ぼくと魔女式アポカリプス

魔女の自傷に要する第一代償 ─Letter ③

 買出しに行っていたのだろう、は袋をせつに手渡し、それからぼくの顔をぜんにらむ。


「何やってんだよ、まったく。妹いじめなんかするなよな」

「正当な権利の行使だ。ぼくはリベラルな男なんだ」

「なーにがリベラルだ。お前はアレだ、市民団体にいてはいけないやつの筆頭だ。自由とわがままを全然区別しねぇ」

「ほっとけ……ああ、この署名活動はお前の発案か。生徒会長みずから学校にはんひるがえすとはね」

「俺だって生徒の一人だよ。気に食わないことがあったら文句くらい言うさ。そこに『立場』ってもんがもし関与するとすれば、重荷に思うんじゃなくて利用するべきだろ?」


 調ちようといい内容といい、相変わらず男っぽい奴だ。ま、だまっていれば見た目は普通というか、可愛かわいいと言えなくもない女なのだが。切れ長の目と高い鼻は長身とあいってモデルのような印象を与えるし、たまに笑うとほおにはあいきようのあるくぼができる。人をあくさつできる怪力があるとは思えない細腕をはじめ、ニーソックスに包まれた足も女の子らしいふくよかさをそなえている──じつたいけんから言うが、足の見た目とりの威力に因果関係はないとだけ付け加えておこう。

 巳沙希は不意に不気味スマイルを浮かべ、触手ポニーを揺らしつつぼくの肩を摑んできた。


「というわけで、れい。まさか俺の頼みを断ったりはしないよな。ん? まぁ書いてけ」


 はっはっは、とぼくも乾いたしようせいを返す。ぼくが。このぼくが? そんな脅迫じみた言葉で、背筋がうすら寒くなるような青春活動に参加しろと? ぴらめんだね。何よりもめんどうくさい。条件反射で答えを決め、さて、とぼくはすみやかにこの場を逃げ出す方法を考える。


「ふん──だったら占いで決めるか。何でもいいな? ぼくも最近知ったんだが、世界は広い……なんでもバスト占いなる占いがあるそうだ」


 では、とぼくはさりげなくの胸に手を伸ばした。ろん触るつもりはないが。

 彼女はいつしゆんだけきょとんとした目でその動きを追った。次にげきてき変化で顔をらせ、ぎょえええ、と女の子らしからぬ下品な叫びをあげてぼくを突き飛ばす。


「おまっ……おまっ……」


 巳沙希はせつをむぎゅーとめながら、微妙に危険な台詞せりふれ途切れに発する。


「うむ、これは『書かずともよい』という結果だな。ではさらばだ」

「なんだそれ!? わけわかんねぇ! こら待て、しゆくせいだギガ殺してやる!」


 無視。ぼくは流れるようにばこを開けてそときと白い封筒をつかみ取り、一気に昇降口を脱出する。校門までの道を半分進んで振り返ったが、しんが追ってくる気配けはいはなかった。ふう。

 ぼくはひたいの汗を手でぬぐい、白い封筒を団扇うちわ代わりにぱたぱたとあおぎながら──

 ……はて。何か違和感が。

 ぼくはしばらく考えて、そしてゆっくりと、手の動きを止めた。

 飾り気のない白い封筒。表には小さくあて──『よいもとれいくんへ』。

 何じゃこりゃ。


    2


 ごめんなさい。突然お手紙してごめんなさい。どうしても伝えたいことがあって、気持ちがおさえられなくなって、書きました。ごめんなさい。お話したいことがありますので、今日きようほう五時に、たいいくかん裏に来ていただけるとうれしいです。ごめんなさい。迷惑だったら無視してください。ごめんなさい。

きぬたがわめい 

 と、いうわけで。

 どんな罪悪感に駆られているのか、たったこれだけの文章中に五個もごめんなさいという言葉を使う(ちょっと頭の悪そうな)女の手紙を読んだぼくは、指令通り学食で五時まで時間をつぶしてから体育館裏に向かった。

