ぼくと魔女式アポカリプス

魔女の自傷に要する第一代償 ─Letter ④

 その、ほかだれかが言ったのならばそういうこともあるかと思い、砧川めいが言ったのならばそんなことを言うのかと思う言葉から。とてもありがちで、それでも実際に聞くことは希少な言葉から。気が抜けるようでいて、同時にきんちようもたらすような言葉から。

 そんな、まったく普通であり、まったく普通ではない言葉から──

 ぼくたちの現実が、始まる。


「キスを……して、ほしいん、です」


 砧川の顔はだった。おいおい大胆だな、とぼくは思う。


「……いつしよじゃないか」

「ち、違い……ます」

「変なことを言うやつだな。好きな相手とそういうことしたいってのは、いつぱんろんとしてわかる。でも付き合わなくていいってのは、どういうわけだ? 最初からあきらめてるのか?」

「……そうですね、そうかもしれません……付き合うわけにはいかなくて、でも諦められなくて。わたし、まだそういうの……したことなくて。あの、変なのは、もちろんわかってます。でも、最後の思い出になるなら、せめて勇気を出して言ってみるだけは、って」

「最後の思い出って」


 砧川の顔は、あくまでもしんくちではあるが、彼女は必死に本音を伝えようとしているのだろう──そう思った。だから、ぼくとしては、それを真剣に受け取るわけにはいかない。


「どっかに行くのか? は、なんかこれから死ぬみたいな言い草じゃないか」


 ぼくは肩をすくめ、じようだんめかして言った。だが。

 うお。それは──それこそ、普通じゃない。予想外で、想定外で、異常な──反応、だった。

 砧川めいは、微笑ほほえんだのだ。


「そんな感じ、です……


 理解できないかんしやを発し、そのひとみから、どこまでも透明なしずくを、一つ、二つ。

 暗く暗いたいいくかん裏の地面に、染み込ませながら。


 そのとき、ぼくは背後に発生する足音を聞く。複数の足音。

 砧川の目がはっと見開かれるのを見て取り、ぼくは振り向いた。

 三人。きぬたがわをいつもいじめている、あの三人だ。名前などきようもない。髪を染めまゆしようをした、ぼくのにがな普通のやつら。無意味なカテゴライズのほんりゆうに飲み込まれたまま、それに気付かずに一人でえつに入っているオナニスト達だ。

 髪の長いの、短いの、中ぐらいのとぼくはその三人をにんしきする。

 わかったぞ。砧川のこれは苛めの一環だったのだ。何でも言うことを聞くれいてき少女を玩具おもちやの一種と考えて、自分達のくだらない日常を(本当にくだらない、くそっ)打破するためにだれかを思うさま笑ってストレス解消してやろうという腹立たしい遊びに違いない。で、それが一段落したから、ネタばらしのカタルシスを求めて姿を現したのだきっとそうだ。

 しかし、なんで。あいつらは──? ? ? 

 きよと虚無と虚無を見つめる彼女達は無言でこちらに動き出した。

 なんだお前達、とぼくは言ったと思う。

 彼女達は答えなかったと思う。

 その代わりに、髪の長い奴がスカートのポケットに手を入れて、


「っ……よいもとくん、逃げてっ!」


 ぼくは突き飛ばされた。砧川めいに突き飛ばされた。わずかにいだ彼女の髪のにおいは、決して不快なものではなかった。どうしてそんなことを感じたのかというと、きっと本能が判断したのだろうと思う。周囲のすべてが理解できなかったから、少しでも理解できる感覚でのうずいを満たしておこうと。子供じみた、自動的なまんだ。

 ぼくは地面に転んで、見た。

 砧川冥子の腹に、深く深く、根元まで──

 

 砧川は制服の腹をに染めて、

 けつして、

 人形みたいに倒れた。

 ぼくはそこで、誰かが舌打ちするような音を聞いたのだが──

 とりあえず、そんなのはどうでもよかった。


    3


「ん、の──くそ野郎どもがっ!」


 下品なののしりがしきせずのどから漏れ、同時、身体からだが勝手に動いている。

 起き上がるなり、巻き込むようなフック。髪長の鼻がべきりといやな音を立て、ぼくのこぶしに鼻水と鼻血がからみついた。男女同権とはこういうことだろ? エセ平等主義者達め。ロングが地面に倒れ、ミドルとショートが左右から同時に飛びかかってくる。ミドルは鳩尾みぞおちまえりを入れて蹴り飛ばしたが、そのときにはショートがぼくの首を両手で絞めてきた。すさまじい握力だ。


「ふざ、けん、なよ……っ」


 こんしんの力でその手をがしながら、ひざをショートの腹へ埋め込む。ああ、女の腹を蹴るな? それは女の腹にナイフをぶっ刺したやつにこそ言ってほしいもんだね。

 手がわずかにゆるみ、ぼくは続けてショートの顔面に頭突きを入れた。ひどく香水くさく、鼻が曲がりそうだった。さらに乳房のすきしんぞうの真上に力任せのしようていたたき込んできよはなす。

 無言つ無表情でぼくらをおそってきた奴らはとりあえずおいといて、ぼくは地面に倒れたままの砧川に駆け寄った。肩をつかんで、恐る恐るあおけにさせてみる──


「……しやにならんぞ」


 うつ伏せに倒れたせいでさらに押し込まれてしまったのか、ナイフはの部分まで腹にめり込んでいる。きぬたがわは目を閉じたまま、ひゅうひゅうと小さなのどから漏らしているだけだ。それはわずかな救いであり、同時に最悪の予兆でもある。

 また、背中から音。見ると、手加減なしに吹き飛ばした三人がやはり無表情に起き上がるところだった。おいおい──今までのは間違いなく全員病院送りコースのごたえだったぞ。

 背筋がぞくりとした。これは、。明らかに

 わからないことだらけだ。ああ頼む、神でもあくでもいい、だれかこの状況を説明してくれ。


「おのれ、油断しおって」


 祈りは届いたようだ。しかしぼくはそこまでロマンティックが止まらない人間ではない。答えはわかっているぞ……これはげんちようだ。ぼくは落ち着いている。それよりも、一刻も早く救急車の血を止めて電話を砧川に連れて行ってけんしつを呼ばなくては──


「人の身を案ずる立場でもあるまいに。いつになったらいくさごとがいを持ってくれるのか」


 幻聴は口を閉じない。しかも幻聴というのは頭の中で聞こえたり、どこから聞こえるかわからないもののはずだろう? 残念ながらぼくはその声の発生源を特定してしまっていた。

 それはそばの地面に転がっている、砧川が持っていたかばんだ。

 ぼくはその鞄と、のろのろと近づいてくる三人を交互に見る。しゃがれた女の声はそれをにんしきしているのか、再び──そう、さっき聞こえたように──舌打ちをした。


にもかくにも、背に腹は変えられん……おい小僧!」


 ははは。げんちように呼びかけられたぞ。


「何をへらへらしておるか! かばんを開けろ!」


 開けたさ。ぼくはぼく自身の心理状態がよくわからない。ぶんおぼれる者は何とやらという格言は正しかったというだけだろう。つまるところ、単なるとう行動だった可能性が高い。

 に詰められた教科書類の上に、くしゃくしゃになった大きな布のようなものがあった。いや、ただの布ではない。だ。無地ではない……ぼくは初め、それをあくしゆなアップリケかと思った。たとえいつしゆん前にはそれが帽子の表面には存在していなくても、だ。