうなった。だが結果は同じだ。結局のところ、変人、という普通のカテゴライズに巻き込まれてしまう。人間はあらゆるものを型に嵌めずにはいられない。
普通にはなりたくない、けれども絶対に普通からは逃れられない。そんな相反した願望と真理に挟まれたぼくは、やはり矛盾に満ちた生き方に浸かっていた。『普通への抵抗』という子供のわがままじみた行為を繰り返しながらも、その無意味さを知っていることによる諦念の息を吐き続け、廃人のように適当に日々を過ごす。ただそれだけが、ぼくの人生だったのだ。
少なくとも、この今日という日までは。
無変化な箱庭であり箱庭でしかない三時間目の授業が終わった後のこと。
只今、四人の不良生徒達が教室の床でお休みになっている。当然だ、休み時間だからな。
いくらぼくが変人とはいえここは学校、近づいてくる奴がいないわけではない。用事があれば委員長などが話しかけてきたりするし、授業中にDVDを鑑賞していれば少し天然な感じの新任女性教師が、他の大多数の教師が失ってしまった『教育者としての使命感』に基づく注意を発してきたりする──無論そんなもの聞きはせず、屁理屈と勢いで有耶無耶にするが。そして近づいてくる奴らの筆頭が、かなり理解不能の言語で『貴方は目立ちすぎなのですよ』『だから僕達は苛っとしています』『とりあえず死んでくださいませんか』などと婉曲的に伝えてくる不良さん達だ。こういう勘違いしたカタガタは金髪とか好き勝手やってるぼくが色々と気に食わないのだろう。ぼくはただ『普通』に埋没したくないだけなのだが。
好んで喧嘩するような性格はしていないにしても、やはり因縁をつけられて殴られれば応戦するしかない。何もしなかったらただ痛いだけでこちらの益は皆無だし。こういうイベントは、政治家の悪事がニュースに流れる程度の頻度で、まぁよくあることだ──日本は腐っているな。
というわけで、軽く一戦やらかした後。溜め息をつきながら倒れた椅子だの机だのを直していると、騒ぎを聞きつけたのだろう、教室に一人の男性教師が入ってきた。
「どうしたっ!? 何の騒ぎだ!?」
角刈りでジャージ姿、典型的な体育教師の支倉健だ。さらに生活指導担当という肩書きを加えれば、まさに不良達の天敵とも言える存在なのだが──幸い、ぼくにとってはそうではない。
「大変です、この人達が暴れ出して仲間割れで同時KO事件発生です。困りますね、全く関係ないのにぼくの机が無茶苦茶にされて。とりあえず保健室にでも連れてったらどうです?」
「ぬ……う」
支倉は眉を寄せ、倒れた机と不良生徒群を困ったように眺めて逡巡する。だが結論は一つ、やがて彼はのろのろと不良達を廊下に一人ずつ引きずり出していった。
そう、支倉はぼくに逆らえない。簡単な話、入学当初に目をつけられて色々あり……ムカついたし、今後の健全な学生生活の確保のために少し動いておいたのだ。いやいやぼくは悪くない。今日び都心に出れば高性能な小型カメラとかいくらでも手に入るし、そもそもリアル女子高生とホテルに入ったりする教師が一番の悪だというのは間違いないところだろう。
ともかくそのおかげで、ぼくは自由を満喫できるようになった。多少の不祥事も金髪もスルーだ。支倉はおそらく「気長に接していけばあいつもわかってくれますよアハハどうか私に任せておいてください」とか言って他の教師をだまくらかしているのだろう。ご苦労なことだ。
教室に平穏が戻ってから、隣の席の機波草太が声をかけてきた。
「ナイス立ち回り。相変わらず喧嘩っ早いデスな」
「誤解だ。ぼくから売ったことは一度もない。押し売りに抵抗しているだけだ、いつも」
うそつけ、と草太は机に顔をくっつけたまま笑った。その顔を皆に見せてやりたい……こいつの一人称は『俺』だが、驚くなかれ、女子相手だと『ボク』になる。目もきらきらさせて、ニセ小動物系美少年に擬態するのだ。ある意味二重人格。ま、個性的なのは素晴らしいことだ。
「はぁ……それにしても、どうにかならないもんかね。大人しく殴られるのも嫌だが、暴れても根本的な解決にはならないし。ぼくの疲労が溜まるだけだ。何とかしてくれよ」
「にゃはは、腕ハグでもしてやろうか? 癒し系草太くんの新技だ」
「何だそれ」
「あるだろ、こう……抱っこの姿勢で引っつく玩具みたいな感じで、女が彼氏の腕をハグするの。最近覚えたんだ、俺がやるとなんだか凄い癒せるらしい。母性をくすぐるっていうか」
「……ぼくは男だ」
そりゃ残念、とひとしきり笑っていた草太が、ふと欠伸を漏らしつつ言う。
「そういや澪、ニュース見たか? また駅前へんで通り魔殺人か何かあったらしいぜ。最近の街はなんか雰囲気がおかしくて面白いよなー。こないだ妙な外人も見たし」
「ストリーキングでもしてたのか。タイホも恐れぬその心意気は今時素晴らしいな」
「俺は妙と聞いてまずその単語を出すお前が大好きだが。違うって。単にファッションセンスがイカレてただけ。金髪眼鏡美女がウェスタンなマントにヘッドホンだぜ!?」