 少しだけ、普通ではないものを感じたからである。それはあのいじめられっ子(死語)の砧川が!? という『人物』に対してのただ一点だけであって、彼女が求めているであろう『がんぼう』には(悪いけれども)ぼくは全くきようを抱いてはいなかった。つまり、どうして彼女が、という理由のかくにんだけをしたかったわけだ。普段ふだんなら『めんどうくさい』の一言でスルーする可能性もあるのだが、好奇心という感情は暇潰しに最高の相性を持っている。

 たいいくかんたてみや高校のしきの隅、北東端に建てられている。背の高いがいへきと体育館の間にある小さなすきは日当たりが悪くてひとがなく、つまりは密事が行われる典型的な場所だった。あしもとにはしなだれた雑草がまばらに生えており、体育館の換気窓からはバスケ部が頑張っているドスドスズドムという音がアンチムーディーなBGMを形成中。

 そして今、ぼくの眼前にはきぬたがわめいという女がいた。

 きんちようしているのだろう──肌を赤くして、顔を上げたりうつむいたりと落ち着きがない。せわしないまばたきの数は多く、ぷるぷるとふるえるまつはどこかCMに出てくるチワワを連想させた。

 背中まである長い黒髪。そのなめらかさは誇ってもいいだろう。だがひねりのない髪型なのははんろんの余地がなく、よく言えば古風、悪く言えばったい。しようのない顔そのものは日本人的で、目立ちはしないがどこか見ていて落ち着く。あるいは明るいところで見ればせいだとすら思うかもしれない。雰囲気は圧倒的なまでに暗い──それも物静かだと言い換えるか?


「……で、砧川さん」

「は、はぃぃっ……」


 砧川の背筋がぴんと伸び、ここに来て初めてせんが交わる。そう言えば数ヶ月前は古臭い眼鏡めがねをかけていたように思うが……ああ、あの三人組が「タヌキ」と頭の悪い渾名あだなで砧川を呼んでたおくがあるな。それを気にして眼鏡をめたのかもしれない。激しく間違っている。

 ひたすらおどおどしている砧川相手に、ぼくは敬語を止めて話を進めようとした。ここに呼ばれた意味は、正直予想できている。だから理由が知りたい、と。


「理由。理由、は──よいもとくん、やさしい、から。一回、助けてもらったことがあって、えと、でもそれだけが理由じゃなくて、いつも見ているうちに、その……なんだか、目がはなせなくなって。胸がどきどきして」


 助けた? さて、何かあったかな。そう言えばいつだったか、ぎゃあぎゃあうるさいざわりなあの三人組に何か皮肉を言って……そこに砧川がいたような……いなかったような。結果的に助けたことになった、ということがあったのかもしれないな。

 結局のところ、理由もまた『よくある普通の』ものだったわけか。いじめられっ子だからこそ、の理由。ぼくはそれで八割方、この状況へのきようを失った。

 だが砧川はそんなぼくの胸中など知るよしもなく、深呼吸と共に決意の時間を通過する。

 そして、あくまでもしんひとみで言ってきた。


「わたし、宵本くんのこと……好きです」


 ぼくは彼女の強さを受け取り、ざんこくに拒絶する。それしか、なかった。


「わかった。でもごめん。今のところ、ぼくはだれとも付き合う気はないんだ。だから」

「ち、違うんです!」


 予想外なことに、慌てて彼女はその言葉を否定してきた。顔を赤くしてうつむき、


「あぅぅ……その、それはできれば、そう、なんですが、でもで、その、だから」

ってどういうことだ?」


 気配けはいへんぼう。垂らされた長い髪はやみいろ。大地を彷徨さまよせんも闇色。独白じみた言葉も闇色。


「……駄目、なん、です。わたしは……」

「じゃあきぬたがわ。お前、何がしたかったんだ?」

「それは……あの、恥ずかしい、おねがいなんですけど」