ぼくと魔女式アポカリプス

魔女の自傷に要する第一代償 ─Letter ②

 脳内でその女の姿でも思い浮かべたのか、草太はにへらと唇をゆがませた。


ほかにも色々ビックリだったんだが……ともかく、すげえ美人だったんだ。うひひ。脱いだらみんないつしよだし、今度会ったら気をつけてナンパしてみよう」

ちくしようどうちてしまえ」


 そのうちにチャイムが鳴り、草太は睡眠姿勢に入る。ぼくは新しいDVDをセット。なんとなく顔を上げると──今までこちらを見ていた数人の生徒達がそろって顔を前に戻した。その動作が一番遅かったのは教室の最前列、教卓目の前というごく配置の席を押しつけられたいじめられっ子のきぬたがわめいという女で、彼女は他の人間に数十秒も遅れてから、ぼくとせんが合っていることにようやく気づいてわたわたと首を回した。どんくさいやつだなあ。

 彼女が視線を戻した先にはやたらとトウの立った顔の女子三人組がいた。げんそうに机の前でおうちし、砧川が慌ててかばんから取り出したプリントを悪代官ライクな表情で受け取っている。よく見る光景である。宿題でもやらされているのだろう。なんというか……苦労してるな、とだけぼくは思っていた。同情もれんびんもなく、きようも関心もなく、ただの感想として。

 そのときはまだ、ぼくにとって彼女は無価値な空気でしかなかった。


 さて、ほうである。


「あ、ヨーコちゃん。映画行くんだよねっ。ボク、久しぶりだなぁ。楽しみっ」

「うふふ、早く行こうっ。時間……なくなっちゃうよ? その、後も、あるから、ね……?」


 などと殺意というものの芽生えを感じさせる会話をしながら、そうは迎えに来た女子生徒の腕に自分の両腕をからめて抱きついていた。ぬう、それが腕ハグなる技か。

 それから草太は、彼女にはわからないようにこちらに向けていつしゆんだけ唇をゆがませ、さらに手の指を組んでひどく下品な形にもしてみせた。いつも思うが、よく本性がばれないもんだな。

 ともあれ草太はNo.13あたりと予想する彼女と共に教室を出ていく。ぼくも遅れて席を立った。

 階段を下りて昇降口へ。そこは人口密度が高かった。放課後だからというだけではない──昇降口手前の廊下で行われている活動のせいだろう。そこには長机が置かれており、手書きで『校則改正の署名をおねがいします』と書かれた大きな紙が後ろのかべに張りつけられていた。

 ふむ……これはアレだ、つまり大人おとな達へのハンコーとかそういう感じの青春活動に違いない。この私立たてみや高校は、同じさかいもりにあるきんりんの学校に比べて校則がきびしい。靴下の色だの制服の形だの。独立せんせんを張って好き勝手している(できている、か──はせくらのおかげで)ぼくはともかく、ほかの生徒達にとってはそろそろかんできない問題になってきたということだろう。

 署名に参加する人間は多いようだった。一見してそういう活動にきようがなさそうなギャル風生徒やヤンキー系の男子すらも、署名を呼びかける女子生徒に応じてペンを手に取っている。あのケバい三人組すら長机に向かっているのを視界にとらえ、ぼくは失笑を漏らした。自由の権利を主張するならもう少しつつましやかに暮らしておくべきだろう。

 ぼくには校則などあってなきがごとし。署名活動を無視してばこへ向かう。だが──


「あっ! お兄ちゃ!」


 から立ち上がって、ミニサイズでどうがんの女子生徒がばたばたとぼくのほうに駆けてきた。

 当然ながら着ているのは制服だ。今は九月だから、今月いっぱいでお別れとなる夏服バージョンである。白とみどり調ちようとしたオリジナルデザインだが、一応セーラー服が基本形になっている。目立つのはそでぐちで、ホームベース型の校章──もんの形をした盾のような校章がきんいろいつけられていた。ちなみに男子の制服は同じ校章が袖口にあるのを除けば、何の変哲もない白シャツ。冬服も普通の詰めえりで、男女平等だとはとても思えない。

