藍坂素敵な症候群

第二診「対症療法」-at peace×at many pieces- ③

 放課後、浩介は医術部の部室の前にいた。てきは授業が終わるとさっさと姿を消してしまったから、昨日のおくを頼りに一人で来るしかなかったのだ。

 実のところ、昨日の説明を聞いても腹の中には消化不良な感覚が残っていた。症候群シンドロームについて。その治し方について。医術部というものについて。自分の性質について。なつとくのいかないものが、いくつかある。

 今日、素敵が自分に対して行おうとしていた検査のこともその一つではあった。今に至っても、あれが何だったのかよくわからない。ただわかっているのは──あの体育の時間まで、あいさか素敵はということだ。検査の内容や方法自体はふざけているとしか思えないものだったにしても、その行為にははっきりとした意志があった。だからあんなことをしていた……自分が「お前の事情に俺を巻き込むな」というようなことを言うまで。

 ああ、消化不良だ。何もかもはっきりしない。その感覚が長尾の話を聞いたことでさらに増してしまい──結局のところ、もう一回くらいは話を聞いてやってもいいか、という胸中になってしまったのである。それ以外にこの消化不良感を解消させる方法など思いつかなかった。

 まあ来てしまったものは仕方がない、と浩介は胸を反らしてせきばらいし、


「あー……おほん。おじやしまーす、と……」


 そろそろと部室のドアを開く。おっかなびっくり中をのぞいてみたが、部室には誰の姿もなかった。ひようけする。


かぎもかけずに不用心だな。どこ行ってんだ」


 他にてきのいる場所の心当たりなどなかった。数秒思案し、しばらく待ってみるかとこうすけは部室に足を踏み入れる。廊下で立って待つのもつかれるし、くらい使わせてもらってもバチは当たるまい。いやならちゃんとかぎをかけておけばいいのだ。

 ふー、と座って一息つき、雑然とした部室を見回す。ふと思った。教室の後ろ……ついたてで仕切られているあのスペースには何があるのだろう。特に「立入禁止」とか「のぞくな!」とかいう張り紙は見当たらないが。

 軽い気持ちで椅子から立ち上がり、衝立と衝立の間に引かれているカーテンをすべらせて中に入ってみる。しゆんかん、見なければよかったと心からこうかいした。

 そこは雑然以上のこんとんだった。横長のスペースは物で埋め尽くされている。冷蔵庫。その上には電子レンジ。ミニコンポ。飲みかけのペットボトル。ちく品らしいカップラーメンの山。液晶だが地デジ対応はしていないと思われるみような古さのテレビ。それには一昔前のゲーム機がつながっている。ゲームソフトやまんやボードゲームやカードゲームが詰まった棚。そして、それら全ての中心にあるのが──一組の布団。というか、あいさか素敵。


「くう……すう……」


 寝ていた。完全無欠に寝ていた。きゆうけいのつもりで寝転んでそのままオチてしまったのだろう、制服に白衣をったいつもの姿のまま、掛け布団の上で横向きに眠っている。なので非常にまずかった。

 寝返りを打ったせいか、それとも他の宇宙的な要因か。よじれた白衣のすそを置き去りにして、スカートがギリギリまでまくれ上がっている。これはまずい。自分が数センチ顔の角度を変えただけで、一昨日おととい空中から降ってきたものがまた見えてしまいそうだ。


(逃げる、べきか……!? いや待て、冷静になれ! これはかなり危険な状況だ。もし、出ていく途中でこいつが起きたとしよう。そうしたら──)


 血の雨が降る。なぜならこれはどう見ても、捲れ上がり具合だからだ。違うんだ何もしてないんだ何も見てないんだと言って信じてくれるものか。よしんば音を立てずに逃げられたとしても、さっきこの部室に入ったのを他の部の誰かに見られていたかもしれない。交流があるかどうかは知らないが、もしも後でそのことがこいつに伝われば──いよいよ言い訳がかない水かけ論。

 ならば。


(一か八か。こうするしかねぇ……!)