 ぼくの進路をふさいだその女子生徒は、まゆが太く鼻が低い典型的な日本人顔をしていた。髪はショートで、くせ毛がつんつんと跳ねている。おやでんを受け継いでるんだろう。ぼくは母親の遺伝子メインで直毛だが……ああそうだ、こいつはぼくの実の妹だ。無気力な兄と違って元気系で(系って何だ?)、生徒会の書記などもやっている。ちなみに年は一コ下で一年生。


「お兄ちゃ! 無視するなんてひどいよ、せっかくせつがお仕事してるのにしてるのに!」


 切華はほおを子供っぽくふくらませて言った。一人称が自分の名前なのもいい加減どうかと思う。


「お前の仕事がぼくとどう関係あるんだよ」

「おーんなじ学校のことでしょーぅ!? ね、よりよい学校生活を送るために! ささっと名前を書いてってよ書いてってよ!」

「宗教上の理由で拒否する。そこを退け、ぼくは一刻も早くベッドでめいそうせねばならんのだ」


 ぼくはせつの頭を片手でぐわしとつかみ、強引に進路上から退かせようとした。だが敵もさるもの、切華はぼくのわきばらを両手で挟み込んで必死に抵抗する。ぐりぐりぎりぎり。うお、切華の顔がよじれてかなりブサイクだ。これじゃあよめもらい手がいなくなる。


「帰って寝るだけでしょ何が瞑想よーぅ? お兄ちゃがそんな金髪とかで好き勝手やってるから、なんか不公平感がけいあったりするのにするのにー」


 ダイエット中の女の眼前でケーキをむさぼり食ってるようなもんだろうな。だがぼくはダイエッター(でいいのか?)の気持ちを考えてぼうしよくめるようなやさしさは持ちあわせていないのだ。


「あうう──お兄ちゃ、いたいいたい!」

「ぼくなんかにかかわるよりちゃんと営業活動したほうが能率的だぞ……そういやこれの言い出しっぺはだれなんだ? まさかお前みたいなしたじゃないだろ」


 微妙に涙目の切華はその言葉にふと顔を上げて──なぜかぼくの目を見て、勝ち誇ったようにを見せた。ん? なんだそのみは?


「ええとねー。なんというか、自業自得って言葉、知ってる? 今、お兄ちゃの後ろでちょっとあくてきにお返し行為をしようとしているひとが発案者だよ。切華のボスだねー」

「なにぃ!?」


 振り向くよりも早く、背後から伸びてきたゴッドハンドがぼくのがいこつをワシづかみ。


「うおおっ……み、かっ! 何のだっ!?」

可愛かわいい妹をいじめるなよ。切華は俺にとっても可愛い妹みたいなもんなんだぞ」

「じゃあくれてやるよっ……」

「素直でないやつにはさらにおしおきだ」

「割れる割れる! マジで割れるぞこれはっ! ちょい待て、なんか今メキっていったっ!?」


 ぼくは必死に首を回す。背後にいたしんの右手にはぼくの頭、左手にはこうばいの袋。だから手が使えないのだろう、小さなびんくわえたまま、器用にあごと首を動かしてファイト一発な液体をのどに落としている。いつものことだ──こいつはジュースの代わりに栄養ドリンクを飲む。

 顔立ちはすらっとしているが、そのひとみげんそうに細められていた。軽くウェーブがかった髪は妙に長い片側ポニーにされている。正式名称は知らない。とにかく頭の左上あたりでまとめられた髪は、もうひざくらいの位置にまで垂れていた。ぼくはひそかに触手と呼んでいる。

 ああ、おれとか言っているがこいつはれっきとした女だ。ぼくだってたまにその真実を疑うがね。こんな変人が生徒会長(しかも結構人気者)ということにもぼくはダウトの声を発したい。

 となりの家に住んでいる、ぶっちゃけ『おさなじみ』と呼ばれる立場であるその女──てんどう巳沙希は、ぼくが白目をいつしゆん前にようやく頭蓋骨を解放してくれた。