 浩介はごくりとつばを飲み込み、そろりそろりと──素敵のスカートに手を伸ばす。めい的なものを見てしまわないように顔を固定したまま、ちょい、とスカートのはしのほんの数ミリだけをつまんだ。ぷるぷると震える腕で、それをゆっくりと移動させていく。危険な捲れ上がりを是正していく。あせるな。焦るな。こんなのはただの布だと自己暗示。そうだただの布だ。女の子にとっては最も大事であろうしよを隠しているだけの布だ。まずい、思考がおかしな方向に行った。無の境地になれ。もう少し、もう少しだ……!


「そう、もう少しだ……行け……がんれ俺……!」

「──何やってんだお前?」

「うっひょうっ!?」


 不意に聞こえてきた声に、文字通り飛び上がる。かくかくと首を回し、背後にあるこのスペースの入り口を見やると──そこにいたのは見知らぬ女子生徒だった。目をく金髪。それ以上に目を惹く大きなヘッドホン。どこか気の強い猫のようなふんただよわせる顔立ち。片手はかばんを肩に引っ掛けるようにして持ち、もう片方の手は行儀悪くスカートのポケットに突っ込まれている。


「見ねえ顔だな。こんなところで何して──って、おい」


 切れ長の目がさらにすっと細くなる。こうすけの前で寝ているてきに気付いたのだ。それは言い換えれば、ようにも見えるその状況に気付いたというわけで──


「ち、違う、これは誤解……!」

だましやべるな片っぽにぎつぶすぞ変態。よし来い。いいから来い。うちの部室に侵入した挙句レイプすいとはいい度胸じゃねぇか」

にぎつぶすって何を!? てかマジで違う、用事があって来たんだ、話を聞け!」

ずいぶんゲスい用事だなこの野郎。前から機会をねらってやがったってことか」

「どこをどう解読すればそうなる!?」


 金髪ヘッドホン少女は聞く耳持たない。こうすけは強引にえりくびつかまれ、スペースから引きり出される。それからかべに後頭部をごんと押しつけられ、至近距離からガンをつけられるという完全なカツアゲ態勢。


「ま、待て。今更確認するが……お前もここの部員なのか?」

「ああ? 悪いかよ、入りたくて入ったわけじゃねー。つかテメェに何か関係があんのか、次のターゲットでも探してんのか? やってみろよ。その前に両方握り潰してやる」

「だから何をだ!?」


 などと言い合っていたとき。そこでようやく、


「むー……にゃによ、うるさいわねぇ……」


 奥スペースのカーテンを開いててきが出てくる。しばらく目をこすっていたが、金髪女に首を掴まれてどうかつされている浩介の姿を見て目をぱちくりとさせた。


「なんだ、ぎり浩介じゃない。何してんのよ」


 金髪女は素敵をちらりと見つつ、


「知り合いかよ」

みようなところね。当てまるあいだがらを探せば、ただのクラスメイト、かんじや予備軍、変な体質の持ち主、一昨日おととい私のスカートの下にもぐってきた男、とか……ふわぁ……」

「ふん……やっぱりな!」

「待てあいさか、眠いからって適当に言ってるだろお前!? もっとプラスイメージのある言葉をしやべれ、今は結構命がかかってるところ!」

「……命? くー、何かあったの?」


 きょとんとした目を素敵が向けると、


「あったどころじゃねぇ。こいつ、寝てるお前のスカートをめくって、中のにおいをいで発情してやがった。いや、まあ、あたしは別にお前が犯されようがはらまされようがどうでもいいんだけどな! たまたま見つけちまったし、こんな変態は女として許せないからどうしてやろうかと思ってただけで、その、そんな感じだよ……あとその間延びした呼び方めろ。むかつく」


 くーと呼ばれた彼女は急にもごもごとした口調になり、最後に一回、いらったように浩介の頭をごすんと強くかべに押しつけてからその手を離した。浩介は助かったとは思わなかった。むしろさらなる死地が始まったと理解した。